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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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山の下で(8)

 ――魔王様だろう?ただの巨人が調子に乗りやがって。

 

 と思っていそうなタラムとシオンを横目に見ながら、フィセラはアルゴルの背中を追って森を歩いていた。

 アルゴルの歩幅は大きいが、フィセラ達に合わせてゆっくりと歩いている。

 向かうべき場所は明確だ。

 まっすぐに大山に向かっているのだから。


 フィセラにしてみれば、そうでなければ逆に混乱することだろう。

 今の状況は、ヘイゲンが手を回したと考えれば納得のできるものだった。

 ――にしても、ソフィーがこっちにいるとはね。油断してわ。顔を見られてはいなさそうだから、セーフだと思うけど……。ヘイゲンが、私と村で接触しないようにソフィーをこっちに連れてきた?いや、それはないか。あの槍使いの女の人と仲良いのかしら?……友達と遊ぶぐらいはいいか。

 

 フィセラ達にアルゴルを加えた6人は、誰も口を開かぬまま森を進んだ。

 すでにかなり時間が経っているだろう。

 大山の頂点を見上げるには、首を曲げなくてはいけないほどの場所に来ていた。


 ――もうすぐ着くころかしら。ここまで来ればそろそろ山の周りに配置した<樹霊>の壁が見えてくるわね。さて…………、な~んにもこの先を聞いていないけど、どうすんの?私?しまったな~、計画をもっと聞いておけば良かったわ。

 その時、フィセラが視線を右側に向けたのはただの偶然だった。

 もしかしたら、それは誘導されたのかもしれない。

 少なくとも、フィセラはその光景を予想していなかった。


「…………わあ!」

 フィセラの突然の叫び声で全員が一斉に身構え、彼女が見ていた方向へ武器を向けた。

「どうしました?」

 一番にフィセラへ声をかけたのはシオンだ。

 彼女はフィセラを背に隠すように立ち、森へ目を向けた。

 だが、そこにはただ森があるだけだった。

 だれも、何かを探すことは出来なかった。ほんの少しの気配さえもだ。

「何かいたのか?セラ?」

 ミレにそう聞かれ、フィセラは震える指でそれがいた場所を示した。

「髭生やしたジジイが、そこに、いま」

「ジジイですか?どこにもいませんが……」

「セラ様。何かと見間違たのでしょうか?」

 タラムとシオンが遠慮がちにそう言う中、ミレだけは緊張感を保ったままであった。

「魔王はすぐそこだ。何が出るか分からんぞ。注意していけ」

 その言葉で過ちを気づかされたかのように、皆はとたんに周囲への警戒を強めた。

 

 フィセラも同様に周りを見ながら、また先へ進み始めたが彼女は本気ではなかった。

 ――ついびっくりしちゃったけど、あれはヘイゲンよね?一瞬だけだったけど、そうよね。迎えに来てくれてるなら…………、いつでもいいか。


 その時、アルゴルが歩く速度を落とした。

 ゴールが近いということなのだろう。

 だが、ミレやマルナの目では周囲に変化があるようには見えなかった。

 しかし、すぐそこに<樹霊>が近づいていた。

 歩く樹々、意志ある木人。そう呼ばれる、外目にはただの背の高い木にしか見えないが、れっきとしたモンスターである。

 それが数えられないほど集合して作られた壁。

 6人はその壁の前で足を止めた。


 アルゴルの横を通り、樹々に近づく彼女たち。

「なぜここだけ密集している?山の周りだけ植生が狂ってるのか?」

「姉さん。あまり近づかない方がいいですよ。嫌な雰囲気です」


「…………ここまでだ」

 ここに着くまで黙っていたアルゴルが初めて口を開いた。

 そして、彼の言葉の意味を皆理解できた。


 魔王はこの先だ。


 そう意味なのだろう。

 であるならば、彼の案内はもう必要ない。

 ミレはアルゴルの先導に礼を言った。

「助かったぜ。……アンタに案内させるあたり、魔王は余裕かましてるんだろうな。好都合だぜ!」

「…………違う」

 まさか、アルゴルに否定をされるとは思っていなかった。

 それは皆が思ったことだ。

 全員の視線がアルゴルに向けられる。

「なんて言った?」

 ミレがそう問い、アルゴルが答える。

「お前たちはなぜ戦う?」

 質問を返され会話が変わったのは明白だったが、ミレはこれに付き合うことにした。


「俺たちみたい人類からしたら、相手が魔王の時、戦わない理由の方がすくねえよ。いや、理由は1つだな。手前が弱すぎて魔王に勝てねえってときだ。無駄死にする必要は無い。魔王より強い奴なんかほとんどいないんんだから、別にいいんだよ」

