誰が死んでも(5)
フィセラの持つ<司教と王は地に伏した。聖女の祈りは届かない。無垢な魂を未来に送る。これこそが死である>の効果とは、ある条件を満たしたときに魔法を発動させるというものだ。
そう言った構造のアイテム自体はよくある。
それでもこのアイテムが100レベルである理由は発動するその魔法にあった。
それこそが絶対不可避の即死魔法である。
――13回切り付けなきゃ魔法が発動しないのは、まだいいとして。カウント機能とかつけてくれないかな?
それを気にせず自ら動いたくせに文句を頭の中で並べるフィセラ。
――1日1回しか使えないから、使うならミレにと思ってたけど……、仕方ないか。
フィセラは次に効果の対象とする相手、マルナを一瞥して動き出した。
とは言っても、<対象の指定>などと言うことが必要なわけでは無い。必要なのは、マルナを何度不可視の刃で切り付けているかだ。
そうして動き出したフィセラの動きは俊敏であった。
手加減をして、本気を出す。また手加減する。
フィセラはそんな面倒なことをする気が無かったのだ。
加えて、彼女には既にこの戦いの終わり方のイメージが出来ていた。
それをゆっくりと進める必要などどこにも無いのである。
マルナ、ではなくミレに向かって一直線に突進するフィセラ。
もはやこの2人には目で追うのが精一杯の速度だが、単純すぎる突進に対処出来ない彼女達ではない。
ミレはフィセラの突進を1歩も引かずに受け止めた。
だが、ミレはそこから攻撃に転じることは出来なかった。
なぜならば、あまりにもフィセラが軽すぎたのだ。
フィセラは自ら突進の勢いを落としていた。
そうして易々とミレの懐に入ってみせ、そこからさらに1歩踏み込んだ。
顔が触れるほどの距離である。
鎌の先端をミレに突き出そうとしても、ゼロ距離では威力もない。
だが、こちらの方が力は入る。
「ぅおら!」
野太い掛け声とともに、鎌を押し出す。
それは一瞬のことであった。
「しまった!」
フィセラの突きを防御していたことが仇となり、彼女の押し出しの力を逃がすことも出来ず、それに乗ってしまったのだ。
斜め上方に突き出される突きは、ミレの体を持ち上げ、そして吹き飛ばした。
空中に飛ばされて、その勢いで発生する風が耳元でうるさく鳴る。
空中で体勢を整えることは何でも無いが、この勢いを緩めることは出来なかった。
そんな中で真下に視線を落とした時にミレは気付いた。
自分が勘違いをしていたと言うことを。
フィセラの狙いが自分では無いと言うことを。
だから叫んだ。
ミレは自分の下で遠ざかっていくマルナの背中に在らん限りの声を張って強く叫んだ。
「お前だ!マルナ!」
「……、分かってます!」
ミレの声が後方に消えていく中でも、マルナは振り返ることができなかった。
正真正銘の一騎打ち。
向ってくるフィセラから目を逸らすことなど出来る訳がない。
フィセラは鎌を頭上に掲げクルクルと回し始めた。
「悪いけど、もう何もさせられないよ」
そう言うと回転速度はグンと上がり、鎌がブンブンと音を出し始める。
<ウィンドカッター>。
先程フィセラが口にした何らかのスキル。
彼女が今行なっているような、鎌を回転させる行為は、そのスキル発動に必要なのだろう。
マルナに効果は分からないが、何が起こるかは既に経験している。
円形に広がる斬撃。彼女の武器と同様に、見えない風の如き刃が飛んできたのだ。
そしてフィセラは目の前で、隠す事もなく、同じスキルを使おうとしている。
マルナにはそんな攻撃の回避など造作ない事だ。
回避のため、いつでも体を動かせるように姿勢を低くした時、彼女は足元の砂利が転がるのを見た。
それもフィセラの方向にだ。
フィセラの方向へ吹く風によって小さな石は転がり、マルナの髪も揺れている。
「さっきと逆?」
疑問が浮かんだ。
マルナであれば、その疑問に答えを出す事も出来た。
だが、フィセラはその余裕を与えなかった。
ブンッと、鎌を振り抜いたのだ。
そうすれば、次に来るのはフィセラを中心に展開する風の刃である。
マルナにその攻撃の範囲が分からない以上、彼女は確実な動きをするしか無かった。
そうしてマルナは上に跳んだ。
完璧なタイミングである。
フィセラの使ったスキルが<ウィンドカッター>であればだが。
「馬鹿みたいに同じスキルを使うわけねぇだろうが!<サイクロン>!」
<ウィンドカッター>とは逆向きに吹く風が、マルナの背後から吹き荒れ、不可視の刃が通り過ぎていった。
同時にマルナの背中を押すような風が彼女の体勢を崩して、フィセラに向けて放られる。
「しまった!間に合わない!」
マルナはそう言いながらも、幾つもの投げナイフを既に構えていた。
だが、同じように次の動きをしているのは彼女だけでは無かった。
フィセラは一瞬で鎌の回転を最高速に持っていき、また振り抜いた。
前の攻撃とは逆の動き、つまりは<ウィンドカッター>である。
「何もさせないって言ったでしょ?防御も回避も全部だよ!」
腹を裂くような鋭い風がマルナを通過する。
前後からくる風により、マルナは空中で静止して落ちていく。
だが着地は驚くほど静かだった。
空中で2度の攻撃を受けたとは思えないほど、自然な着地であった。
それも当然。
この2つの攻撃もやはりダメージを与えるものでは無かったのだ。
太ももと腹に薄っすらと血も滲まない傷跡があるが、意識しなければ気づかないほどだった。
そうしてすぐにフィセラに向き直るマルナと同じタイミングで、ミレもまた地面に足を付いていた。
フィセラに強引に吹き飛ばされた彼女は、かなり距離を飛んだ後、地面に降り立っていた。
ほぼ無傷の3人。
それでも、戦いの終わりがもうすぐそこにあることを3人は感じ取っていた。
不思議と、その終わり方まで鮮明に。
フィセラはマルナに視線を向けながら呟いた。
「プラス2……、これで13回ね」
その言葉を聞く者は居なかったが、そう数字は確かな意味を持っていた。
それを知らないままにミレはフィセラに向かって叫ぶ。
「もういい!やめろフィサラ!」
言葉とは対照的な鬼の形相だ。
だがだからこそ、フィセラにはその言葉が本気だと理解できた。
「俺たちの負けでいい!カル王国など好きにすればいい!だからもう何も……!」
ミレはマルナの下へ走りながら叫んでいた。
だが、言葉は途中で喉に詰まってしまった。
マルナの背後に「影」を見たからだ。
ミレはさらに速度を上げて走った。
一秒でも早くマルナの下へ行くために。
そんな彼女にフィセラは冷ややかに言い放った。
「足が速いだけじゃ意味ねぇなぁ?こうも決断が遅いんじゃあさ!」