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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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饗宴(8)

 タラム。そう名乗る魔女は命を懸けた綱渡りをしていた。

 

 彼女の本当の名前は「ルビーナ・ラムー」。エルドラドのNPCだ。

 城門および門前広場ステージ、そこにある修練場へ配置された練士と呼ばれる90レベルの魔法使いであり、反支援魔法いわゆるデバフ魔法の特化能力者である。

 その系統の魔法であれば、レベル条件を満たしていなくても習得できる。

 その系統の魔法であれば、総じて魔法の効果は強化される。

 それが「特化」することのメリットだ。

 だが当然デメリットもある。

 「ルビーナ・ラムー」のジョブは<魔法使い>なのだが、基本的に修めているはずの攻撃魔法や防御魔法を極力減らしているのだ。

 特化とはそういうことなのだ。

 

 だからこそ、同じステージのNPCであり、門番の「シヨン」と共に任務に就いていた。

 この世界の住人とは違う存在だとバレないために、魔力や魔法を制限する。シヨンの支援はその措置であった。


 レベルを下げた状態の「タラム」では強者に勝てない。

 同レベルの存在にさえ苦戦をするかもしれない。

 そう考えられたのだ。


 100レベルの存在との戦闘など、老賢者・ヘイゲンでさえも想定していなかった。


 カーニヴォルとのレベル差は正確に10レベル。

 その差は通常のデバフ魔法を無効化するには、十分な差ではある。

 だが、特化した系統であれば、彼女はその差を感じさせない力を発揮させることが可能である。

 実際、彼女が行使した魔法<合意なき平等契約>は発動に成功していた。

 その証拠がタラムの瞳にだけ映る<契約書>である。


 奴と魔力を繋げることはできた。

 でも、これじゃ足りない。

 もっと上げなくては意味がない!


 タラムとカーニヴォルのちょうど間に、その契約書が浮かんでいた。

 その周囲には、契約書と魔力でつながる魔法陣がいくつも浮かんでいる。

 魔法陣をよく見ると、ほんの少しだけ紋様の違うものが重なっているようだった。

 タラムはその魔法陣を完璧なタイミングで停止させ、2つの魔法陣の組み合わせによる紋様を完成させることに注力していた。

 

 集中しなくちゃズレる。

 でもこのままじゃ……彼女たちが死んでしまう。


 タラムの視界の中に契約書や魔法陣が浮かんでいるだけで、その後ろで今なお戦い続けるシオンやミレの姿は当然見えていた。

 シオンがギリギリで攻撃を避けるたびに、つい気をそらしてしまう。

 その時。


 しまった。魔法陣が!

 

 タラムは魔法陣をそろえることに失敗してしまった。

 それだけで魔法が消える訳ではない。

 だが、契約書に書かれている文面に変化が起きた。

 「アンフル」で創られた文字の中に、ある数字が隠れている。


 最悪、65パーセントまで上げていたのに……61にまで下がった!

 もう一度、やり直す!

 これで…………、よし!62パーセント!

 ……………………足りない!……時間がもっと欲しい!

 

 63パーセント。


「まだか!?タラム!早く何とかしろお!」

 ミレが叫んだ。

 タラムのために時間を稼いでいる。だが、そのタラムが何をするつもりなのかミレは知らなかった。

 マルナとシオンもだ。

 それでも、託すしかなかった。互いに託すしかなかったのだ。


 タラムからの返事はなかった。

 ミレが彼女に視線を移すと、その目を自分たちを捉えていなかった。

 ミレにその邪魔をするつもりはない。すぐに戦闘に戻ったが、もう一度叫びたいぐらいだった。

 それほどにギリギリだった。


 ミレとマルナの攻撃は深くまで届くことは無く、徐々に防がれる回数が増えていた。

 カーニヴォルは学習していた。

「固くなった訳じゃない。速くなった訳じゃない。強くなった訳じゃない。だが……」

 蓄積される戦闘の記憶、それと回復された体力による若干の身体能力の向上。

 追い詰められているのはミレ達の方だった。


 67パーセント。


「マルナ!奴の腕のどれが回復スキルを持ってるか分かるか?」

 ミレはカーニヴォルの周囲を走りながら、そう聞いた。

「…………その腕を切り落としたところで、スキルも消すことができるか分かりませんよ」

 まだ口にしていないミレの考えを、見透かすマルナ。

 それに語気を強めながらミレが返す。

「やらなくちゃわからないだろうが!どの腕か分かるならとっとと言え!」

「右腕の!これです!」

 ちょうどマルナに向けて放たれようとしている右下段の拳。

 2人は息をそろえてスキルを唱える。

「「<三日月狩り>!」」

 マルナは回避と同時に、ミレは走りながら、そうして2つの刃が前腕に届く。

 だが、刃は途中で鈍く動きを止めた。

「それが一番うざいんだよ!」

 

