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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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宴のあと(4)

 フィセラは酒場を出て、迷うことなく右に曲がった。

 この店を知っている訳ではない。

 この店の隣の冒険者協会からホテルへの帰り道を覚えているだけだ。


 酒場に入るまでは人通りが多かった道だが、今ではすっかり無人の大通りである。

 立ち並ぶ店から漏れる明かりと声。稀に道を行くランプを持って小走りで店に入る者たち。

 そんな風景をぼんやりと眺めながら、彼女は道の真ん中を進んでいく。


 ――魔王討伐…………、心躍る言葉ね。誰かのために、正義のために戦う。…………私はそっちじゃないんだね?別に悪いことをしたわけじゃ……、若干の覚えが無いわけでも無いけど……。それでも「悪役」になりたいとかは全然思わないし、どっちかと言ったらヒーローとかの方がいいんだけどなぁ。

「実際、私は私の信念とか正義に従って、やらなくちゃいけないことをしてきた。その結果が「魔王」なのは仕方ないのかな~?」


 フィセラはアンフル時代を思い出した。

 罪なき少女のために戦った。たとえ大帝国が犠牲になったとしても。

 自由を奪われた聖女のために戦った。たとえそれで1つの宗教が滅ぶとしても。

 搾取されるプレイヤーのために最大ギルドへ挑んだ。たとえそれで1つのコンテンツがなくなるとしても。

 ――いや、あれは意地悪なダンジョンがうざくて、仕返ししに行ったんだっけ?……忘れちゃった。


 フィセラに悪意は無い。

 どちらかと言えば、善意が故の行動の方が多い。

 

 とりあえず、初心者狩りや使用禁止アイテムの乱用は無視する。


 ただ、彼女は影響を考えないのだ。

 それを行えばどうなるのか。

 彼女は回りの評価を気にしないのだ。

 その行いによって後ろ指をさされることを気にしない。気にするほど指される時は指を折りに行くから問題ない。

 だとしても、今回のことは考え付く影響の中には無いことだった。

 ――魔王がいるから悪いってことでしょう?何をしたかではなく、いるだけで悪いって…………。おかしいわよね。

「私はこういう理不尽が、いちばん!大嫌いなのよ!」


 ――と言いつつも、ミレやマルナが悪い訳でもないと思うんだよね。あの2人は嫌な感じしないし。

「あ~あ。どうしっよかな~!?」

 フィセラは周囲を気にすることなく、声を大きくして叫ぶ。

 反応する者はいない。

 暗闇が声を吸い込み、すぐに静寂が戻ってくる。


 声を吐き出したことでもやもやした気持ちが少しだけ軽くなり、 足取りも軽やかになっていた。

 ほんの少しだけ歩くスピードが速くなると、ある声が聞こえてきた。

 近づいて分かったが、それは声ではなく「歌」だ。

「――――――――――」

 旋律が夜の闇をはらい、歌声に近づくにつれて辺りが明るくなっていく。

 弦楽器の弦が振れると、その音色はあるはずのない記憶を呼び起こした。

 そして詩人の唄がその記憶を形付ける。


 フィセラがその歌に気を取られて、はっと気づくと彼女は詩人の前に立ち止まっていた。

 

 そこは何かの店の軒先だ。

 吟遊詩人はその店の前に小さな椅子を置いて歌っていた。

 

 白を基調とした服を着て、清潔な雰囲気がある。

 手には弦楽器(知識の無いフィセラには、おかしな形のギター程度にしか見えないだろう)。

 肌はあまり見えず分からないが、いらない肉の無い首や顔付きを見ると、鍛えた身体をしているのだろうと思わせる。


 彼が歌って聴かせている相手は2人の子供。

 少年と少女は男の前でその歌に聴き入っているようだ。

 子供達には背後に立ったフィセラに気づく様子は無い。


 詩人の歌声が小さくなり終わりを迎えようとしたその時、店の奥から声が響いた。

「2人とも、もう中に入りなさい!旅のお方にも迷惑でしょう?」

 包容力のありそうな女性が扉の前に立った。

 その目線は2人の子供に注がれている。

『まーだ』

 その女性、子供たちの母親には見向きもせずに息の揃った返事を返す様は双子のようだ。

 その様子に少し母親の目つきが変わる。

 家に戻ったら説教が始まりそうな顔だ。

「ごめんなさい。この子達はもう連れて行くからさ……、長い時間足を止めさせて悪かったねぇ」

 母親が子供たちを捕まえようと手を伸ばした時、詩人が弦を一本鳴らした。

「それなら!最後はリクエストの唄でお開きにしようか!」

 そう言う詩人に子供達は大はしゃぎで、母親は呆れた様子で店の中に戻って行く。

 反応からすると、子供達にではなく詩人に呆れたようにも見えた。

 

