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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
142/178

山の下で(4)

 ミレを先頭にして一行はアゾク大森林を進んだ。

 それも、近隣の村で狩人を名乗る男の倍の速度でだ。


 その速度での行進について行けない者はいない。

 強いて言えば、唯一の魔術師であるタラムが額に薄っすらと汗をかいている程度だ。


「思い出したのですが、あなた達2人は貴族の依頼を受けて動いていると言っていましたよね?つい最近、各地の貴族が王都に召集されたと聞きましたが……」

 ミレは一心不乱に先へ進むのみでタラムの話を聞いている様子はない。

 代わりにちょうど真ん中を歩いていたマルナが会話を始めた。

「ええ、その通りです。皆さんにも、伝えておくべきですね……」

 マルナはそう言うと、先を進むミレの背中を見た。

 ミレはその視線を感じて、目だけを後ろに向けた。

 そして、ただ一言。

「ああいいいぞ」

 

 マルナも頷き、説明を始める。

 それはほんの数日前に王都で開かれた貴族会議と、ある公爵からの依頼の話だった。


「国王のサロマン4世は会議で宣言しました。今回の一件において、カル王国は全ての非を認める、と。千年前にジャイアント族をこの地から追いやるという過ちを犯したのは、「我ら」である、とそう認めたのです」


 貴族会議でのこの宣言をただ受け入れる貴族は少なかった。

 サロマン・スカリオル・カル。

 この王は、白銀竜の討伐の後に戦士としての意志を消沈させ、弱腰となったと噂されていたのだ。

 種族間の問題、それも国家規模の問題となる可能性のあるジャイアント族への仕打ちを認めることの危険性を多くの貴族が口にした。

 それを一蹴するように、サロマン4世は口を開いた。

 

 王国の資金だけではなく、カル王家の所有する宝物庫を解放し、すべてをジャイアント族への賠償金とすること。

 近日中に王自らが大森林を訪れ、頭を下げること。その時、王冠を国に返すこと。

 

 サロマン4世は決して弱くなどなっていなかった。

 その力強い宣言に対して、誰も言葉を返すことが出来ないほどにだ。


 マルナはその様子を関係のある公爵から聞いたと話した。

「カル王国が巨人を受け入れると決めたことは良いことです。ですが、以前にも話した通り、彼らの背後に魔王が存在すると知られればその決定は簡単に覆ります。それどころか、王国は巨人を滅ぼす口実を得ることになるのです。それだけは避けなくちゃいけません。メロー公爵もそれを理解しておりました」


 公爵、ラキオン・クエル・メロー。

 カル王国に尽くす忠義の貴族だ。

 王のため、民のため、国のため。巨人たちの存在は王国の毒となると考えた彼は、巨人たちの抹殺を計画していた。

 その第一段階こそが、<夜と闇の双星>と呼ばれる国外の強者との繋がりだった。

 だがそこへ、国王のあの宣言だ。

 メロー公爵は自分の意志を貫く人間ではない。

 国のための意志を貫く人間なのだ。

 その結果。ミレとマルナに対して新たな依頼をすることになったのである。


「公爵は、巨人に対しての調査を終わらせました。その代わり、国王の宣言を実現させろ、とそう依頼してきたのです」

「ずいぶん曖昧な……」

「それもそうです。私たちは彼に、この大森林に魔王が現れたことを報告していませんから。ですが、私たちの行動や彼の独自の情報収集か……、魔王の存在に気づいていたのだと思います。確信に至っていないだけだったのでしょう」

「それなのに、依頼を変えて来たということは」

 タラムの考えにマルナが首を縦に振る。

 だが、言葉を返したのはミレだった。

「巨人の後ろに「何」がいようともそれを秘密裏に排除しろ。そういうことだ。報酬が増えたから半分やる」

 ミレはそう話を締めると、また速度を上げて大森林を進んでいった。

 

 この間、一言も発さなかったフィセラは興味なさげな顔でただ歩いていた。

 ――もういいよ!魔王絶対殺す系の話はもう十分だから!…………くそが。

 繰り返される話にウンザリしていた。

 

 

 これからの戦闘を予感する緊張からか、5人の会話はほとんどなかった。

 そんな状態で小一時間ほど森の奥へ行ったところで、ミレが立ち止まった。

 合図もなく止まっただけだが、彼女の姿勢を見れば前方に目を凝らしていることは分かる。

 他の者も同じように警戒するが、ミレ並みの視力を持っているのはマルナとフィセラだけだ。

 フィセラは少し目を細めるだけで、木々の隙間のさらにその先にいる小さな影を捉えた。

 

 ――巨人?もう、そんなとこまできてたのね。

 

 実際はミレの倍ほどの鮮明さで超長距離を視認出来るフィセラには、捉えた人影が巨人であることなど容易に分かった。

 そして、その背後にあるひときわ大きな建造物群が巨人たちの野営地であることにもすぐ気づいたのだ。

 

「あいつは……」

 そう呟いたのはミレだ。

 まるでその巨人に見覚えがあるかのような反応である。

 それに続くようにマルナもその巨人を見て反応を示した。

「はい、おそらくあの時の」

 

