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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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拠点攻略の鉄則(4)

 風に揺られ草が歌う。

 リズムを刻むことは無く、ただ一定に草がこすれる音だけが聞こえる。

 太陽の光が体に当たり、体温を上げた。

 心地よい風がその熱を冷ます感覚と、揺らされる髪の毛の少しのかゆみが交互に来る。

 故郷の森を思い出す。

 森の中の開けた草原の上で太陽を見上げながら転げまわった思い出が蘇る。


 妹のにおいがかすかに届く。

 彼女はすぐ近くにいる。

 ならば大丈夫。2人一緒なら大丈夫だ。

 もう少しだけ、あと少しだけ寝ていよう。


 その時、ミレの記憶が混濁する。

 あるはずの無い記憶が彼女の思い出を侵略する。

 あってはいけない死の記憶だ。


 ミレは勢いよく体を起こした。

「ハァッハァッハァッ!……フー。ここは?」

 すぐに呼吸を落ち着かせ、周囲を見渡す。


 晴れ渡った青空の下に広がる緑の大地だ。


 乾いた茶色の土。それが踏み固められた道が目の前にあった。彼女はその道の上にいるのではない。

 それは右から左へ、あるいは左から右へ、ただ横切っているだけだ。

 そして、その道の向こう側には整然と配置されている野菜や果物、見たことのない植物があった。

 誰が見ても分かるだろう。ここは畑だ。

 視界の端から端までそれが続いている。

 それに彼女達よりも背の高い植物があるせいで、それ以上の情報を得られなかった。

 

 加えて、背後には何も無かった。

 大きな石で出来た壁が視界の全てを遮っていた。


 ミレは畑と壁の間の空き地に寝ていたのだ。

 そして彼女も。

「マルナ、おい起きろ!……おい!」

 ミレが体を揺らすとマルナはパチリと目を開けた。

 すでに起きていたかと思う程にはっきりしている。


 体を起こしたマルナは、一番最初に耳に触れた。

 傷などはない。ミレの声も周囲の環境音も聞こえている。

「いったい何が…………。ここはどこですか?」

「知らん。俺も今目が覚めた」

「私たちはあの獣人に、レグルスに……」

「そんな名前だったか?もう忘れちまった」

 ミレはマルナとの会話は意識半分で、周囲の状況確認の方に注意していた。

「……見ろ」

 そう言われてマルナはミレの視線を追う。

 いつの間にかミレは背後の壁の上を見上げていた。


 そこで気づいた。

 壁の上部に岩が乗っていたのだ。

 そしてそれは灰色か黒色か判別のつかないそれが、色を青に変えて、空と一体化しているのである。

「ここは、まさか!」

 それは地中に埋まったいることを偽の空を作るつくることで隠している証拠だった。

「ああ、ここは山の中だ」

「なぜ?何が?」

 

「なぜか?それはレグルスの前で死なずに、先へ進んでいるのはなぜか、という意味ですか?」

 マルナのすぐ近くで、そう言った。

「当然です。フィセラ様はおっしゃられたはずですよ。あなた達を歓迎する、と」

 首を動かし、横を見ると彼女はいた。

 

 2人の会話に混ざった3人目。

 ごく自然と現れたその人物に、ミレは驚かなかった。

 周囲の警戒を続けているというのに、接近にすこしも気づけなかった。

 そんなことが出来る格上の相手。

 獅子の門番レグルスの会話を思い出せば、それが何者なのかも分かる。

「あんたが管理者って奴か?…………エルフ」

「ええ。庭園農場ステージ管理者、カラ・フォレストです」


 長く尖った耳。白い肌。長い金色の髪。

 ミレとマルナよりも頭1つ大きい彼女は、ただ美しかった。

 だが、その格好があまりにも場違いな気がした。

 茶色の長靴。土に汚れが取れていない白い上下服。その上にエプロンをかけている。

 この場所、この農場には合っているのかもしれないが、戦闘がいう始まるのかと緊迫するこの状況には合っていなかった。

 ただ一つ、ミレとマルナに警戒心を失わせないのは彼女が腰に剣を帯びているからだ。

 帯剣するには少し長い剣だが、長身の彼女によってバランスは保たれている。

「どうしましたか?すこし混乱しているように見えましたが、レグルスが説明を抜かしているかもしれませんね」

 金髪のエルフ、カラは尚も当たり前かのように話しかけてきた。

 

 いつでも剣を抜けるように気を抜かないミレとマルナとは違い、カラは余裕の姿勢だった。

 その余裕がレグルスのような圧倒的な実力、自分の方が強いという確実な認識からくるものであれば、下手な動きは出来ない。

 そのため、今は会話に応じるしかなかった。

 

「3人倒せばフィセラに会えると言われた」

「いいえ。それは正確ではありません」

「そうでしょうね。現に私たちはここにいる。この山の中に」

「はい。ですから私たちを倒す必要はありません。もっと言えば、フィセラ様が侵入を認めた以上、あなた達を止める必要も無いのです」

「ならばなぜ?」

「玉座を目指す者たちを止めることが我らの使命です。フィセラ様の安全のために。それが出来ないのだとしても、……確認しなくてはいけません」

「……何をだ?」

「あなた達の刃では、フィセラ様を傷つけることは絶対に出来ない、と言うことを……。そのために戦っていただきます。私と、あともう1人と」

「俺たちがお前に勝ったら?」

「…………不可能を語ることは無意味です」


 3人はここで口を閉ざした。

 話すことはもう無いようだった。


 ミレはまだ剣を抜いていない。マルナもだ。

 そして当然カラも。

 ミレが剣の柄に手を置こうと腕を動かしても、カラは何の反応も示さなかった。

 ついに手が剣に触れても、まだ動かないカラ。それどころか、戦う気さえ無いように見えた。

 そのことを疑問に思ったことを、カラが気づいた。

「……どうぞ。先はお譲りします。何が起きたかも理解できず死に、この後の戦いでやる気を失ってしまっては困りますから」

 

 ミレは何も応えず、ただ歩き始めた。

 剣を抜かぬままに、カラに近づき始めたのだ。

 マルナは姉のその行動に少し驚き、すぐミレに続いた。


 2人はカラのすぐ目の前で止まった。

 すでにカラを間合いに入れた距離である。

 その距離で2人は姿勢を低くし、最高速で剣を抜き放つ準備を整えた。

 風が鳴くような高い呼吸音が響き、心臓が高鳴る。

 

 それを前にしたカラは、2人に腕を少し広げ手のひらを見せた。

 まるで、緊張することは無い。何もしない。あなたたちの攻撃を受け入れる。

 そう言っているようだった。


 ミレはその反応を見て、剣の柄をつかむ腕により一層の力を込めた。

「フィセラの、魔王の部下なのは本当みたいだな。言うこともやることも全部!うざいんだよ!」

 

 ついに剣が抜かれる。

 両刃の刃が鞘から姿を現し、頭上の太陽の光を反射して白く輝く。

 剣の先が鞘を離れた瞬間に、ミレは叫んだ。

「<三日づ!」

「……<王殺>……」

 

 剣が空を切る音は無かった。剣のきらめきも、その軌跡を目にすることもなかった。

 剣を抜いた瞬間、ただ終わったのだ。

 

 

 その時、暗闇から誰かの声が聞こえてきた。

「おい、そろそろ起きろよ。あんまりフィセラ様を待たせるんじゃねえぞ!」

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