宴のあと(2)
カル王国・都市フラスク。
冒険者協会依頼発行所、の隣の酒場。
その店の端の席に、見目麗しくも凛々しい可憐な5人の美女がいた。
「いったい!アレは何だったんだよ!」
そう言いながらミレは右手に持ったジョッキの中身を口に注ぎ込んでいく。
それが空になると、ダンッと鉄製のジョッキが机へ乱暴に叩きつけられた。
「調べた限り、あそこにいるのはせいぜい変異したゴーストとゾンビの混ざりもの程度のはずだ!……ほんとに何なんだよあれー!」
ミレはジョッキを掲げて、それが空だとアピールする。
するとすぐに店員が来て、ジョッキを回収していった。すぐにビールがなみなみと入った新しいジョッキを運んでくるだろう。
「早くしろぉ!」
すでに出来上がっているミレ。
そんな彼女を周りの客は黙って放っておくことしか出来なかった。
酒場に入ってすぐのことだ。乱暴なナンパをしてきた男たちが一瞬でノックアウトされたのを見た者たちはもう彼女たちに声をかけることは無いだろう。
そうでなくても、倒された男たちがいまだに起き上がれずに床で転がっている以上は、近づく者もいないはずだ。
「おい待て!あれがいると知ってたんじゃないのか?だから、私たちを連れて行ったんだろう?」
シオンが両手に食べ物を持ちながら、ミレを問いただす。
「ああ?知ってたら近づきもしねえよ!最初に言っただろ。あそこはすでにあらかた調査のされている迷宮だって。少し奥に潜って、隠れてる「何か」を見つければそれでよかったんだ!」
「何もよくなかっただろ!死にかけたんだぞ!」
激しく言い合う2人。
そんな彼女たちを尻目に、フィセラは自分のペースで食事を楽しんでいた。
酒は飲んでいない。もとよりあまり好きではない。
代わりにいくつかの料理を少しずつ味見をして、何を食べるべきかを図っているところだった。
――何の肉なのか全然分からない……。魔獣肉とか言わないよね?……でもよく考えると、うちの食堂で出る料理はほとんどそうなのよね。
「衛生的な問題かしら」
フィセラは開かれた厨房の奥にチラリと視線を送っていた。
そして、あとの2人も落ち着いて食事をしているところだ。
「姉さん。ジョッキを乱暴に置かないでください」
「シオン。いい加減にしなさい、行儀が悪いわよ」
マルナとタラムの言葉に、うっと二人の動きが止まる。
それぞれの関係性が良く分かってきた頃だろう。
「もっと詳しく説明してもいいのでは?今さらですけど……」
マルナは乾燥したハムをパクリと食べながら、ミレにそう言った。
「だが、何を……」
「正直に、丁寧に、ですよ」
そうして、ミレは長い息を吐くと4人の顔をゆっくりと順に見ていく。
「…………魔王を倒す。手を貸してほしい」
その瞬間、タラムとシオンの雰囲気が変わる。
ルビーナ・ラムーとシヨンとしての反応をしそうになったが、それはフィセラに止められた。
「詳しい話を聞かなくちゃ。まあ、聞くだけね」
警戒や緊張を感じている声ではない。
普段と何も変わらないように見えた。
主人がそうするならば、ルビーナ達も従うほかない。
どうぞ、とフィセラが説明を要求するような動きをした。
すると、マルナがごく自然に周囲を確認する。ミレもあまり気乗りではないようだった。
その話はかなりの「秘密の話」のようだ。
「……タラム」
フィセラはただ名前を呼んだだけだ。
だが、なぜ呼んだのか。この状況なら思考を巡らせる必要も無い。
「は、はい!<>」
人避けの結界の完成だ。
それが出来るとフィセラが知っていること。
すぐに対応したタラム。
数日前に会っただけでは無い関係性だということが明白になりつつあったが、まだ真実を知るときでは無い。
「話していいよ。ここには私らしか居ない」
当然、酒場にはまだ客が残っている。
だが、彼らの視線はもうフィセラ達に向いていなかった。
目を逸らしている訳ではない。
本当にそこに何もないかのように、不自然に彼女たちへの視線が向いていないのだ。
ミレがいちいち確認せずとも、「そうなっている」ことくらいは肌で分かる。
「いいだろう。これはこの国のだれにも血を流させないための…………、戦いだ」
ミレとマルナは、一から順に説明を始めた。
「ジャイアント族を知ってるか?とにかくデカい巨人だ」
フィセラはゆっくりと頷いた。「見たことは、ある」、そんな反応だ。
さすがに、最近従えることになった種族がそれだと思う、なんて口に出す訳にはいかない。
