魔王と呼ばれた責任
頂上の玉座。
フィセラはその玉座の間の中心に倒れるミレとマルナを見下ろしていた。
「蘇生はもうしてきたのね」
「はい。肉体の損傷がひどかったものですから」
フィセラの声かけに答えたのは、当然ミレとマルナではない。彼女たちはまだ目を覚ましていない。
答えたのは、2人を運んできたメイドたちに紛れたとある聖女だ。
「そう、ありがとう。アンジュ、日に3度も蘇生魔法を使うのは大変だったでしょう?」
フィセラにそう言われたのは協会の聖女、ホワイト・アンジュだ。
「いえ、この程度……」
手寧にお辞儀するアンジュ。
彼女が頭を上げるのを待って、フィセラはまた話しかけた。
「まだ魔力は残ってる?」
「はい。回復ならば問題なく。蘇生も……まだ魔力は残っております」
回復する体力の量によって消費される魔力の量は変わる。
蘇生の場合は、その対象のレベルに比例する。
アンジュの残存魔力では相手が120レベルとなると、魔力の残りに問題なしというのは怪しさがあったのだろう。
それを感じたフィセラはアンジュに告げた。
「協会に戻って休みなさい。少しでも魔力を回復させておいて」
「それは…………」
アンジュはこれからフィセラが戦おうとしていることを知っている。
だからこそ、万が一のため、フィセラのために魔力を残しておくべくだと考えていた。
だが、フィセラは自らのことではなく、別の者のための蘇生魔力を残しておけと言っているようだった。
アンジュが倒れているミレとマルナを見ると、彼女らの瞼がかすかに動いた。
ヒエッと驚くアンジュ。
「ではこれで、失礼します!」
すぐさま頭を下げて、玉座の間を後にする。
普段は統制の取れているメイドたちもアンジュが颯爽と去ってしまい。
バラバラに挨拶をしながら玉座の間を出ていった。
「…………フフ」
その様子が少しおかしくてフィセラはつい笑みがこぼれてしまう。
――メイドが逃げるように出てくのはあの子たち戦闘能力皆無だから分かるけど、アンジュは…………治癒魔法特化だからって負けることは無いだろうに。……まったく。
そうして、頂上の玉座にはフィセラとステージ管理者、そしてまだ起きないミレとマルナが残された。
数秒の静寂の後、ミレとマルナと共に帰ってきたレグルスが唸った。
「ううむ、フィセラ様。この者らが目を覚ますのをお待ちになる必要はありません。今すぐに我が」
「いいわ。すぐに目を覚ますでしょ」
レグルスは提案を却下されて、すこし悲しそうだ。
その八つ当たり、と言う訳ではないだろうが、レグルスはベカに文句を言い始めた。
「貴様がレベル差を考えずに魔法を使うからだぞ」
「あ?蘇生が出来てんなら関係ないだろうが。それに、やりすぎかどうかの話ならあいつだろ!」
ベカは突然カラを指さした。
名前を挙げられたカラは、まさか自分に話が来るとは思っていなかったようだ。
「……え、…………え?わたし?」
こういった場面で騒ぐのは決まって、ベカかホルエムアケトだ。
それ以外の面々は、特にフィセラが反応を示さない限り静観するのが常となっていた。
「……私はあなたみたいに残酷な魔法は使っていませんよ。お喋りも少ししましたし」
自分は仕事を問題なくこなせたという満足気な顔がベカは気に入らなかった。
「残酷だと?お前は何のスキルを使った?」
「王殺、です」
「は?……おま、それは……、斬撃系の最上いや最終位スキルだろう。あーあ、こいつらがかわいそうになってくるぜ」
「ちょっと待ってください。私はそんなにスキルを持っていないんです。相手によってスキルを変えるなんて……」
<王殺>を知っているのは、この場ではヘイゲンとベカ、そしてフィセラぐらいだろう。
そのフィセラは渋い顔をしながらカラの話を聞いていた。
――王殺か……スキル進化の最終到達点。まあ~、80レベル台に使うスキルじゃないわね。
カラが気弱になっているとみたベカがさらに追い打ちをかけようとした時、自分へ注がれる視線に気づいた。
それはベカをじーっと見下ろすホルエムアケトからのものだった。
「……なんだよ?こっち見んな」
そう言われようと、ホルエムアケトには少しも目を逸らす素振りはなかった。
「アケト、言いたいことがあるなら」
「ズルだ」
その一言に全員の視線が2人に注がれた。
当然、フィセラも彼女たちに目を向けた。
「何言ってんだよ」
ベカだけが明後日の方へ顔を向け、話を終わらせようとしている。
だが、そんなことでホルエムアケトの口が閉じる訳が無かった。
「フィセラ様言ってた。使っていいのはスキルでも、魔法でも、1つだけだって。でもベカはさっき」
「だから!魔女裁判だけだったろ?お前しっかり見てたのか?」
早口で喋りながら、ベカはホルエムアケトの言葉を遮る。
「でも、侵入者の剣避けてた」
不幸なことに、ベカの額に汗が浮き出るのを見逃す者はこの場にはいなかった。
「…………偶然だ」
ホルエムアケトはフーンと言って、少し黙り込む。
ベカがこれで終わったかと安堵した瞬間に、またホルエムアケトが口を開いた。
それも彼女が知り得ないはずの言葉を口にしたのだ。
「<予見>でしょ」
「なんで知ってんだよ!?なんでてめえは俺の能力に詳しんだよ!?」
途端に非難の目と言葉がベカに浴びせられる。
「うーわ!ズルだ!」「あなた、それは……」「貴様、フィセラ様の言いつけを!」
ベカは「うるさい」とほかの管理者を黙らせ、フィセラに弁明をし始める。
「た、確かに<予見>でこいつらの剣を避けましたがアレはスキルではなく常時発動の基本能力みたいなものでして」
聞き取るのがやっとほど速さで言い訳を並べるベカ。
そのベカにフィセラは怒ることなく、笑みを向けた。
「装備スロットにスキルを入れてあるんでしょ。あなた達の能力ぐらいは把握してるわ。だから今回のは…………、セーフね」
フィセラのこの言葉にステージ管理者は「おー」と感嘆の声を漏らした。
ベカは今までに見たことのない笑顔を浮かべ、振り返りざまにホルエムアケトのすねを杖で叩きつけていた。
少しも痛がる様子のない彼女と、逆に杖が曲がっていないかを確認するベカ。
そんな愛すべき管理者たちに笑顔を向けながら、フィセラの内心は、少しだけ、曇っていた。
――というか、こんなことになるならミレとマルナの相手は管理者じゃなくて、もっと普通の子たちにやらせればよかったわね。今考えると、明らかにオーバーキルよね。しかも、3回も。同じぐらいの実力のNPCを探せばいくらでも…………、今さらか。
その時、今まで一言も発していなかったバイシンが組んでいた腕をほどいた。
そしてその目(目という部位は無いが)をミレとマルナに向けた。
彼がそうしたのは、この侵入者たちがどう動こうとも対処を出来るようにするためだ。
つまり、彼女たちはもう動ける状態になったと言うことである。
――もう起きちゃったのね。かわいそうに……。
いまだ床の上で目を覚まさない2人、いや目を開かない2人にフィセラはついに声をかける。
「あら、うるさかった?」