 そんな事はお構いなしに、詩人は弦を弾いていく。

「さぁ、どんな唄が聴きたい?」


 少年は息を荒くしながら、リクエストを伝える。

「戦士ダンカン!それかナルメア国詩!」

「ハハハハ、……ごついのを知ってるなぁ」


 少女を少し迷いながら、小さな声で詩人に伝えた。

「あのね、お姫様が出てくるお話がききたいな」

 詩人をそう聞いて少しうなった。要求どおりの唄を頭の中で探しているようだ。


 2人のリクエストが出ると、なぜか互いに文句を言い始めた。

「姫?はあ!?そんなのおもしろくねえよ!」

「お兄ちゃんのもいや!聞きたくない!」

 どうやら兄妹のようだが、兄が譲る気配はなさそうだ。

「だったら魔王!魔王の怖いやつ!」


 その言葉に今まで黙っていたフィセラが反応する。

 かすかに視線を動かした程度だが、詩人はそれに気づいたようだ。

「後ろのお嬢さんも聞きたい唄があるのかな?」

 その言葉を聞いて、兄妹は驚いて後ろを振り返った。

 兄はフィセラの顔を確認しただけで特別な反応をしなかったが、妹は顔を伏せて兄の背中に隠れてしまう。

 この場にいるのが詩人と自分たちだけだと思っていたところへ、知らない人間がいれば当然の反応だ。


「いえ、ただ……、歌が聞こえたから立ち止まっただけよ。気にしないで」

 ありきたりな笑みを子供たちに向けながら、フィセラはそう言った。

 兄妹はフィセラが怪しい人間ではないと判断して詩人に向き直る。

 ちょうどそれと同時、フィセラが口を開いた。

「でも、魔王の話は少し興味があるかな」


 少年は首をブンブンと縦に振ってうれしそうだ。

 少女は逆に固まっている。それも、見開いた目をフィセラへ向けながらだ。

 

 ――女の子、ごめんて。でも、これは死活問題なのよ!ゆるしてね?

 フィセラが頭でそう思っても、まだ少女はこちらを見ている。

 気まずくて目を合わせられない彼女は不自然に夜空を見上げていた。


「申し訳ないが、魔王の唄は歌えない」

 詩人の言葉に3人の視線が集まる。

「魔王が来るぞ。逃げろ隠れろ……恐れよ。そんな嘘を口にすることは出来ない」

 詩人が目線を下げて少女の顔を覗き込む。

「夜眠らないとあのお母さんが怖い話をする?」

 うん、と小さくうなずく少女。

 それに優しく微笑みを返す詩人。

「大丈夫だよ。そんな怖いことは起きない。暗がりを恐れる必要はない、だって君の家におぞましい魔王はいないからね」

 詩人は手指を触手のように動かして、モンスターを表現する。

 それに少女は驚きながら、フフッと笑みをこぼした。


「でもいるんでしょ?家じゃなくちぇ、世界には……」

 誰かがそう言った訳じゃない。だが、これだけ話を聞いてくればいい加減気づく。

「この世界には魔王がいるんでしょ?それも1人じゃない。もしかしたら」

「少ないさ、当然だろう?魔王が何人もいれば……大変だ。でも、君がもし世界のすべてを旅するのなら、すぐに答えにたどり着くだろう」

 

 フィセラと詩人の視線が交差する。

 だが、それは一瞬だった。


「それで、ほかのリクエストは?」

「…………帰るわ。邪魔したわね」

 すぐに歩き出すフィセラ。

 その顔は明るいものではなかった。

 ――異世界に来たら魔王と呼ばれた……、なんて話じゃなさそうね。魔王として?う~ん?

 フィセラは頭を搔きながら去っていく。

 


 闇に消えてくそんな背中を詩人と少年が見ていた。

 そこへ、少女だけが詩人へ話しかける。

「なんで怖くないの?前に来た「お歌の人」は、怖いお話をしてたよ?」

 詩人が少し悩んでから、口を開いた。

「この世界にいるのは魔王だけじゃないからさ。守る者がいる。世界を、多くの国を、君たちを守る者がいる」

「お母さん?」

 少女を首をかしげながらそう言った。

 詩人は笑いながら応える。

「お母さんもその一人かもね。でも、人々は違う名前で彼らを呼ぶ。」

 

 詩人は胸をはり、少女を見つめた。

 彼の瞳は夜の闇を移しているはずなのに、昼の太陽のように光り輝いていた。

 その瞳を見つめられると肌寒い夜が陽光とそよ風に変わるようだ。

 

 詩人がゆっくりと口を開いた。

「彼らはこう呼ばれる。…………<英雄>と」

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