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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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山の下で(6)

 アゾク大森林・大山とラガート村のほぼ中心の位置にあるジャイアント族の新集落。

 集落で暮らしている人数は300強ほどであり、ひと月前に生き残ったすべてのジャイアント族がここに集まっていた。

 以前、大山の裏では小さな集落に分かれ暮らしていた彼ら。今、300人以上の巨人たちが集まるここでは、全員が床と屋根・壁を整えた家を持っている訳ではない。

 集落の中心に作られた丸太の木組みの建造物は、集会場や食糧庫、エルドラドが作った人間サイズの建物(と言っても、他の巨大な建物に負けぬよう大きく作られたそれは外観では判別できないだろう)のみである。

 もともと巨人たちは自然の繊維から作った布や動物の皮で天幕を作っており、それで十分であった。


 それに加え、ここは大山の裏とは比較にならないほど安全であった。

 というより、危険は何1つなかった。

 大山の周辺はエルドラドのNPCが常時巡回しており、危険なモンスターはもはや残っていなかった。

 集落にあるモンスターの素材は、そこで狩られたモンスターか、巨人用にとあえて見逃れたものであった。

 

 そうして1か月の間、誰も失うことなく、血を少しも流すことなく新たな居場所を手に入れつつあったのだ。


 そんなアゾク大森林に作られた建物群に囲まれた中心には、今日偶然にも初めての客が訪れていた。

 それはエルドラドの者ではない。

 それはここから最も近い村に住む、ある少女であった。


「キャァァァ――!」

 ラガート村の少女ソフィーは悲鳴を上げながら集落の中心を走っていた。

 そして、ソフィーは三角型に積まれていた丸太の陰に身を潜ませる。

 1本の丸太の直径だけでも彼女の身長よりはるかに大きいため、容易に隠れることが出来た。

「ハァハァ、来なきゃよかった。、ほんとに死ぬ!」

 

 その瞬間、ソフィーは背後に足音を聞いた。

 その足音が丸太の山の前で立ち止まったことに気づくと、彼女は手で口を押え息を殺した。

 だがそれは、相手が心臓の音さえ聞き取れるのなら無意味なことだった。


「それで隠れてるつもりかぁ!?」

 ある女巨人の声と同時に丸太の山が宙を舞った。

 女巨人が何本ものを巨大丸太を持ち上げ放り投げたのだ。


 当然、舞い上がった丸太は地に落ちる。

 それも、ソフィーめがけてだ。

「キャァァ――!」

 自分の家ほどの大きさの丸太が落ちてくる光景に死を覚悟した。

 恐怖で足は動かず避けることも出来ない。

 だが、丸太はすべて彼女のスレスレのところに落ちるのみで1つも当たることなく地面に転がり動かなくなった。

 丸太に囲まれたソフィーはようやく息を整え、頭上に指をさした。

「ちょっと!体の大きさの違いで分かるでしょ!?こんなの当たったら死ぬんだけど、私!」


「ハハハハッ!何が死ぬだ?周りを見てみろよ」

 ソフィーに指さされた女巨人が高笑いをしながら、そう言ってきた。

 ソフィーは言われた通りに回りを見てようやく気付いた。

 周囲の転がった丸太が完全に彼女を取り囲んでいたのだ。

 

 それはつまり、逃げ場のなくなったソフィーの負けということである。


 ソフィーがそのことに気づいた瞬間、ドンと地面が揺れた。

 それは女巨人が投げ残された丸太の止めに腰を下ろした振動だった。

 まるでソファに腰かけるように彼女は優雅にそこに座っている。

 そんな彼女にソフィーは声を荒げた。

「ちょっと、ちょっと!出してよ!ねえ、聞いてるの?……ナラレ!」


 ジャイアント族。1つの槍・ナラレ。

 健康的に焼けた肌が面積の小さい服装によって露わになり、それと同時に隠しきれない無数の傷も目立っていた。

 胸の下まで伸びた髪は複数の方法で編まれており、そこには魔獣の牙や鮮やかな花が飾られている。


「うるさいな、…………ほらよ」

 そう言ってナラレは丸太をもう一本無造作に投げつけた。

 

