宴のあと(3)
ジャイアント族は野蛮な種族なのか。
原始人のように自然の中で文化から離れた生活を送るのか。
人と関わらずに生きていくことを望んでいるのか。
すべて違う。
ジャイアント族の国はある。
他種族に寛容な国であれば、サイズの違いによる苦労はあれど町に住んでいることもある。
だが、国や文化から離れて暮らす少数の部族単位の者たちがいる。
それはジャイアント族に限らず、そういう者たちだというだけのこと。
カル大領家もといカル王国領にもそういったジャイアント部族がいた。
彼らは大森林の近くにいくつかの集落を作り、その大森林から出てくるモンスターを狩ることで生活していた。
交友は一切無い。
だが、互いの存在は知っていた。
特にカル家にとっては平和の一助にもなっている存在だ。
時折、調査を行いカル家に関心無しとの報告を受けていた。
アゾクとの戦争で百人力の力を示すこともあった。当然、人類側でだ。
帝国からの独立とカル王国の建国がなされた時。
国王は命令を下した。
この王は平和を愛したあの領主ではなく、戦争の指揮をした元将軍であり領主の弟であった。
この国王は、自らの国を完璧な形で始めたかったのだ。
紛い物のない人間種だけの国にしたかったのである。
だからこそ、ゴブリンの残党狩りを命令したのだ。
現存する記録には、「オーク」や「巨大な魔物」、「大きなゴブリン」と呼ばれる残党を征伐したとの報告が残っていた。
少数の敵が大森林に逃げ込むことを確認した、との記録もあった。
そして、カル王国は「単種族の国」として地図に書き加えられたのである。
「この時の「真実」が今、自分の足で森を出て王国の土を踏んだ。王国はそれが暴露されるのを止めたいはずだ」
「ゴブリンと一緒に巨人も追放されたのね。かわいそうに……」
「かわいそうで済むか!未開領域で千年も生き残ってきたんだ。どれほどの地獄を見たか……。アゾクのような怪物が他にもいるところだぞ」
――他の怪物というより、もう一匹の<アゾク>がいたけどね。
「……それで?王国については良く分かったわ。この問題にあなたたちがどう関わっているの?何を私たちにさせたいの?」
フィセラはこの話の終わりを求めた。タラムとシオンも聞く姿勢を整えている。
ミレは少し黙り目を伏せた。
話す順序を考えているようだった。
「…………王国の貴族や権力者たちはこのことを知っている。だから、私たちにその巨人たちの調査を依頼した。全部で……アッダ……、メロー、ナンク……」
ミレがぼそぼそと「名前」を並べだした。
そして、すぐにマルナが助け舟を出す。
「合計で27人が私たちに依頼を出しました。でも、彼らの目的は二分化しています。情報をどう利益につなげるかと考える者と、完全な抹消の口実を探す者にです」
「抹消?どうして?」
「当然だろう。これは王国の恥部だ。いや、闇か、罪か。言葉はどうでもいいが、これが知られればどれだけ批判されるか。王国内で国民が騒ぐ程度は問題にならない。だが、他国が知れば?今も小競り合いをしている隣のドワーフ共が知ったらこう言ってくるぞ。「大儀を得た」とな。…………だから、一部の貴族は巨人たちの粗探しに必死なのさ。今度こそ完全に殺しつくすためにな」
「それはダメだと思うな~」
フィセラは椅子を傾けて天井を仰ぎ見た。
――戦争になっちゃうじゃん…………。
その瞳には光が無かった。
ミレはフィセラの態度に違和感を持ったが、彼女が口にする言葉に間違いはなかった。
「あ、ああ。そうだ。止めなくちゃいけない。実際のところ、国家間の争いはどうにか出来る。簡単だ、国王か公爵を脅せばいい」
名案だろう、という顔で言ってくるが、フィセラは微妙な顔をするしか出来なかった。
「土地を与えて金をくれてやればいい。これでもかと国王に頭を下げさせれば、他国も過激な追及はしてこないだろう」
「そういう方法もあるという話です。最終的な手段として…………」
マルナがごまかそうとするが、ミレはけろっとマルナを無視する。
「オレはやる」
「黙ってください!」
「偉い人をどうするかは勝手にやればいいよ。それで問題なくなったじゃない?あなた達がそう報告すればいいだけでしょ」
「だめだ。貴族が粗探しをしてると言っただろ。千年あの森にいたならモンスターと交わったんじゃないのか?それとも言葉を失ってモンスター化しているか?森から出てきて人間を襲っていないか?貴族共はこれに対する「はい」という報告を持っている。時間を稼いでいるが、もう限界だ」
ミレは心労からくる長いため息を吐いた。
そんなミレにシオンが再度質問を投げる。
「何を持つ必要がある?巨人たちはそんなことをしたのか?私はそうは思わないが」
「お前がどう思うと!まあいい…………、忘れたのか?」
シオン(とミレ)は何を?という顔とクエスチョンマークを頭の横に浮かべた。
タラムだけは目を閉じて、その先の言葉を受け止める準備をしている。
「魔王だ。新たに現れた魔王だ。いま、巨人たちはそいつに従ってるんだ」
――ああーーー!
フィセラは頭を抱えて、天井を見た。シオンも全く同じ反応をしている。
全てが繋がった。それも悪い方向に。
それが分かった瞬間だった。
――…………私ね!も~~お全部私ね!
「最悪…………」
「魔王がいる限り何をしても巨人たちを擁護できない。魔王を倒したうえでカル王国に謝らせる。これしかないんだ!」
「魔王の討伐は必須です。これはすべての人のためにもなります。お三方には、この協力を要請したいのです」
ミレは堂々と胸を張り、マルナは頭を下げた。
すべてを理解したフィセラの第一声を待つ。タラムとシオン、ミレとマルナもだ。
――すべての人に魔王は含まれていないようね。どうしようかな。…………ていうか、……これ、詰んでない?え?無理くね?どうすれば……、だってここで「はい」て言っても、「いいえ」でもこの2人は来るんでしょう?この2人ぐらい倒すのは訳ないけど、そのあとは王国が動くの?魔王じゃないって誤魔化せば……。
「本当に魔王?」
「話を聞いた巨人はそう言ってた。姿は見たがあれは魔王だったと、闇と邪悪を練りこんだ姿をしていたと、そう聞いた。ずいぶんお喋りな奴だったぜ」
「はっ!聞いた話?そんなので」
「それが魔王だ」
ミレはフィセラの言葉にかぶせてそう言った。
「それこそが魔王だ」
――闇と邪悪が?誰よそれ?もういいや、めんどくさい!
「わかった!……いつ?」
開き直ったように明るい顔で話を続けるフィセラ。
その様子に、タラムとシオンは付いて行けていないようだった。
これほど簡単に前向きな返事をもらえると思っていなかったミレは、少し戸惑いながら聞かれたことに答えた。
「オレたちは報告を依頼人にして来なきゃいけない。問題なしだと、な。そしてそれを実現させるんだ。だから、三日後か?」
ミレは隣のマルナに同意を求めて、マルナも頭を縦に振った。
「三日ね?おけ!」
――それじゃ、それまでは何も考えない!三日後の私に任せる!よし!決まった!
「じゃ、帰る!」
ガタンと椅子を揺らしながら、フィセラは勢いよく立ち上がった。
「おい、待てって!本当に分かっているのか?俺たち5人で、三日後に魔王と」
「わかってるわよ。だから、待ってるわね………………」
――…………………………………………私の玉座で。
そう言ってフィセラは酒場を出ていった。
タラムとシオンの制止を無視して、独り夜の星空のもとへ歩きだしたのであった。