嵐の前
ミレとマルナが都市フラスクを出たその日。
フィセラはひとり街を歩いていた。
「こうなると暇ね。あの2人が帰ってきたら、皆で砦に行くんだろうけど、今はやる事ないわね。1人で組合の依頼を受けるのもアレだし、私からタラム達に会いに行くのも、なんだかね〜。どこに泊まってるかも知らないし」
彼女はそう言いながら建ち並ぶ店で何を売っているのかを眺めていく。
この通りは高級店が集まる都市の中心である。
通りに面する壁がガラス張りになっている店がちらほらとあり、まさしくウィンドウショッピングの気分だ。
「暇すぎて、散歩しかすることがないよー」
退屈だと文句を垂れる言葉とは裏腹にフィセラの歩みは軽やかだった。
ゲームで作成した実在するはずのない肉体。夢のようなファンタジー世界。
それらを実感させる何でもない日常の時間。
彼女は大いにその時を楽しんでいたのだ。
そこへ、ピコンピコンという音が彼女の注意を引いた。
頭の中のような、耳のすぐ隣のような、すぐ近くで電子音が鳴ったのだ。
それが何を意味するかは当然知っている。
「はぁ~い、もしもし?」
自分へ届いた<通信>の魔法にフィセラは慣れた様子で応えた。
この魔法の機能は電話とほぼ変わらない。
そう認識しているフィセラの受け方もまさしくというものだ。
「ヘイゲンです。フィセラ様」
「……あー、はいはい」
――…………、ッチ!
フィセラに通話をしてくるのはヘイゲンしかいないのだから、魔法の向こう側にいる相手など容易に想像できた。
だが、この数日のもやもやにヘイゲンが関わっていそうだと言うことを考えると、それが少しだけ彼女をイラつかせた。
とはいえ、彼事態を嫌っているわけではない。
フィセラは普段と変わらぬ声色でヘイゲンに話しかける。
「どうしたの?問題発生?」
「いえ、……こちらには何も」
――…………ん?
「フィセラ様が出立されてから三日が経ちました。いかがお過ごしかと思いまして」
――友達じゃあるまいし……。
「普通よ普通!ていうか、報告は受けてるんじゃないの?別の、人達からさ」
意味ありげに言葉を区切り、ヘイゲンに問う。
「はい。お伝えしていたように<影の住人シリーズ>がフィセラ様のお側に控えております。仰るとおり、彼等からの報告を受けております。それがどうか致しましたか?」
ごく自然だ。
フィセラが語気を強めた言葉の真意が分からないと言う真っ当な反応だ。
だが、フィセラは知っている。
ヘイゲンに「分からない」事など絶対に無い。
そう作られているのだから。
――こいつ……!
「別に、ただ変な事言われてないかな?ってだけ。」
「フィセラ様のご活躍を正しく報告しております。ですが、ご本人の視点とは差異がありますでしょう?何か、お困りごとは無いかと日々御身を案じておるです」
「…………ないよ!」
フィセラの単純な返答に、ヘイゲンは反応しなかった。
「また何かあったら、私から連絡するから!大丈夫!大丈夫!」
「承知いたしました。では、我々はいつでも――」
ブチンッと<通信>を切るフィセラ。
――やべ、まだなんか喋ってた?まあいいか。
一方的にだが、<通信>を切った後は静寂が頭を支配する感覚が強くなる。
頭の中に響く声が止んだのだから当然と言えばそうだ。
強制的に冷静にされているようだ。
そんなフィセラは通りの真ん中で立ち止まった。
――ミレ達をどうするか?私はどうすればいいのか?何も決まっていないのに、あの子たちに連絡するのはやめた方がいいことぐらい分かる。直前の連絡の方がやばいかな?まあ、前日に帰るからっていればいいよね。
立ち止まるフィセラを人の波が避けていく。
残されるフィセラは周りなど少しも気にせず、ただ空を見上げた。
そこには澄み切った青空があった。
「いい天気。でも、…………やることが残っているモヤモヤした中で見ると、意味もなくイラつくなぁ」
ゲナの決戦砦。
時を同じくして、ある者たちが一堂に会していた。
頂上の間からフィセラに<通信>魔法を飛ばしていたヘイゲン・へスタ・ユルゲンバルムはちょうど彼女と話している最中だった。
「承知いたしました。では、我々はいつでも、あなた様の……ために…………、む、切れている?」
魔法の効果が切れて、フィセラとの繋がりもなくなったことにヘイゲンは少し遅れて気づいた。
そんなヘイゲンにある者が話しかける。
「切られたんだろう?」
玉座の隣に立つヘイゲン。
そして、そこから数段降りた場所から彼を見上げるのはベカ・イムフォレストだ。
「やっぱりお前みたいなジジイより俺からの連絡の方がうれしいはずだ。だから、代われ!」
ベカはそう言って睨みをきかす。
それに動じることなくヘイゲンは言い返した。
「創造主の方々と我々のような創られた存在をつなぐのが、わしの仕事じゃ。お主はお主の仕事をすればよい」
ヘイゲンの役目は確かに、玉座に座す者の代弁者でもある。つまりはフィセラの補佐だ。
「それと……、これは何度でも言うが、お主の方が歳は上じゃ。わしはまだ120歳、お主は200を軽くこえているはずじゃぞ」
「女の歳を口にするんじゃねえよ。殺すぞ?」
眉間の血管が異様なほどに赤く浮き上がり、「怒り心頭」の言葉そのものだ。
その様子にさえヘイゲンは少しも気圧されることは無い。
一触即発(ベカの一方的な敵意)の状況を打ち破ったのは、ドンという鈍い音だった。
ベカの隣に立つレグルスが床を踏んだのだ。
そして続けるように、レグルスとは反対に立つバイシンが口を開いた。
「それで、なぜ我々を集めた?」
ベカは横2人からの邪魔に苛立ったが、これ以上は止めろ、という空気が読めないほどの馬鹿ではない。
仕方なく身を引くことにした。
この時、頂上の間にはステージ管理者が全員集まっていた。
玉座から見て、カラ・フォレスト、コスモ、ホルエムアケト、レグルス、ベカ、バイシンという順で横並びになりヘイゲンに注目していた。
彼らへの招集号令を出したのは当然、ヘイゲンである。
バイシンは返答を待たずに次の問いを投げかけた。
「それに……我々を集めた状況でフィセラ様との会話を聞かせたのはなぜだ?」
「うむ。近々ある事件が起きる、とわしは想定している。それも、フィセラ様を中心とした出来事だ」