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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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拠点攻略の鉄則(5)

 ミレは誰かに声をかけられ跳び起きた。

「ハァハァ、何をされた?俺は…………死んだのか?」

「落ち着いて姉さん」

 マルナがそこにいた。

 膝をついてミレを上目遣いに見上げている。

 おそらく、気を失っていたミレを心配して近くにいてくれたのだろう。

 それを理解したミレは、マルナの言う通り冷静さを取り戻し周囲を確認した。


 つい先ほども同じことをしたと思い出し、イラつきを覚える。

「またか。くそが!」


 死んで生き返り、また死ぬ。

 そのイメージを一度持ってしまうと、消すことは難しい。

 そこからくる怒りでもあった。

 

 ミレの周囲を観察する行動はさっきと同じ者だが、そこは同じ場所ではない。

 巨大な門は目の前に無い。あたり一面の農園がひろがっていることは無い。

 そこは町の通りのようだった。

 少し傾斜のある道の両脇には建物が並んでいる。

 まとまりの無い建物ばかりだ。

 何処かの国で見たようなホテル風のものがあると思えば、時代や文化も違うようなものさえある。

 

 だが今、ミレ達にはそれを見ていくような時間はなかった。

 

 少し坂を登った所にある出店の前に人がいたからだ。

 それもエルフ。また、エルフの女だ。


 串焼きのような物を売っているらしく、彼女は火の上に並べられたそれへ手を伸ばしていた。

「……まだだな。裏がまだ赤い」

 

 こちらにはまだ気付いていない。

 なんて楽観的な考えをするほどミレ達は愚かでは無い。

 それに、今発せられた声はミレを起こしたあの声と同じだった。


 そうだとしても、既に起き上がったミレ達には対して、彼女は目もくれなかった。

 ミレがしびれを切らして声をかけようとしたその時。

「お前達のレベルだと、半分以上の部下がやられちまうから隠れさせてんだ。だけど、来るのはもう少し遅いと思ってなぁ。肉を焼かせてたんだが……」


 そのまま話し続ける女を置いて、ミレは思い出していた。

 いや、思い出そうとしていた。

 たった数分前。ミレの意識ではそうであり、そうでなくてもそこまで時間が経っているはずはない。

 そんな忘れるはずもない記憶。

 だが、思い出せなかった。

 何も分からなかった。

 それは記憶に問題があるのか、それとも理解さえ不可能な実力差ゆえなのか。

 

 ミレの装備に傷は無い。

 抜いたはずの剣はまた鞘に戻っている。


 まるでリセットだ。


 このままでは、無意味だ。


 瞳に絶望の色を宿し始めたミレとマルナ。

 その2人の変化に、女が気付いた。

「あの芋女にやられたのがそんなにショックか?どうせ、手加減無し、何をされたかも分からねぇ内に死んだんだろう?」

 そう言って、ヒヒヒと笑う女。


 漆黒のドレス。

 つばの大きいとんがり帽子。

 そして、杖。黄金で造られたであろう顔の高さまである杖を持つ姿を表現する言葉は一つしかない。

 魔女だ。

 燃えるような赤い髪に長い耳。片耳は黒く変色していた。

 ミレ達のようなダークエルフの褐色にではない。

 真っ黒にだ。

 その耳は肌の質感を失い、完全に炭化していたのだ。

 


「スキルは一個しかダメだって言われたら、手加減しろって意味だろ。あいつはアホだな」

 魔女エルフはそう言いながら、遠い目をしながら隣の建物を見た。

 正確には、建物と建物の隙間から遠くに見える農園をだ。


 それはミレの位置からでもわずかに見えた。

 そうなってしまえば、もう理解できる。

 これはさっきの続きだということを。

 彼女はここの「ステージ管理者」だということを。

 そしてこの魔女が2人では太刀打ち出来ないほどの圧倒的な強者だということも。

 

「だが俺は加減を知ってるからなぁ。ほら来い。遊んでやる」

 そう言う魔女はミレ達の心情を理解しているつもりだった。


 だが実際はより複雑だったのだ。


 覚悟はあった。

 最悪、避けられぬ死が自分達に降りかかることも分かっていた。

 セラがフィセラであったとしても、確実な罠が待っていようとも。

 相手は「魔王」だ。そして、自分たちは「唄われる英雄」だ。

 刃の届かない相手ではないはずだ。

 それは彼女たちが旅をしてきた中で、わずかにでも関わった数体の魔王から想定していたことである。


 だが、実際はこうだ。

 部下の1人、幹部であろう門番に負けた。

 死んだ。殺された。何もできなかった。

 だが、終わっていなかった。

 おそらく、蘇生させられた。

 なぜかは分からない。

 だが好都合である。それはチャンスと捉えることも出来る。

 そうして、それが繰り返されれば、理解する。

 否、正確には分からなくなるのだ。


 死して尚立ち上がる。英雄物語としては上出来だろう。

 死して尚立ち上がらされる。それは滑稽な道化より質が悪い。


「あーあ、ミスったな。最悪だ」

 ミレはもう剣を構える気は無かった。

 その時、彼女はすぐ隣から誰かが武器を構える音を聞いた。

 確認せずとも、一人しかない。

「…………マルナ。お前は」

「刃が届く瞬間が来るかもしれませんよ。まだ私たちは自分の足で立ってるんですから。それに……、私たちはあの日決めたじゃないですか。何もせず逃げるのは止めようって。全てをあきらめるのは…………、本当に何もできなくなった時でいいです」