 カーニヴォルのに<硬化>である。

 そのスキルを持つ腕は2本だが、効果を発揮させる箇所は肉体のどこでもいいのだ。

 

 マルナは失敗を悟るとすぐに距離と取った。

 だが、ミレはその場を動かなかった。

 それにカーニヴォルも応える。

 今まで力なく垂らしていた<黒い霧を纏った腕>を構えたのだ。

「やってみろやあぁぁーー!……………………あ?」


 72パーセント。


 カーニヴォルが構えた瞬間に、黒い霧がミレの視界いっぱいに広がった。

 拳が高速で迫ったから。そうではない。

 ミレの目の前で、6本の腕すべてを黒い霧が覆ったのだ。

 

 なぜか、その中の1本は霧がより濃く大きかった。


 なんで?

 まだスキルを使い切ってないだろ!?

 いや、使わないと思ってたのは俺らだけ?

 まて、なんだその腕?他の腕よりも……。

 強化の重ね掛け?そんなの出来るのか?

 やばい、近い、死ぬ!


「姉さん!」

 ミレの視界の端をマルナが走っていった。

 カーニヴォルの背後に回ろうとしているようだ。

 彼女の行動と声が、ミレを突き動かし、カーニヴォルの動きを一瞬止めた。

 そう見えた。

 カーニヴォルはグルンッと体を回転させた。

 体を向けた方向はマルナとは反対の方角だ。

 

 なぜなら、遠心力が欲しかったから。


 回転はより加速し十分な威力を持って、横なぎの拳がマルナに直撃した。

 それは<強化>の重ね掛けをされたあの拳だった。


 マルナが消えた。

 そう思った数瞬の後、カーニヴォルが拳を振り切った後、かなりの後方から音がした。

 ダン!と何かが地面をたたいた音がして、ゴロゴロと転がる音。

 そしてすぐあとの沈黙を、ミレの耳は鋭敏に捉えていた。

 

 74パーセント。


 ミレは振り返ることが出来なかった。

 最愛に妹の状態を確認することが恐ろしかったのではない。

 もうすでに、奴が目のまえにいたからだ。

「タラム。もういいだろ?なあ、おい!……タラム!」

 

「<リジェクション>!」


 思いがけない真横からの衝撃。

 ミレはそれに押されて左に倒れてしまう。

 その瞬間に、カーニヴォルの拳が今まで立っていた場所に突き刺さる。

「何をしてる!まだ終わってないぞ!まだ行けるだろ!?」

 シオンの突き飛ばしスキル<リジェクション>に救われたのだ。

「ああ、すまない。助かっ」

 

 ミレがシオンを見た。

 そして、シオンが拳に吹き飛ばされた。

 

「おい!シオン!」

 瞬間、ミレの頭上を何かが覆った。

 3本の腕だ。

 ミレを押しつぶそうとしているのだ。

 避ける隙間は無かった。

 受けることしかできなかった。

 だが、ミレにはまだタラムが施した1回限り攻撃を防ぐ<プロテクト>がある。

 ダメージは食らわないが、下方向へかかる衝撃をなくすことはできなかった。

 地面にめり込むかと思うほど圧力が殴られた箇所にかかっていた。

 

 ミレは仰向けで地面に倒れた。

 そして、またしてもミレの上に影が出来た。

 今度はカーニヴォルの足だった。

 ミレの胴体を隠すほどの左足が彼女を踏みつける。

 攻撃の意図は無いようだった。その証拠に、ミレはまだ生きている。

 だが、それもいつまでもつか分からなかった。

 ミシミシと音が鳴る。

 ミレの骨なのか、ミレの下の地面なのか。それとも両方か。


 79パーセント。

 

「腕が6本もあって、最後は足か!?そんなの、させる訳ねえだろうが!」

 ミレは足を持ち上げようと力を入れる。

 ミシミシという音は大きくなり、ミレにではなく地面に大きな亀裂が入る。

 その時、急にカーニヴォルの体重が消えた。

 

 ミレが持ち上げたのか。そうではない。

 その逆、ミレが持ち上げられたのだ。

 カーニヴォルは器用にミレの装備を足の指で挟み、空中に放り投げた。


 ミレを持ち上げた足は彼女のスレスレを通って、ドンと地面に叩きつけられる。

 カーニヴォルは体を捩じり、体の向こう側には固く握られた拳が「解放」されるのを持っていた。

「ここで終わりかよ……」

 黒い霧を纏った<正拳>が、空気の壁と共に、ミレを打ち抜いた。

 

 83パーセント。

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