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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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誰が死んでも(3)

 フィセラの言葉に反応してか、それとも僅かな好機を見つけたか。ミレはさらに1歩踏み込んだ。

「お前自身が生んだ隙だ!」

 だがそこへフィセラの斧が降りかかる。

 今までよりも速い一振りだ。

 受け止めるのは悪手だと分かっていても、回避は間に合わない。

 それにここまで懐に入り込んだ今、ミレに引く気はなかった。

 三日月狩り。

 彼女の持つ最強のスキルで、フィセラの一振りを逸らす。それが限界であった。

 

 なんとか攻撃を逸らしても、スキルとフィセラの攻撃の反動は凄まじいものだった。

 ミレは腕に血管が浮き出るほど力を入れて、剣が弾き飛ばされるのを耐えていたのだ。


 フィセラも自身の振りの勢いで斧を体から離してしまっていた。

 だが彼女には少しも焦りは無かった。

 ――力任せのただの暴力で殺したくないから、待てって言ってんの!

「<グラウンドクライ>!」

 フィセラはミレよりも速く体勢を直すと、斧を地面に叩きつけた。相手を怯ませる揺れを発生させるスキルと共にだ。


 広場が大きく揺れると、それはミレとマルナから一時だけ速度を奪った。

 地面に接する足からは力が抜けていき、不思議と地面と足が張り付いたようになっていく。

「くそ!なんだこれは!」

「気を付けて前!」

 ミレは気を抜いてなどいない。

 常にフィセラを視界に入れて、体に自由が戻るのを今かと待っていた。

 

 あらゆる選択肢を頭に浮かべては、それを消し、また手を考える。

 そこはフィセラがボソッと声に出した言葉を聞いて、ミレの選択肢は消えた。

 全てが消えた。


「……王殺」


 瞬間、ミレ、そしてマルナも、全力でフィセラから距離を取った。

 それは一瞬で移動したとは思えないほどの距離であった。

 その過剰な反応を示すのにはもちろん理由がある。

 そしてその理由はフィセラも承知していた。

 

 ――カラが使ったスキル<王殺>……、そんな剣聖ぐらいしか持っていないスキルを私が持ってる訳ないんだけどね。

 フヒッと湿度の高そうな笑みを浮かべるフィセラ。

 ――このスキルにビビって離れてくれるかなと思ったけど、完璧ね……私。

 フィセラは肩の力を抜いて、斧を地面に下ろした。


 その様子を見てミレ達が気づいた。

 フィセラの嘘にだ。

 彼女がスキルを持っていないことにではない。<おうさつ>という名の何かをするつもりは最初から無かったということにだ。

「こいつ、舐めやがって……!」

 悪態をつくミレ。

 だが、フィセラのそうした行動は少しでも自分達が彼女を追い詰めている証明だとも考えていた。

 

 その時、フィセラが斧を捨てた。

 地面に置いた斧から手を放すと、それは跡形もなく消え去ったのだ。

 斧は元から魔法で造っていた武器なのか、それとも何らかの収納スキルでしまったのか。

「ちょっと待ってね。これやりにくいから武器を変えさせて」

「…………ああ、そうか。いいぞ」

 なんでもない風に返事をするミレ。

 

 だが、その体は戦闘体勢を解くつまりは少しもなかった。今、フィセラは丸腰だ。

「死ねえ!」

 速攻を仕掛けるミレ。背中を追うマルナ。


 2人が迫る光景を見ながら、フィセラは笑っていた。

「はいはい。そうでしょうね!」

 ――でも、私がいったい何年放浪者だとかいう、いちいち転職して装備を入れ替えて戦わなくちゃいけないジョブでやってたか知ってるの?

 フィセラは何もない空間に手を伸ばした。

 彼女の頭の中では、何百というアイテムの一覧が高速でスクロールしていき、あるアイテムの場所でピタリと止まった。

 その間もミレとマルナは近付いてくる。

 数度の瞬きの後には、彼女たちの刃がフィセラに触れられ速度だ。

 だが、その2人をフィセラは罵った。

「馬鹿が!敵の目の前で武器を手放す訳ねえだろ!……アイテムスワップは得意なんだよ!」

 

 その瞬間を見ることは出来なかった。

 だがいま、フィセラの手には新たな武器がしっかりと握られていた。

 

 十字架のように長い鉄棒、その上部で交差する短い鉄棒。

 刃は無く、槍とは言い切れないような構造だ。

 <ガラスの心、鋼鉄の心臓>よりもリーチは長い。

 だが、細い棒だけで構成されているその武器は見るからに軽そうであった。


 ミレはフィセラの新たな武器を目にしても、走りを緩めることはしなかった。

 それどころか、またしても長物を構えたフィセラに対して「馬鹿か」と評価していた。

 