 フィセラはその会話を聞いても何1つ思い当たることは無かったが、シオンやタラムは違うようだった。

「あんたらが魔王についてある巨人から話を聞いたってのは、アレか?」

「そうだ。あの爆発した頭は間違いない。ここの巨人たちで流行ってる髪型じゃなきゃな」

 

 そう言ってまた歩き出すミレ。

 彼女に引かれるように他の4人も着いていく。

 タラムにも視認できる距離になってようやく、ミレの言葉の意味を理解した。


 もの凄くわかりやすく言えば、その巨人はアフロだったのだ。


 そのアフロの巨人は1人で動物を捌いていた。

 動物と言っても、巨人のサイズに見合う大きさの動物というだけで彼が解体しているそれは間違いなく魔獣の類いである。

 すでに頭部を落とされ、毛皮の半分以上にナイフを入れられた肉塊を見ても、原型は想像出来なかった。

 だが、彼が触ったりナイフを突き刺すたびに軽い痙攣を起こす肉塊がつい先ほどまで生きていたという事だけは十分に分かった。

 

 そうして解体を続ける巨人の後ろには木組みの壁があった。

 フィセラ達から見た壁だ。

 巨人からすれば、家かあるいは倉庫と言ったところだろう。

 さらにその向こうからは多くの物音や声が聞こえる。

 言ってしまえば巨人達の生活音だ。


 ジャイアント族の野営地。

 彼らがフィセラの支配下に入ってもうすぐ1ヶ月が経とうとしている。

 大山にある砦とラガート村の中程に位置する場所を与えられた彼らは、短期間で人並みの生活が出来るほどの環境を整えていたのだ。


 フィセラ達はアフロの巨人に近づいた所で足を止めて、耳をすませた。

 他の巨人が近くにいないかを確かめているのだ。

 やはり建物の後ろに巨人の気配はあるが、こちらに出てくる様子は無い。

 今ならば、このアフロの巨人と誰にも邪魔されずに会話ができる。


 フィセラ達は無言で顔を見合った。

 その意図するところは明白だ。

 そしてすぐにそれは行動に移された。

 ミレとマルナは大袈裟に落ち葉や枝を踏みながら、巨人の前に出ていく。

 こうでもしなくては、身に染みている隠密の気が薄れないのだ。


 おかげでアフロの巨人は彼女たちにすぐに気づいた。

 魔獣の解体のため中腰だった彼は顔を上げた。普通ならば、その高さに同じ巨人のだれかの姿があるからだ。

 だが当然、彼女たちを視界へ収めるのに顔を上げる必要は無い。

 そうしてアフロの巨人はきれいな二度見を披露しながら、ミレ達を発見した。


「よお!おぼえてるか?少し前に森の外で会ってるんだが……」

 ミレは褐色の顔がしっかりと見えるように顔を上げて、巨人にさらに近づいた。

 その後ろにはマルナが続き、フィセラはタラムとシオンの背中に隠れている。

「ん?お前たちは?……おお!黒いエルフの双子、覚えてるぞ!後ろの人間……?、は知らないな」

 アフロの巨人はミレとマルナの顔を見て顔を明るくさせた。

 

 元より大森林から出たことのないジャイアント族。人間を見るだけでも新鮮さがあるだろうに、ダークエルフの双子となれば記憶にはっきりと残っていることだろう。

 

「お前たちはどうしてここに?ここは危ないぞ、すぐに森から出るんだ」

 真剣な顔つきで彼はそう口にした。

 ミレはその言葉を鼻で笑った。

「それか?そのぐらいは問題にならねえよ」

 ミレは皮を剥がれた魔獣を指さす。

「こいつらもだが…………。ここはお前らがいていい場所じゃないんだ」

「魔王、か?」

 アフロの巨人はミレが口にした名前を聞くと、周囲を確認して誰もそれを聞いていないことを願った。

「やめてくれ!ここで無暗にそれを口にするな。それに、そのことは……、俺がお前らに話したってことは黙っててくれ。あの日は初めて森の外に出たから俺も舞い上がってたんだ。ほんとは他の奴らに言っちゃいけないことなんだよ!」

「だろうな。俺たちがここに魔王がいるってことに気づいた一番のヒントは、お前だ。このことがカル王国で広まってないんだから、魔王はまだ大きく動く気は無いはずだ。だってのに、それはベラベラと喋ったお前はかなりヤバい立場ってことだ」

 顔を合した瞬間、間違いなく互いに好意的だった。

 だが今では、アフロの巨人にはミレ達に対する嫌悪感と胸に秘めた怒りがあった。

「わかってるなら、やめてくれ!すぐに森を出ていくんだ!」

「その出ていけってのもなぁ。てめえの保身だろう?」

 核心を突かれたようで、アフロの巨人は額に汗を滲ませる。

「俺たちが見つかるわけにはいかねえよな。俺とてめえの関係を聞かれたら答えられないもんな。平和的にてめえらの長に紹介も出来ねえよな。結局、どこで会ったんだ?何を話したんだ?ってなるんだからよ」


 アフロの巨人は怒りを隠しながら、この状況を信じられずにいた。

 自分の3分の1もない小ささのダークエルフに圧倒されている状況が正しいものとは思えなかったのだ。


 そんな巨人とミレの会話を後方で聞いているのがタラムとシオン、とシオンの背に隠れるフィセラだった。

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