 おそらくは丸太1本でも彼女の体重よりはるかに重いだろう。

 それは軽々と、それもソフィーには決して当たらないようにコントロールできるところを見ると、彼女がジャイアント族の中でも指折りの戦士だということが理解できる。


「キャ!やめてって言ってるでしょ!」

 ナラレに投げられた丸太がソフィーを囲んでいた丸太の1つに当たり、ソフィーが抜け出せるだけの隙間が空いた。

 ソフィーがそこから出てくると、ナラレは彼女に話しかけた。

「……お前が村に居ても退屈だから連れて行けと言ったんだろう?なのに、遊んでやったら文句ばかり…………、人間はわがままだな」

「わがままじゃなくてか弱いの!……はぁ、今日は村長が家から出るなってみんなに言ってたの、だから抜け出してきたんだけど」

「だからじゃないだろ。そう言われたならおとなしくしてろ。森に一人で入ってきたのを私が見つけてなけりゃ死んでるぞ」

 そう言われて、ソフィーは胸を張り言い返した。

「私は狩人の娘よ。森の歩き方はしってるわ」

「戦い方を知らねえんなら一緒だ」

 ソフィーはこの言葉には反論出来なかった。

 代わりに小さくつぶやいた。

「フィセラお姉ちゃんが色々教えてくれたんだけど、最近全然村に来ないの」

 うつむくソフィーを、ナラレは冷たい目で見降ろした。

「………………フィセラ……お姉ちゃん、ね」

「ん?なに?」

「なんでもねえよ」

 ナラレは視線を逸らした。


 ちょうどその時、ソフィーの元へジャイアント族の少女が駆け寄ってきた。

 手には小さなコップを持っており、その中で透明な水が波打っている。

 ソフィーに飲み水を持ってきてくれたのだ。

 そうして少女と話すソフィーを横目に見ながら、ナラレは少し離れたところに立つ男に声をかけた。


「……で?てめえは何してんだ?アルゴル」

 名前を呼ばれた巨人・アルゴルはチラッとナラレを一瞥するだけで、何も答えなかった。

 無視をするアルゴルにほんの少し怒りを覚えながら、ナラレはもう一度彼を呼んだ。

「朝からそこに突っ立って何をしてんのかって聞いてんだ。暇かおい?…………無視すんな」

 アルゴルは仁王立ちのようにそこに立ち、腕を組んで微動だにしない。

 だが、ナラレの視線を数秒受けるとようやく腕組を解き、長いため息を吐いた。

「…………はぁ」


 1つの剣・アルゴル。

 短く切られた髪や他の巨人に見られる髭がないため、さっぱりとした印象を持っている。

 彼の背中にあるのは、誇りそのものともいえる部族の至宝である大剣だ。

 だが、彼にはもう1つ目立つ点があった。

 それは剣と交差するように背負われた斧である。

 それこそが1つの斧・へグエルが彼に託した想いであり、現在のジャイアント族のだれもが認めるリーダーの証でもあった。

 

 そんなアルゴルがナラレに顔を向け、口を開いた。

「お前が勝手に連れてきたソフィーの説明をどうすればいいのかを考えていたところだ」

「細かいなあ。というか、私がこの子を連れてくる前からそこにいただろ!それもいつも着ない小綺麗な服着やがって、そもそもなんで斧まで持ってんだよ?」

 アルゴルはまた口を閉じた。

 彼に答える気が少しも無いということはナラレも分かったが、それでも彼女は続けた。

「…………誰を待ってる?」


 その質問を受けて、ようやくアルゴルの目つきは変わった。

 だがそれでもアルゴルは質問に答えることはしなかった。

 彼はナラレから視線を逸らし、独り言のように話し始めた。

「そろそろ大山の砦から<シェフ>たちが来る頃だろう。ソフィーを連れて昼食を取ってくるといい。喜ぶだろう」

 

 ナラレはもうアルゴルとの会話をあきらめた。

 事情があるということは最初から理解できたが、それを何1つ明かさないとは思わなかったのだ。

 それに今のジャイアント族の事情など限られている。

 大抵は、大山に住む恐ろしい主人の関係する問題だ。


「…………美味いが、あれじゃ腹が膨れないんだよ。まあいい、行ってくるか」

 ナラレは面倒くさそうにのそりと立ち上がった。

 

 巨人たちに対するエルドラドの支援の1つに「食の提供」がある。

 数日に一度、NPCである<シェフ>が集落の近くにまで来て料理をふるまうのだ。

 当然、巨人たちのサイズを考えた量にはなっているが、ナラレやアルゴルのような一流の戦士のエネルギーの賄うには足りないようである。


 ナラレがソフィーに声をかけようとした時、ちょうどソフィーは巨人の少女から水を受け取ろうとしている時だった。

「ちょ待って、これはさすが。うわ!」

 巨人のサイズのコップであれば、ソフィーにとっては大鍋のようなサイズだ。

 そこに並々と水が入っていれば、彼女が持てる訳もない。

 盛大に水をこぼしながら、ソフィー自身もびしょ濡れになっていた。

「まったく、何してんだ?」

 

 濡れたソフィーにナラレが手を伸ばした瞬間。

 

 ナラレとアルゴルは気配を感じた。

 殺気にも似た闘気だ。

 2人は眼球だけを動かし、その気配の元を確認する。

 そして見た。

 小さくも強大な気配を放つダークエルフが、建物の影から姿を現す瞬間を。

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