 ミレはマルナのその言葉を聞いて、自分の剣に触れた。

 柄をつかみ少しだけ力を入れる。

 それは何の抵抗もなく、スルリと鞘から抜けていく。

「…………確かに、まだまだやれそうだ」


 その様子を黙って見ていた魔女は少し口角を上げながら答えた。

「何だか知らねえが、…………それでいい。やってることが良いか悪いかなんてのは、始めてみなきゃ分からねえんだ。それがどっちにしても、とっとと終わらせるに限る」

「意見が合うな。エルフ」

「お前もエルフだろ。…………ベカ・イムフォレスト。覚えなくていい」

 魔女ベカの名前を聞いたとき、マルナには聞き覚えがあった。

「さっきのエルフも、……フォレストと」

「そうか?ま、なんでもいい。前の奴は得体の知れなさがあったが、こいつはそれより弱そうだ」


 ベカはミレの挑発を鼻で笑った。

「フッ。……………………………………………………………………やっぱり手加減は無しだ。殺す!」

 

 ベカが声を荒げた瞬間、ミレが跳んだ。

 一直線に、音よりも速く。

 距離を詰めたミレは剣を振り上げた。

 構えられた剣はもう止まらない。

 横薙ぎに振る。

 振り始める前、そうミレが判断した時、ベカが体を後ろへ逸らし始めた。

 魔法使いが剣士の攻撃を避けようとした。

 それでも、速度はミレの方が上だ。

 だが、完璧に見切られた横降りがベカに届くことは無かった。

 体を後ろへ倒した彼女の鼻先をかすめながら、刃はただ素通りしていったのだ。


 だがまだ終わりではない。

 ミレは胴体を動かさず、頭だけを倒した。

 後ろから近づくマルナを隠しながら、彼女の一撃を確実なものにするためだ。

 だが、またベカは体を捩じり始めた。

 ベカからはマルナが見えていないはずなのに、彼女はそのあとの攻撃を知っているかのように動いたのだ。

 ミレが倒した頭のすぐ横から、槍が飛び出る。

 マルナの放った<城壁突き>だ。

 だが、それはベカの黒いドレスを掠め地面に突き刺さるだけだった。

 

 奇襲を避けられた。ミレとマルナはすぐさま3撃目を構えるが、回避に徹していたベカの方が少しだけ速かった。

 

 ベカは2人に手を伸ばした。

 杖を持つ右手をミレに、左手を少し離れるマルナに。

 少しだけミレは掴みにくそうだが、触れれば十分だ。

「存分に苦しめよ!<魔女裁判・判決>!」

 ベカが魔法を唱えた瞬間、そこにあるはずのなかった大量の木の枝が3人を瞬時に囲んだ。

 長さ、太さも大小の「薪」だ。

 その中でも太い薪がミレとマルナの脇や首、股に入り込み動けないように固めていく。

 

 ミレは顔付近にまで近づく薪を無視して、剣を構えた。

 これは魔法だ。それに抵抗する術は元を断つこと。

 それを理解していたのだ。

 切っ先をベカに向けるが、その瞬間、何十本もの紐が彼女を縛った。

 ミレが理解していなかったのは、その魔法の強力さと、凶悪さであった。


 薪が2人を囲み、縛り、持ち上げる。

 2人は完全に地面を離れ、大木に縛りつけられていた。

 

 木の枝で出来上がった塔。

 その上に吊られるミレとマルナ。

 縛られてはいないが、ベカも2人と共に上にいた。

 その頂上で彼女は高らかに<判決>を下した。

「すぐに死ぬんじゃねえぞ!<火刑>!」


 瞬間、静寂が砦を包んだ。

 その時、塔の内側に小さな火種が生まれた。

 それは周囲の薪に移っていく。

 火は勢いを強めながら、上へ上へ登ってゆく。

 薪が燃えバチバチと音を出す。空気が熱せられゴオウと音を出す。

 見る者は目を逸らし、聞く者は耳さえ覆いたい。

 そんな中で、魔女は塔の上で腕を広げ舞い上がる火を喜んでいた。

 持ち上がる空気と共に彼女の赤い髪か、あるいは火が映っているのか。

 どちらにせよ、燃え盛る塔の上で魔女は笑っていた。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 この時、彼女の哄笑だけが砦に響いていた。

 

 生きながら焼かれるダークエルフの悲鳴をかき消しながら。


「ハハハハハハハハハハ!ハハ!ハ~、……ちと熱いな」

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