山の下で(5)
「なぜ彼女はあんなに喧嘩腰なのかしら?」
「さあ?」
タラムとシオンはまるで演劇でも見るかのように、鑑賞していた。
そしてそれは、フィセラよりも少し背の高いシオンの少し後ろで体を斜に構えて隠れているフィセラも同じだった。
――あの頭のボンバーしてる奴が口を滑らしたからミレ達が動いた?いや、どっちにしろでしょ。それにそんな事で怒りも湧いてこないし……、いちいち怒るのもめんどくさいし。
「ここで何かするの?早く帰りたいんだけど……」
「…………」
「…………」
フィセラの発言にタラムとシオンは反応しなかった。
この2人が無視する訳ない。
では何故、と考えようとする前に自分の発言を思い出した。
――あ、やべ。帰りたいって言うのは流石におかしい?でも、早く魔王倒してお家に帰りたいって事じゃないで通せるか……。それはそれでめっちゃ緊張感ない奴みたいになるなぁ。
フィセラが1人で馬鹿をやっているうちに、2人は口を開いた。
フィセラとは違い、言葉を選びながらではあるが。
「ええ、私もそう思います。このアゾク大森林は危険と聞きますですしね」
「そうだな!巨人達も野蛮な奴らです。そもそも、どうしてまだモンスターを狩っているんだ?」
「…………まだ?」
そんなくだらない会話をするフィセラの目の前で、アフロの巨人とミレの会話もまだ続いていた。
「魔王なんて奴のことは忘れろ。俺たちに会ったことも、……カル王国との因縁もだ。テメェらの世代なら、何があったのかは昔話に聞いただけだろう?」
つい先程までミレの圧に押されていたアフロの巨人は、この発言を受けて目の色を変えた。
明らかな怒りの色だ。
「昔話だと?王国の人間に住む場所を奪われこの大森林から出ていくことも出来なかった!森の魔獣を恐れながら、白銀竜の影に怯えながら、ゴブリンどもに同族を食われながら!ここで生きなきゃいけなくなったのは誰のせいだ!?俺の目の前で友がゴブリンに殺されたのは昔話のせいだと!?俺たちの<怒り>は今!ここに!あるんだ」
アフロの巨人は自分の胸に指を突き刺した。
彼は心臓を貫いてしまいそうなほど力を入れているが、それは心臓と同じ場所にある心が持つ怒り故なのだろう。
「……だが、それだけだ」
彼の目に現れていた怒りの炎が目に見えて小さくなっていた。
「これ以上の戦いを、これ以上の血を流すことを俺たちは望んでいない。この怒りを忘れはしない。だが、この先、口にすることもない」
アフロの巨人はミレを真っ直ぐに見つめた。
ミレも目を逸らすことなく、じっとその目を見ていた。
ジャイアント族の寿命は人間よりも長い。
それでも、カル王国に追放されてからの1000年を超えるには数世代が必要だ。
その時間が彼らの負の感情を薄れさせていないかと思ったのだ。
だが、今目の前で彼が吐き出した言葉と想いは苛烈であった。
カル王国の人間が綺麗さっぱりと忘れたジャイアント族は、一瞬だろうと人間を忘れたことはなかったのだろう。
それでも、1000年の時を超えて形を変えない物など無い。それは種族が共有する感情も一緒だ。
ミレが考えていたように現在のジャイアント族、なかでも若い年齢の者たちはそれほどカル王国に憎しみを持っていなかった。
もはやカル王国への憎悪は、煩わしい伝統程度にさえ思う者もいた。
そうはならない数少ない巨人がこのアフロの巨人なのか。
そうではない。
彼自身、会ったことも見たことさえない人間への恨みなど持っていなかった。
それが今、彼にあそこまで言わせる原因はただ一つ。
ついひと月前に起こったゴブリンとの戦闘だ。
そしてそれが起こってしまった原因は、すべての元を辿った時に行くつくのが、1000年前にカル王国が行った蛮行なのである。
「自由を望むなら手を貸してやる。王国と二度と関わりたくないなら、お前らが生きられる場所を探してやろう。お前らが……、かわいそうな巨人であるうちはな」
アフロの巨人はほんの一瞬顔をしかめたが、何も言わなかった。
「……それじゃな」
ミレは片手を上げて彼の隣を通ろうとする。
その時、ミレは聞いた。
「――――――」
ミレは足を止めてある方向に顔を向けた。
数秒経っても立ち止まったままのミレに、マルナとアフロの巨人は声をかける。
「姉さん、どうしたの?」
「――――――」
「ん?だから言ってるだろ。みんなに見られるのはまずい。早くいけ!」
2人の言葉を無視するミレは、この2人の声と一緒にまたあの声を聞いた。
「おい、人間がここにいるのか?」
アフロの巨人にそう問うミレの瞳に光は無かった。
「人間?いや、いる訳ないだろう。森の中をここまで進むのは俺たちにも一苦労なんだぞ」
「だったらお前らが連れてきてるのがいるじゃねえのか?俺は確かに女の声を聞いたぞ?それも子供のな」
巨人は自ら耳を澄ませて声を聞こうとしたが、時折建物の向こうにいる仲間の声を聞くだけだった。
「この集落にも女の子はいる。それの何がおかしいんだ?」
「馬鹿が!喉のつくりが違うんだよ、てめぇら巨人と人間の声の区別ぐらいつく!…………どけ!」
ミレは巨人の真後ろに横道を見つけ、その前に立つアフロの巨人に声を荒げた。
それに対して巨人も我慢の限界とでもいうかのように、目つきを変え声を張った。
「こっちの話を聞く気がないなら力づくだぞ!エルフごときが……、どうなっても知らんぞ!」
アフロの巨人はミレを捕まえようと手を伸ばした。
ミレの体を鷲掴みに出来るほど大きな手が迫るが、彼女は構えることをしなかった。
その代わりにただ少し片手を振るのみであった。
ただそれだけのはずだと言うのに、その次瞬間、巨人の体はミレの頭上を舞っていた。
「どけって言ってんだろ!」
技術なのか、力なのか。
どちらにしても、突進する巨人を後方へ放り投げる程度ならばミレには簡単なことであった。
ミレは巨人が地面に落ちるよりも早く、歩き始めた。
彼女の様子に動揺は無いように見えたが、マルナの目には手に取るように分かった。
彼女の揺れ動く心が。
「やめろよ……。もし何かあれば、救えなくなるぞ!」
そうしてミレは建物の横を通り、集落の内側を目にする。
そこには幾人かの巨人、積み上げられた大木の丸太、干されているモンスターの毛皮。
全てが巨大であった。
その中でミレはただ一人の背中だけを見ていた。
斧と剣。
その2本を背負う若い巨人の背中だ。