「そのジャイアント族が南方のアゾク大森林に姿を現したんです。数百年記録を遡っても、あの森に巨人がいるという話はありません。これに近隣の貴族や領主が危機感を持って調査依頼を出すことは……、ごく普通のことです。ですが」
「なぜ!オレたちに依頼をした!?オレたちのもとへ依頼を届けられる時点で、俺たちがどんな仕事をするのかをよく知ってるはずだ。なのに、依頼の表面上はただの<調査>だ。…………ただ事じゃないとすぐに分かった」
――嫌な予感がする。…………いや既に魔王を倒すとか言われちゃってるけど。なんかもっと、もっと……面倒ごとになりそうな感じがする……。
フィセラはそのまま黙って2人の話を聞くことにした。
「まずは歴史を勉強した。カル王国建国以前の歴史からな。それも、表の歴史書には載ってない方のな」
現カル王国の領地は、1000年以上前はカル王国の土地では無かった。
正確に言えば、カル大領家の領地である。
カル家は元々、現在の隣国である「サンダーキス帝国」の大領家の1家に過ぎなかったのだ。
「サンダーキス?聞いたことないけど、隣?帝国?」
フィセラが国の名前を聞いたことが無いのは当然だが、「隣国が帝国であること」となれば知らないで終わらすことは出来ない。
「6つの大領家と皇帝が納める国だが、今じゃカル王国とは関わりがほとんどない。国の間に何もない広大な平原があるから国交は断絶してる。この国で名前を聞くことはまずないだろう」
サンダーキス帝国とカル大領家の関係は良好であった。
問題が無いということだけで良しとしていいものかどうかは、議論する余地はあるが。
帝国の中心に集まる大領家のように水面下での争いは無く、近隣の国は帝国に属する領地に手は出せない。
カル家は長い平和の時代の中で成長し、力を蓄えていた。
領民が増え、大きな街をいくつも建てた。
新たな土地が必要になった。
だからと言って、帝国に牙をむくような愚かな領主ではない。
この時のカル家の家長であり領主でもある男は特にそうであった。
それにこの男は穏健派でもあった。
彼が目を付けたのは、未開の領域「名もなき大森林」である。
その決定を下し、開拓のための移民を募り、多くの民が都市を旅立ったその瞬間。
歓喜の期待の瞬間に、「それ」が森から出てきた。
呼び名は様々だ。
「亜人を率いる者」、「餓鬼の主」、「小さき鬼の大きな王」、そして「ゴブリン王」。
多くの名で呼ばれたが、一体「何」であったのかは明白だった。
無数の亜人を従えるゴブリン、「魔王・アゾク」である。
「もしかして、アゾクって奴がいたからアゾク大森林なの?森の名前がああだから、そう名乗ってるのかと思ってた」
「あの森の名前は…………、待て、名乗ってた?誰が魔王の名前を名乗ったんだ?それは、この国では大罪だぞ」
ミレに詰められるフィセラ。
天井を見ながらゆっくりと口を開いた。
「ああ、知り合いがね。友達じゃないよ!今は、遠いところにいる。……たぶんね」
ミレがフィセラを睨んでいる最中、マルナが説明を続けた。
カル家とアゾク率いるゴブリンの大群はすぐに戦争を始めた。
言葉を交わすこともなく、戦争は太陽が100度のぼるまで続いた。
平原を超えて帝国の中心に向かうゴブリンを殲滅し、村々を襲うゴブリンを殲滅し、他の種族を味方にしようとする狡猾なゴブリンを殲滅した。
血が流れない夜は無かった。
友の死に涙しない日は無かった。
101度目の太陽が空の上った日までは。
カル家は魔王との戦争に勝利した。
多大な犠牲を払ったが、血脈は守られ誇りと伝説を語り継いでいく民は生き残ったのだ。
その勝利の報を、皇帝はいち早く受け取った。どれだけの犠牲が出たかという報よりも早く。
皇帝はカル家の軍事力を恐れた。
だが、幸いにカル家は平原の向こうにいる。帝国の騎士たちに長い旅をさせてカル家を滅ぼすよりも、カル家を遠ざける方が楽だと考えたのである。
皇帝は褒賞として、「独立」を認めたのだ。
大領地を彼らのものとし、彼らをその土地の真の主としたのである。
カル家は復興と同時にカル王家となり、そこはカル王国となった。
「行われべきでない間違いが行われたのは、まさにこの時です。戦いに参戦した栄誉ある戦士の血、潰えるまで求められたゴブリンの血。その中で秘かに、人類ともゴブリンとも違う種族の血が流されていたのです」
「それが巨人か?今までの話に出てなかっただろ。どこにいたんだ?」
シオンが空になった大皿を前にしながら聞いた。
その質問に、マルナはリズムよく頷いた。聞いてほしいことを聞かれたようだ。
「……それが問題だったんです」