 最後の言葉はまるでアルゴルに言っているようだった。

 そしてアルゴルもそれを感じ取り、つい反論をしてしまう。

「お前たちが魔王より強いようには見えないぞ。自分の命を懸けていることに気づかないのか?その理由を聞きたいんだ」

 ミレは舌打ちをして、頭を搔いた。

 イラつきではなく、ただ言葉を迷っているようだった。

「人間種の寿命は80年か?エルフはその10倍だ。特に強い奴はな。ジャイアント族はどうだ?300年か?」

 アルゴルは突然どうして寿命を聞かれているのか理解できなかったが、正直に答えた。

「200と少しだ。強者ともなれば300を超える者もいる」

「300年か。短いな。この世界に何かを残すには、少したりないだろ」

「人生で何を果たすかという話か?」

「ああ。その気になれば、1つ大きなものを残せるかもしれない。だが、それがこの世界をどう変えるかまでは見られない。300年ってのはそのぐらい短いんだよ」


 アゾク大森林では、背の高い樹々に傘のように広がりその枝葉が日光を遮る。

 太陽の出る昼間だろうと、その暗闇が無くなることは無い。

 だがこの時、彼女らの頭上に風が吹いた。

 枝葉を揺らし隙間が出来る。

 そこから太陽の光が雨のように差し込んだ。

 キラキラと降り注ぐ光の中でダークエルフは語り続けた。


「だが、エルフは世界が変わっていく様を見て生きていくんだ。だったらよ、……いいものを世界に残してえじゃねえか。それが世界をもっと良くしていくんだ」

 ミレはマルナと視線を交わした。

「俺たちは旅を続ける。いつかまたここに戻ってきて、お前たちを探そう。いないかもしれないけどな。どこか別の場所で故郷をみつけてるかも……。でも、……もしかしたら、近くの小さな村で人間と協力して暮らしてるかも。人間の子供と巨人の子供が並んで遊んでるかも」

「それが俺たちの辿るべき道だと?」

 ミレは鼻でアルゴルの言葉を鼻で笑った。

「右だ左だと道を案内をする気はねえよ。俺たちは最初の1歩のために背を押すだけだ。あとは好きに歩いていけばいい。…………お前たちは自由なんだからよ」

 

 アルゴルには彼女たちの姿は眩しかった。

 大森林の中で生まれ、ただ呼吸をし敵を屠り傷だらけになりながらも生きる。

 それを繰り返してきただけの彼には、「生き方」というのは眩しすぎたのだ。


 だが、それに敬意を払うべきだということは理解できる。

 アルゴルは全員の顔を順番に眺め、最後にフィセラを見た。

「この先にいる魔王は残虐な方ではない。正しき想いや信念の力を知っているはずだ。お前たちを無下にはしないだろう」

 その言葉を聞いてフィセラは目を細めてアルゴルを見る。

 アルゴルは何も言わぬ彼女の感情を感じ取ることは出来なかった。

 もしかしたら、怒りがそこにあるのかもしれなかったが、もはや言葉を止めることは出来なかった。

「この言葉を俺の立場で口にすることは、おそらく許されることではないのだろう。…………だが、ここにそれを裁く者はいない」

 アルゴルは膝を曲げて、出来るだけミレやマルナに視線を合わせた。

「武運を祈る。気高き勇者たちよ」


 それだけ口にすると、アルゴルは元来た道を戻っていった。

 

 その背中を見送るフィセラは少し悲しい目をしていた。

 ――私が間違ったから魔王と呼ばれたんじゃない。誰かが間違えたから魔王になったんじゃない。全員に譲れない正義があって、全員に負けられない戦いがあって…………、その結果、こうなっちゃただけなのよ。

 そして、誰にも聞かれぬ声で小さく呟いた。

「これでも、いつも最善を尽くす気ではいるのよ」

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