誰が死んでも(6)
アイテム<司教と王は地に伏した。聖女の祈りは届かない。無垢な魂を未来に送る。これこそが死である>の効果は、とある条件を達成した時に、ある魔法を発動させること。
条件とは、不可視にして不可侵の刃で13度、相手に攻撃を命中させる事。
魔法についての説明を不要だろう。
それは全てのものが知る事象。全てのものに降りかかる終わり。
最上位の魔法<死>である。
マルナの背後に黒く焦げたローブを羽織る男が現れる。その手には大鎌。フィセラのそれよりも、遥かに禍々しく凶悪の形だ。
その姿を形容する言葉は、この世界でも同様である。
死神だ。
「マルナ後ろだ!避けろお!」
ミレの叫び声はマルナに届いていた。
だがマルナは動くことが出来なかった。
後ろに振り返る事が出来なかった。
ただそこに立ち尽くす事しかできなかった。
たとえ歌に唄われる英雄であろうと、死から逃げることは出来ず、予期せぬ死に向き合う事も出来ず、ただその時を待つ事しかできないのだ。
死神が鎌を振り上げる。
不気味な黒い光沢がギラリと光った。
鎌が振り下ろされるその瞬間、マルナはミレに手を伸ばした。
助けを求めたのではない。
最後に最愛の姉に触れようとしたのではない。
手のひらを彼女に向けて、ゆっくりと首を横に振ったのだ。
「……逃げて」
小さな呟きはミレに届かず、彼女は妹の言葉をかき消すように、まだ叫んでいた。
「やめろぉぉ!フィセラ!」
無音だった。
鎌はマルナの首を通り過ぎていったのに、あまりにも静かすぎた。
この時、ミレは願っていた。
死神の鎌もフィセラと同じように通り過ぎるだけで、マルナの体を傷つけることはないと。
だが当然、その願いは裏切られることになる。
それも、とてもゆっくりとである。
マルナの首に赤い横線が浮き出る。
それは首をグルリと一周していた。
ほんの少し、頭が「ズレた」。
すると本来の通り道を失った血が頭を押し上げる。
浮き上がらせる力もない血の噴出は、ただポロリと首から頭を落とした。
落ちていく頭にある瞳にもう生気は無かった。
ミレはまだ走っている。
走り続けていた。
マルナに手が届くところまで来ていたのだ。
彼女は滑り込むように落ちる頭の下に入り、それを抱きしめた。
ミレは頭部の重さを知っている。
一刀斬首の異名は伊達ではない。
それでも、今胸の中にあるそれの軽さが信じられなかった。
マルナが、妹が、こんなに軽い訳がなかった。
抱きしめられるほどの小ささである訳がなかった。
死ぬ訳がなかった。
「ぁ、ああ゛、あ゛あ゛!ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
その悲鳴は怒りや悲しみ、恐怖から来るものでは無かった。
誰も口にしない感情。
誰もこの悲鳴を言葉に表すことは出来ない。
目を覆いたくなる光景。
耳を塞ぎたくなる悲鳴。
それを前にフィセラは目を逸らさず全てを聞いていた。
――チッ!…………分かってるわよ、クソみたいなクズは私ってことぐらい。
勝者の顔は闇よりも曇っていた。