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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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饗宴(9)

 壁まで飛ばされたシオンが戻ってきた。

「あれ?ミレはどこ行った?まさか……」

 そこに残っているのはカーニヴォルだけだ。

 その状況を見れば予想をつく。

 それでも、シオンはあたりを見回してミレの姿を探した。

 マルナが殴り飛ばされた方向、タラムよりもずっと後方だが、シオンには闇を見通す目が無い。これ以上探しても無意味だった。

 なにより、大切なのはまだ自分が立っているということだ。

「聞いているか分からないが、<まだ>なんだろ?なら私が時間を稼ぐ!任せろ!」


 剣を正中に構えるシオン。

 それを見下ろすカーニヴォル。


 この2人はあまりにも、実力が違いすぎた。


 シオン。

 シヨン。

 字に起こしても、耳で聞いても、その名前の違いは微妙なところだった。

 だが、偽名を使う理由はフィセラに気づかれないことだ。

 何人もいる門番の一人、それもレベルは63レベル。60レベル台のNPCなど知っているはずが無いと考えて、彼女はフィセラに適当な偽名を名乗ったのだ。

 実際、フィセラは自分が作成したNPCと幹部的役職のNPC以外はほとんど知らない。

 そんなどこか卑屈な名づけ方をするのには理由があった。

 その理由が彼女に異様なやる気を起こさせ、今敵うはずのない敵の前に立たせていた。


 両者のレベル差は27。

 アンフルではこう言われている。

 10レベル差を覆すには3倍の力が必要だ、と。

 20レベルならさらに3倍。30レベルならそこからさらに3倍。

 つまるところ、シオンが27人いればカーニヴォルに勝てるという計算だ。

 無理な話ではない。それだけ人数がいれば、実力差を埋めることは出来るだろう。

 だが、30レベルの差が生まれてしまった場合は、その計算は一切当てにならない。

 弱者の攻撃は強者の防御力にはばまれ、まともに防御をせずとも微々たるダメージしか入らない。

 そして、強者の攻撃はただに一撃が脅威となり、スキルを使われれば必殺となる。

 それほど、シオンとカーニヴォルは違うのだ。

 

 それでも、彼女は立ちはだかった。

 決して退かなかった。

 戦士であるが故に。


 89パーセント。


「かかって来!いん゛!」

 次の瞬間、シオンの顔は地面にめり込んでいた。

 何が起こったのか理解する前に、ドロリとした赤い液体が目や口に流れてきた。

 それが自分の血だと知ると同時に襲ってくる痛み。

 その痛みがシオンの意識を現実に戻してくれた。

 

 すぐに顔を上げる。

 だが、視界が傾いている。

 頭に攻撃を食らってことで、ダメージ以上の影響が出ていたのだ。

「ぷはぁ!まだだ!私は立ってるぞ!これで終わりな訳ないよなぁ!?」

 口を開けば血が口内に入ってくるため、息を吐きださなくてはまともに喋ることも出来なかった。

 シオンは精一杯の啖呵を切る。それが虚勢なのは明らかだった。

「ふぅー!……私を見ろ!まだ何も終わってないぞ!」

 シオンの顔はカーニヴォルに向けられていた。

 だが次の瞬間、シオンは振り返って「ルビーナ」にその瞳を向けた。

「私を見てろおお!」

 そしてまた振り返り、黄金の瞳と鋭い切っ先をカーニヴォルに突き付けた。

「私こそが<不屈の戦士>だぁぁぁ!!」


 93パーセント。

 

 轟音が広場を揺らした。

 1撃が放たれたのだ。

 カーニヴォルの拳が振るわれたのだ。


 94パーセント。


 石畳の突き刺さった拳。

 その周囲にシオンの姿は無い。


 95パーセント。

 

 ただ、折れた剣の半分が宙を舞っていた。


 カーニヴォルが拳を持ち上げると、その下に隠れていた金色の髪がわずかに持ち上がり、くぼんだ床にまた消えていく。


 96パーセント。


 そして、轟音は鳴り続けた。

 一体、何発の拳が振るわれたのか分からないほど何度も拳を打ち付けられた床は、すでにカーニヴォルの大きな拳を隠すほどえぐれている。


 97パーセント。


 ハアアァァ、と低い音の吐息が聞こえた。

 女の吐く息ではない。

 それはカーニヴォルから聞こえたものだ。

 6本すべてを使った。

 残っていた黒い霧を纏った腕も残らずに使った。

 

 これであと一人だ。


 カーニヴォルはそう思って、最後の仕上げをするために足を踏み出した。

 自分が作った穴を踏み越えるように大きな一歩を前に。

 だがそれは自分の足の下、というより股の下の影が動いたことで止められた。

 カーニヴォルは体勢を後ろに倒しながらでも、後方へジャンプする。

 自分を脅かす存在はここにはいない。

 それを知っている存在がする動きとは思えないような慎重さだ。

 