 フィセラが十字の槍を背中に隠れるまで回した瞬間、ミレは速度を上げてフィセラの眼前まで迫った。

 ミレも彼女の振りの速度は知っている。

 斧よりも軽い武器を手にした今なら、その数倍だったしても不思議では無い。

 だとしても、今、この瞬間が最もフィセラの隙が大きい瞬間なのは間違いなかった。


 だからこそ、その隙を突く一撃は確実なものでなくてはいけない。

「<恐怖引力>!」

 ミレが行使したスキルは相手の意識を強制的に自分へ任せる技。

 そして、本命がミレの頭上を飛び越えて来た。

「<城壁突き><3れ……!」

 

 ミレがフィセラの初撃を確実に引き出し、無防備となったところへマルナが右目、首、心臓の並びへ3連突きを放つ。

 無言の連携。

 常人では回避不可能は当然。

 熟練の戦士でも致命傷となる1撃は必至だろう。


 だがその攻撃も放たなければ、ただの赤ん坊でさえ傷つける事はできない。


 ミレの脇腹に棒がめり込んだかと思うと、次の瞬間、飛び上がったマルナが突きを放つ前に、十字の先が鳩尾に刺さっていた。

「おそいおそい」

 フィセラは十字の槍を手元に戻しながら、そう2人を煽った。

 

 刃の付いてない槍では、2人の体を切り裂くことも突き破る事もない。

 されど、痛みはより鈍く重いものである。


 痛みに耐えながらも体勢を崩すミレに、3撃目を振ろうとするフィセラ。

 回避はできないと見たミレが歯を食いしばった瞬間、彼女の顔に風圧を当てながらフィセラの槍は通り過ぎて行った。


 ――……カウントスタート。


「さあ、どんどん行くよ!」

 ようやくフィセラが動いた。

 受けてばかりだった彼女が、ついに自分から前に出たのだ。

 

 対して、ミレとマルナはさらに速く苛烈に攻撃を仕掛けようとしていた。

「あの武器にまだ慣れていないぞ!チャンスは今だけだ、見逃すなよ!」

 ミレはフィセラが空振りをしたことを、彼女の武器に対しての経験不足と判断していた。

 それでも、武器の振りの速度はすでに彼女たちが捌けるものではなかった。

 その一撃を受けていたマルナは腹部をおさえている。

「見ていても避けられませんよ。でも、これはさっきの斧よりはるかに軽い。内臓が無事なら耐えられる!」


 そうして、次の瞬間に彼女たちは衝突していた。

 ミレとマルナが放つ様々な攻撃。

 フィセラに降りかかる必殺のスキルの数々。

 それはフィセラが耳にしたことがあるものから、出会ってからの期間でもまだ見たことのないものまで、本当に様々であった。

 

 フィセラはそれらを見事に受け切っていた。

 それも刃の付いていない奇形の槍一本でだ。

 そして、防御だけでなく攻撃に移れるほど余裕も見せていた。


 フィセラの鋭い突き。

 ミレはそれを軽々と避けてみせた。

 槍のような長物でわざとらしい構えをすれば、回避は簡単だ。

 その瞬間、ミレは背後に危険を感じた。

 フィセラの武器は槍の先が十字架のように交差した鉄棒がある。突いた槍を引き戻すだけでも攻撃に転じられる形になっているのだ。

 だが、ミレがそんな武器の形を失念する訳が無かった。

 当然、その形を前提に回避をしていた。

 だというのに、頭に響く危険信号。ついに体が勝手に動いてしまった。


 背後から迫る「それ」を避けるために前方に体を倒すミレ。

 だが、それは無防備な形でフィセラに近づくこと同じであった。

 

 そして、自然な動きでフィセラの膝がミレの顔面に打ち込まれる。

 もはや、ミレが顔を差し出したと言われても反論できないほどの体勢であった。

 顔の中心に膝がめり込み、ミレはかなりの距離を転がる。

「何をしてるんですか!?」

 マルナが援護にまわり、2人は再び距離をとった。

 

 すぐさま立ち上がろうとするミレ。地面に顔を向けた時、彼女の視界に移るのは流れ出る鮮血であった。

 鼻の骨が折れたか。

 他人事のように自分の怪我を確認すれミレ。

 マルナは腰のポーチに手を置きながら、ミレに近づいた。

「姉さん血が。すぐに回復を」

「いい!……もう止まった」

 そう言いながら、ミレは顔を上げてフィセラを睨む。その時には、ミレの言う通り鼻血は止まっていた。

 

 初めて食らってしまった確かなダメージだ。

 だが、ミレは冷静であった。


 少なくとも、フィセラよりも。

 ――はあ?避けた?不可視の<鎌>を?いや、これはもはやありもしない鎌、避ける以前の話よ!

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