誰が死んでも(4)
Unfulfilled wishというゲームではアイテムにもレベルがあった。
アイテムのレベル上限は100。
プレイヤーの中には、上限は99レベルだと言う者もいるが、それは100レベルアイテムの入手難易度や希少さゆえだろう。あるいは、何年ゲームをプレイしても入手出来ない怒りや悔しさからくる現実逃避かもしれない。
だが今ここにいるフィセラはそんな言葉を吐いたことは無い。
それどころか、何を使用しようか、などと選択できるほどの数さえ保有している。
そして今彼女が手にしているアイテムは<司教と王は地に伏した。聖女の祈りは届かない。無垢な魂を未来に送る。これこそが死である>だ。
アイテムという道具としては長すぎる名前である。
現持ち主であるフィセラはこの名前を覚えてさえいないほどである。
それとは関係なく、彼女自身の記憶力の問題かもしれないが。
アイテムの形状はフィセラの身長に頭ひとつ分を足したほどの長さの黒い鉄の棒。七対三の比率になる箇所で交差する短棒。
十字架の形だ。
だがこれは決して聖なる代物では無い。
その逆だ。
この短棒の片側にはある刃がついていた。
それは触れられず、見る事もでき無い。
その刃もふまえてこの武器をもう一度見れば、これが何なのかは一目でわかる。
鉄杖に付けられた湾曲した刃。使い手が自らの方向に引いて使えるよう内側に刃が付いていた。
フィセラが外したかのように見えた攻撃も、実際は不可視の鎌の軌道であったのだ。
だがミレがそれに気づくことは出来なかった。
そして、フィセラはそのことに気づいていた。
だと言うのに、ミレは鎌の軌道に対しての明らかな回避行動を見せたのだ。
――五感では察知不可能なはず……。くそが!ゲームの中での設定や効果をいつまでも信じる訳にはいかないか。ここは現実、それもファンタジー。
フィセラは自分に言い聞かせるように言葉を並べて、心を落ち着かせた。
――実際、存在しない刃なんてある訳ないんだから、気づかれるのは当然か。でも、見えてないし触れることも不可能。……十分よ。それにしても、どうやって?
「第六感てやつ?それとも野生の感?」
ミレを煽るように口にした言葉であったが、それこそがミレに自らの行動に対して意味があったという確証を持たせることとなった。
「マジックアイテム。その振り方は逆刃だな?…………鎌か。だがもしそうなら、俺はすでに…………。何がしたいんだ?フィセラ!」
――言う訳ねえだろ。
フィセラは会話が面倒だとでも言うように<鎌>を回転させる。
その回し方は鎌の柄の芯を中心とした、そこに刃があるのならありえない動きだ。
「そういうのは直接聞くもんじゃないよ。嘘でもわかってるフリをしておきな」
「手の内の1つがが暴かれただけでベラベラと全部喋りだす馬鹿がよくいるから、お前もそうだと思ってよ」
「ああね。いるいる…………」
2人はニコニコと会話をしていた。
3人目の姿がそこに無いままにだ。
だが、フィセラの瞳から逃れることは誰も出来ない。
彼女よりも弱いものに限り。
フィセラは突然に鎌を背中に回した。その柄で後頭部を守るような位置に持っていく。
ちょうど停止した瞬間、キィンと言う金属音が鳴り響いき、フィセラの声を上げた。
「見えてんだよ!」
スキルを用いたひっそりと背後にまわっていたマルナの奇襲。
鋭い槍の一突き鎌で防いだのである。
瞬間ではあるが、この時フィセラとマルナ独りが向き合う形になった。
フィセラは鎌を大きく横に振る。
先端の十字はマルナを超えていき、また引き寄せるつもりかと彼女は警戒をしたが無駄だった。
鎌は勢いそのままにマルナに迫り、ただの鉄棒である柄が彼女の脇を強打する。
十字の形が引っ掛かりとなり、フィセラはマルナもろとも振り回す。
そのままブンッと鎌を振りぬき、マルナをミレのもとへ返す。
ただし、優しくではない。
ミレは妹を受け止めるが、体勢を崩し2人で地面を転がった。
その間にフィセラは鎌を回し始めた。
棒の中心の軸とした回転は、徐々に速度を増し残像は円となっていく。
フィセラは回転の速度を落とさぬまま、それを正面から頭上に持って行った。
彼女を中心とした風が吹き、ミレ達を吹き飛ばそうというほどの風速にまで上がる。
どれだけ腕を伸ばそうと、飛ばされたばかりのミレとマルナには鎌は届かない。
だがこの時、風は鎌と一体となり、見えない刃の代わりとなろうとしていた。
「<ウィンドカッター>!」
フィセラが鎌とともに体を回転させ、ひと際大きく鎌を横に薙いだ。
すると瞬時に風は止み、収束した一陣の風がミレとマルナの体を通りすぎていった。
避ける暇もなかったが、彼女たちからすれば風がただ吹いただけだった。
「…………つっ!なんだ?」
痛いという程ではない。だが、体にチクりとした違和感があった。
それを確認することもなく、ミレは理解した。
風が肌を切り裂いたのだと。
攻撃に気づいたミレを気にする素振りはフィセラにもなかった。
「スキルを使うと攻撃力が上がって気づかれるんだけど、今さらよね」
その発言にミレは一瞬顔をしかめた。だが、迷う必要は無い。
「どれだけ威力が上がっても、こんなものなら何発くらっても俺たちは倒れないぞ!」
――何発食らったかだけが重要なんだよ。馬鹿が!
フィセラは不敵な笑みを崩さず、また歩き出す。
その態度に、ミレは叫んだ。
「時間稼ぎか?それとも小細工でもあるのか?正面から正々堂々と来い!」
この時、はあ?と言いながら、フィセラは初めて笑みを崩した。
「魔王だというのなら証明しろ!……魔王は他人を憎むか?違うだろうな!つまらん戦い方で人に理解されず嫌われた末の魔王だろう!?」
――何1つ心に来る言葉は無いけど……。
「いい加減うざいな。あんたの思い通りに行かないのは、私のせいじゃない。あんたが弱いからでしょ。それと……、正面から行ってもこうなるからやらないんだ……よ!」
そうして、フィセラは突然姿を消した。
少なくとも、ミレにはそう見えた。後ろ!というマルナの叫び声が聞こえるまでは。
振り返った時、フィセラは鎌を下段に構えていた。
それが振ろうとする瞬間なのか。振り終えた瞬間なのか。
もはやミレには分からなかった。
「くそが!」
とっさのことで、目の動きに体がついてこられなかった。
剣先をフィセラに向けるが、フィセラは巧みにミレの剣を避けるよう動く。
その間にも、鎌はミレの体の周りで動き回っている。
ミレは見えない刃が何度も彼女の体を通過していく感覚を覚えていた。
フィセラが技術ではない身体能力だけで、スルリと再度ミレの背後に回ったかと思うと、振り返った時すでに彼女はそこにいなかった。
ついさっきまで立っていた場所にもう戻っていたのだ。
「…………ね?こうなる」
フィセラは涼しい顔でそう言い放った。
――やば、いきなり本気で動いたから何回斬ったか数えられなかった。しまったぁ!