「…………、……。…………」


 銀の鎧はひしゃげ、剣を折れた。

 金色の髪は大きく乱れ、赤い血が顔に張り付いている。

 それでも、黄金の瞳はいまだ健在であった。

 シオンがそこに立っていた。

「逃げたのか?私から?どうした、ビビってるのか?どうして倒れないのか分からないか?」

 彼女の言葉に疑問符が多くついているが、もう意識は彼に向いていなかった。

 というより、ほとんど意識は無かった。


 シオンはカーニヴォルの攻撃の直前にスキル・<不屈の戦士>を発動させていた。

 その効果は、使用者の体力を一定時間のあいだゼロにしないことである。

 それは強化、不死にさせる能力ではない。

 ただ、死なないだけの体力を残す、それだけだった。


 舞い上がる砂埃が彼女の肌に触れるだけで、線の針にさされるような痛みだ。

 暗闇を照らすためにつけているフェアリーストーンの光は、肌を焼くような火の熱さだ。

 変形した鎧の圧迫感は、全身を巨大な何か押しつぶされると錯覚させるほどだ。


 それでも立ち上がる。

 それでも口を開く。

 それでも折れた剣を持ち上げカーニヴォルにその先を向ける。

 スキルを使わずとも持っている彼女の「心」がそうさせたのだ。


 ひと撫でで絶命する。だとしても、シオンに止まるつもりは無かった。

「…………来い。最後の一発を見せてみろ」


 もはやシオンから動くことは出来なかった。

 いま、剣を持ち上げた腕をおろせばもう一度は無い。

 それほど限界が近づいていた。

 だから挑発する。

 ほんの一瞬だろうとも、時間を稼ぐために。


「惜しいな……」

 声が聞こえた。

 タラムの声ではない。ミレやマルナのものでもない。

 いや、誰の声なのかと考える必要はないだろう。

 それは、目の前に立つそれから聞こえてきたのだから。


 カーニヴォルが口を開いたのだ。

「貴様に力があれば我を滅ぼせたかもしれぬ。それだけの可能性を、「他の者」は持っていた。足りぬのは貴様だけだ」


 驚いた顔を浮かべながらシオンは言葉を漏らす。

「喋れたのか?お前?」

 シオンのそんな問いに当然答えることなく、カーニヴォルは最後の構えを作った。

「自らの力量不足を後悔しろ」

 

「……そんなの!……ずっとしてるさ!」


「最後の言葉はそれでいいのか?」

 バン!とカーニヴォルが手のひらを握りこむ音が鳴り、ただの手が恐ろしい鈍器となる拳へと変形する。

 シオンはそれ目にして、もういいか、という風に剣を持つ腕を下ろした。


 98パーセント。


「……最後の言葉はそれでいいのか?」


 だが、腕を下ろした理由は決してあきらめではなかった。

 確かに終わりを感じた。 

 その「終わり」が理由だが、それは自分の生命の終わりではなく、この戦いの終わりだ。

 自分の背後に感じるそれを強く感じたのである。

 シオンはもう一度腕を上げた。

 だが、それは剣を持ちもうピクリとも動かない右腕ではなく、何も持っていない左腕である。

「フッ……、最後の言葉はそれでいいのか?」

 不敵な笑みと言葉の返答と共に、彼女はカーニヴォルへ中指だけをピンとたたせて見せた。


 99パーセント。


 カーニヴォルの肩が動く。

 その時。

「<契約は締結された。我、汝へ魔力を与えん。汝、我へ速度を与えん>」

 カーニヴォルは言葉を聞いた。

 戦士風の女のさらに奥にいる魔女の言葉だ。

 あまりにも危険すぎる言葉だ。

「ウオオオオオオオオオ!」

 咆哮と共に拳を振る。

 目の前の戦士を殺し、すぐに魔女も殺す。それで終わるはずだ。

 終わるはずだ。


「<再び宣言しよう!この契約は締結された!何人の不履行も認められることは無い!>」


 ダン!

 大きなと一緒に、バサバサと音を立てながらシオンの髪が暴れる。

 それは、シオンの眼前で止まった拳が起こした、ただの風によるものだった。


 勢いよく突き出された拳は不自然な位置で止められ、前に跳ぼうとした足は筋肉の膨張で膨らんだままだ。

 眼球はシオンを向けられたまま、少しも動かない。


 だが、シオンだけは動いた。

 力が抜けたように膝から崩れ落ちたのだ。

 それもとても自然な動きだった。


 奇妙なのはカーニヴォルだけ。

 

 カーニヴォルは完全に停止していた。

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