拠点攻略の鉄則
ミレとマルナがフィセラの討伐を決意したその頃、フィセラはある一室にいた。
ゲナの決戦砦、頂上の玉座に隣接する控室。
フィセラはヘイゲンの転移魔法によって、この部屋に転移していたのだ。
現在、部屋の中にいるのはフィセラとヘイゲン。そして、タラムとシオン、使用人NPCが2人だ。
「私は外におりましょう。フィセラ様、あの者たちの動向を見物されるのなら」
「わかってる。急ぐわ。早く出てって」
フィセラはヘイゲンを見ずに手を振るだけで、彼を外に追い出した。
彼女は冒険者として振る舞うために、茶色いパンツと白いシャツだけを着ていた。
砦に帰ってきたばかりの今もそうだ。
だが、玉座に座るには今の彼女の服装は足りない。
魔王としての品位が足りないのだ。
そのために彼女たちがいる。使用人NPC、いわゆるメイドだ。
「フィセラ様。お召し物をご用意しております」
赤と金色の極彩色のマントを見せられフィセラは眉を寄せた。
「いらない、いつものでいい」
ぶっきらぼうに断るフィセラ。
だが、メイドはそれだけでは引き下がらなかった。
「侵入者にフィセラ様の素晴らしさと恐ろしさを知らしめるのです!」
「それにこのマントの性能が創造主の方々の装備にも劣らないはずです。黄金竜と猛炎竜の鱗をふんだんに編み込んでおりまして」
「わかってるわ。それは…………また今度ね」
――南国の鳥みたいになるのはさすがに……。
2度断られてしまえば、それ以上はただ邪魔だ。
メイドは寂しそうな顔をしながら、マントを持って一歩引いた。
それを確認したフィセラはある一言を口にした。
「<換装>」
フィセラの姿は一瞬で黒色の装備に包まれた。
差し色に赤い宝石を用いた彼女の通常装備である。
その姿を目にした二人のメイドは顔を伏せた。
今まで目のまえにいたフィセラはただの「フィセラ」だった。
だが、今や彼女はエルドラドのリーダー、自らの創造主の一人、魔王フィセラだ。
服が変わっただけではない。
この時のフィセラの顔つきはさっきまでのそれではなかった。
――ああ、そういえば。
フィセラは思い出したかのように、振り向いた。
部屋の端に黙って立つタラムとシオンを見たのだ。
魔王の視線に貫かれた二人は反射的に膝をついた。
砦にいる他のNPCと何も変わるところのない彼女たちの姿を見て、フィセラはかける言葉を失った。
「あなたたちは…………、まあヘイゲンに聞くわ」
――え?ネタバレなし?2人がウチのNPCなのはほぼバレバレだったけどさ、私何も言ってないじゃん。ほんとは何とかでした~、とかあるべきじゃないの?
フィセラは部屋のドアを見た。
つい先ほど出ていったヘイゲンの背中をそこに見たのだ。
「聞き出すのもめんどくさいな」
「私たちは、――」
後ろでタラムが口を開いた。
「いいのよ。タラム」
彼女はもはやタラムではないのだろう。だが、フィセラはいまだ彼女の本名は知らないのだ。
「今回のことで、1つ、気になったことがある。頼まれてくれる?…………二人ともね」
「はい!」
2人の息のそろった返事を聞いて、フィセラは満足だった。
それだけで彼女たちを許した。
それも当然だ。
自分に隠れた何かをした。
その程度のことで、自分達が作った子を許さない者がいる訳が無かった。
フィセラが歩き出すとメイドがフィセラの先を行きドアを開けた。
「ありがと」
礼を言って部屋を出ると、彼女は違和感を覚えた。
外が静かすぎるのだ。
控室から出れば、そぐに玉座が見える。右を見れば空間が広がっている。
そこにはヘイゲンがいるはずだが、話し声は聞こえなかった。
人の呼吸音さえ聞こえなかったのだ。
フィセラはゆっくりと玉座へ向かい、顔を横へ動かした。
玉座の前までくると、腰を下ろしながら呟いた。
「黙って待っていなくてもいいのに」
誰もいない訳がなかったのだ。
120レベルのステージ管理者がそこに膝をつき並んでいた。
「「おかえりなさいませ」」
練習でもしたのかと疑う程の挨拶。
それをおかしいと思いながらも、フィセラはつい笑みをこぼしながら応えた。
「…………ただいま」
フィセラは玉座の背もたれに背中を預けながら、ステージ管理者の顔を数えた。
「それで?いない子達は決めた通りに?」
「はい。それぞれの持ち場で待機しております」
フィセラの目の前にいるのは、コスモ、ホルエムアケト、バイシンの3名のみだった。
この場にいないのはレグルス、カラ、ベカ。
山中の第一層(転移前は地上にあたる)ステージの管理者達である。
「ルールは伝えてある?」
「はい。ここにいる者たちにも共有しております」
そう、と小さく言うとフィセラは体の力を抜いて頭まで背もたれにつけた。
準備は万全。ヘイゲンやほかの管理者に任せれば失敗はない。
ならば、今フィセラが緊張する必要もない。
ミレとマルナがここに来るまで、彼女に出来ることはなかった。
その時、主人を退屈にさせまいとヘイゲンが話し始めた。
「あのダークエルフ達はこの目で見ています。<テレビジョン>で動向を追えますが、いかがでしょうか?」
任意の場所や人物を映し出すことができる画面を作る魔法。この世界では画面というもの自体、理解出来ないものかもしれないが、フィセラには聞き慣れた言葉だ。
「…………いいわ、映しなさい」
フィセラは乗り気ではなかった。
これからミレとマルナに降りかかる理不尽、不条理を思えば、それを観ることを楽しめる気はしなかった。
もはや億劫でさえあった。
友ではない。
仲間ではない。
ただの知り合い程度の関係性。
それでも、フィセラは彼女達を立派な人間達だと評価していた。
――この私に、この魔王の称号に、挑んでくる馬鹿どもはいつもそう……。
フィセラはアンフルでの記憶を掘り出していた。正義の側に立っていると勘違いするあのプレイヤー達を。
そんな彼女を待つことなくヘイゲンの<テレビジョン>が起動する。
四角い画面が彼女と管理者達の間に出現し、その中にファセラにとっては見慣れた2人がいた。
「レグルスとの邂逅まで、あと30秒ほどでしょうな」
全員の視線が画面に向き、ヘイゲンの解説が始まると、管理者たちの気が緩んでいった。
「今日はベカ張り切ってたなぁ。敵と戦うのは久しぶりだって、……私1回も無いけど」
「何度かギルドアタックはあったようだが、フィセラ様と想像主の皆様のおかげで、全て地上で食い止めることが出来ているからな」
(うん。僕もこの前外に出たのが初めてだった。思いっきり戦うのはスッキリするよ)
「お前が倒したのはゴブリンばっかじゃないか。あんなのは掃除だ、掃除!」
(……うるさいな)
フィセラはコスモ、ホルエムアケト、バイシンの3人の会話を黙って聞いていた。
そして、彼らの話す内容に少し思うところがあった。
――確かに、ほとんどのNPCは外に出してないわね。ステージ管理者のレベルなら、尚更。そうすると、あのルールは少し厳しすぎたかもしれないな。
ミレとマルナではなく、自らの部下を応援するつもりで画面を見る。
それならば、少しは気が楽だ。
「さ、あの子たちの頑張りを見ましょうか!」