山の下で(3)
ミレの視線を受けて、フィセラはゴクリと唾を飲んだ。
「消えた?白銀竜は……、いや先遣隊は……、あー」
フィセラはその2つについて言及することは出来なかった。
真実を言うことは出来る。
どちらも彼女が滅ぼしたのだ。復活させたかどうかはさておき。
だからこそ困惑していた。
彼女の知る真実とは違うストーリーがカル王国にはあるはずなのだ。
肝心なそれをフィセラは知らなかった。
――そういえば、どうしたんだっけ?白銀竜は私が倒して、でもこの国の三極とか言うのに誤魔化すように言ったわよね。あれ?先遣隊はどういう扱いなの?フラスクにいる間、そういう話聞いたことないし、もしかして秘密な感じ?
「…………詳しく知らないや」
フィセラは明らかな作り笑いを顔に張り付けながらそう言った。
ヘヘッと笑うフィセラに、ミレは眉を細めるが追及はしなかった。
変な奴だなと小さく言われたことは、フィセラにはしっかり聞こえている。
「まあ、この話は貴族にしか知らされていないしな。だが俺たちの推測が正しければ、その秘密さえも創られた話だがな」
「私たちが聞いた話は」
「聞き出した話……は」
マルナが説明しようとしたところに、ミレが訂正を入れる。
黙っていてください、とマルナにきつく言われると、ミレはようやく口を閉じた。
「貴族に共有されている白銀竜と先遣隊、そして三極の活躍はこうです」
想定よりも早く動き出した白銀竜。
先遣隊は大きな被害を出しながらも、本隊の到着まで持ちこたえた。
本隊とはカル王国の誇る最高の戦士・三極。
先遣隊の生存者と三極は協力して、ついに白銀竜を討ち滅ぼした。
フィセラはマルナの話と自分の記憶を比較していた。
――生存者?いるはず無いけど、あの瞬間だけ別の場所にいたなら……、殺すか?
消えない恨み。尽きない怒り。
そんなものは無かった。そこに感情など無かった。
殺し損ねたのなら、また殺す。
ただそれだけのこと。
そこへマルナが続けた。
「ですが先遣隊だった兵士は皆、白銀竜との戦いで犠牲となり、王都は戻ってきたのは三極と協力してくれたある冒険者達のみだった。と言うのが、貴族が語るシナリオです。これに嘘が1つあるとすれば、出来すぎた先遣隊の活躍ですか。……実際は何の予兆もなくただ消滅したという情報が王都へ届いただけ…………、先遣隊には多くの領地から送られた兵士の集まりです。それに何の意味もなかったということには出来なかったために作った嘘のシナリオなんでしょう。これについては多くの権力者が知るところです」
「そう、ずっと気がかりだったのは先遣隊が「消滅」したってことだ。奴らが陣地を敷いていた跡地へ行ったが、何もなかった」
フィセラは心の中で肯定の声を上げた。
――そりゃそうでしょ。
「ありえねぇだろ。ほんとに何もないんだぞ。竜のブレスか?なら灰のひとかけら、塵1つはあるはずだ。だがあそこはもう、きれいさっぱりさ」
フィセラは心の中でもう一度言った。
今度は<黒い太陽>と言う名を持つ無限の百足を思い浮かべながらだ。
――……そりゃそうでしょ。
フィセラは頭でそう思いつつも、今はまだ、何も知らない冒険者を演じた。
「白銀竜って、ドラゴンでしょ?世にも恐ろしいドラゴン……、多少そういう力をもっていても」
フィセラはこれが苦し紛れだとしても、言わなければいけなかった。
このままではあまりにも、「魔王」に不利な状況だったからだ。
だがミレはそんなフィセラを一蹴する。
「たかが一国に脅威と見なされる程度の竜にそんな芸当は出来ねぇよ」
――ああ、そんな感じなのね。シルバー……、可哀想に。
1度は殺し、その後に蘇生させてペットとした白銀竜。
名前はシルバー。
世界レベルの強者からの評価の低さに、流石のフィサラも同情してしまう。
へ~と乾いた返事をするフィセラを無視して、ミレは独り歩き出した。
「行くぞ!こんなところで時間を浪費してる暇はない!」
突然の号令に皆は驚いている。
マルナでさえ、体勢を崩しながら姉の背を追うことしか出来なかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!?」
ミレの視線はアゾク大森林の奥へ、まだ知らぬはずの大山に隠された<ゲナの決戦砦>へ正しく向けられていた。
「この魔王はダメだ!1分だろうが、1秒だろうがこれ以上時間をあたえねえ!……今日!殺すぞ!」
ミレの迫力に押されつつあるフィセラは最後尾で人知れず顔を引きつらせていた。
――逃げられない!言い逃れが出来ない!やばい!………………あああ!帰りたいよ~、あ、帰ってる途中か。