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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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饗宴(7)

「どうなってるの?さっきよりも元気じゃないですか!?」

「いいから下がれ!もしかして最初よりも回復してんのか?」

 魔力感知を持たないが、ミレの感覚は鋭かった。

 マルナも、カーニヴォルの魔力の全快を感じ取っていた。

「ただの回復スキルじゃないのか?魔力を使ったスキルで魔力を回復させたのか?無理だろ!」


 ミレのその文句はカーニヴォルの咆哮にかき消された。


 実際のところ、カーニヴォルの持つ回復スキルは肉体的損傷いわゆるダメージを回復させるだけの効果しかない。

 一度目に使った回復スキルはまさしくそれだった。

 だが、2度目のスキルは違った。

 その違いが起こる条件は、単純明快だ。

 6つのスキルの中で最後に使用すること。

 ただそれだけ。

 たったそれだけで、この回復スキルは使用者の<状態初期化>の効果を得るのだ。


 それによって回復したのは当然体力や魔力だけではない。

 そこにはスキルも含まれる。

 <攻撃力増加>。

 カーニヴォルの6腕の魔力が、黒い霧のような見た目となって現れる。

 

「おいおい、あれは食らうなよ。何が起こるか、くそ!」

 ミレがしゃべっている途中で、カーニヴォルが仕掛けてきた。

 準備を整える暇を与えてくれる訳がなかった。

 

 素早い突進。

 ミレとの間合いを一瞬で詰める速度だ。

 だが、それでも。

「速くなった……、それだけだ。まだ対応できる!」

 そういった瞬間に、視界の真ん中にとらえていたカーニヴォルの左上段の腕が消えた。

 そして、次にそれが見えたのは、ミレの頬をかすめて拳が通り過ぎて行った後だった。

 

 ミレは思考を切り替えた。

 防御、回避、利用。何も考えず、ただ後方へ逃げた。

 2撃目、3撃目が自分の立っていた場所を深くえぐる光景を見ることもしない。

 一心不乱に逃げた。


「はぁはぁ。回避は無理だ。腕の振りの速度が半端じゃない!」

 ミレが距離を取ると、カーニヴォルは攻撃を止めた。

 黒い霧はたった今振るった腕3本から消えている。

「<あれ>があるときの攻撃は強化されるのか?だが1発で消える?というか、なんでマルナは俺より速く後ろにいたんだ?」

 カーニヴォルから距離を取ったミレ。マルナはさらにその後ろに立っていた。

「姉さんに先陣を任せようと思いまして、下がっていました。そう言われましたし」

「言うより先に動いてたろ!死ぬところだったぞ!」

「ええ。驚いてますよ」

「くそが!…………無傷は無理だなこりゃ」


 2人の目は節穴ではない。

 今のカーニヴォルの危険性はしっかりと理解していた。

 それでも、「この場」から逃げる選択肢が頭に浮かぶことは決してなかった。

 そして、それはあとの2人も同じである。


「シオン。あなたは逃げなさい。今度こそほんとに死ぬわよ」

「退ける訳がない。私がそう造られたかぎりは、私にあるのは勝利か、死かだ!」

「はぁ~。……言ってみただけよ」

 タラムは、シオンがみなぎらせる決意にため息をついた。

 だが、その目はどこかシオンと同じように燃えていた。

 

 レベルの制限をしていては、全滅するわね。

 この世界での適正レベルの無視。

 この世界の住民であるミレ達にバレて疑われるかも。

 今は、そんなことどうでもいい!

 本気でいく!


「3人とも聞いて!」

 全員の視線が一度タラムに注がれ、すぐにカーニヴォルに戻された。

 カーニヴォルがこちらに歩き始めたのだ。

「私が奴の動きを止める!できるだけ時間を稼いで!」


「やめろ!……無駄だ、失敗する。そういう魔法は自分よりはるかに強い相手には効かないだろ?俺たちに支援魔法をかけろ」

「……速度を奪う。時間さえあれば、防御も攻撃もスキルも使わせないことができる」

「ふざけるなよ……やめろって言ったんだ。それは過信か?それとも実力差も分からんほど弱かったか?」

 殺気を含む眼光がミレからタラムに向けられる。


 それに気づかないかのように、タラムは杖を掲げた。

「とにかく、時間を稼いで!」

「無理だっつってんだろうが!」

「出来る出来ないを論じる余裕はもうないわ。これは……必要かどうかよ」

 タラムは言葉に魔力を込めて、全員に聞こえる声量でそれを口にした。

「<合意なき平等契約>!」

 言い終わると同時に、杖を地面へと突き刺した。


 紫色の光が杖から出て、うっすらとタラムもその光を発している。

 彼女の眼球が上下左右に落ち着きなく動き、彼女にしか見えない何かを追っているようだった。


「くそ女が!始めやがったぞ!」

「タラムを信じろ!あいつが出来ると言ったら、必ず出来る!」

 シオンがミレとマルナの真ん中に出て、そう意気揚々と宣言した。

 眉間に血管を浮かび上がらせるミレは反論する。

「言いたくないが問題があるのはこっちだ。命がけの時間稼ぎをして、どうせその後のとどめも俺たちだろ?マジで骨が折れるぜ、十本ぐらい」


「そんなこと言っている暇はありませんよ。巨人がものすごい形相でこちらを見ているのですが……」

「包帯がなくなって人間味が増したな。いや……そうでもないか」

 

 カーニヴォルの包帯の下には、2つの目、鼻、口、耳。

 人間のそれと大きな違いはなかったが、目の形は異常だった。

 異様に吊り上がり、目の輪郭は稲妻のように鋭角を持った形である。

 

 瞬間、その目に光が宿った。


「……………………来るぞ!」

 ミレとマルナは前進、シオンがその場にとどまり機会を待つ。

 それぞれの役割を理解していた。


 その理解がこの戦闘に意味があるかどうかは、もう、別の話だった。

 

 ドンドンドン!

 黒い霧の出ていない拳が連続で放たれる。

 ミレ達の致命傷に成り得る黒い霧を纏った拳は温存された。

 彼女たちからすれば、最悪だ。

 常に命を落とす可能性を持つ危険が目の前にあるのだから。


 かろうじて避けられる拳に対応しているとき、ミレが石片を踏んで体勢を崩した。

 好機と見たカーニヴォルが、黒い霧の拳を構える。

「<残像剣>」

 ミレの影を拳が押しつぶし地面に衝突する。

「誘発はできるが、こっちもタイミングを間違えれば即死だぜ」

 ミレは回避とともに攻撃も加えたが、カーニヴォルに効いている様子は少しも無い。

 

 その代わりに反応があったのはその眼球だけだった。

 眼前のミレから視線を外し、後方をみるように眼球だけを動かしたのだ。


 ミレがその動きにいち早く気づいたが、一歩遅かった。

「マルナ!避けろ!気づいているぞ!」

 そう叫ぶ頃には、マルナを<城壁突き>をカーニヴォルの後頭部に食らわせるために跳んでいた。

 

 空中で身動きが取れない。

 そこへまっすぐに黒い霧の拳が放たれた。


 拳が限界まで伸ばされると、その先から何かが飛んで行った。

 マルナが殴り飛ばされたのだ。

 ものすごい勢いで壁に突撃し、マルナが地面に落ちる。

「……マル!」

 ミレが名前を叫ぼうとした瞬間、落ちた影が動いた。

「い、痛い!けど生きてる?」

 

 その時、青白い光がマルナの体から発せられ消えていった。


「そうか、タラムの支援魔法!まだ効果は生きているのか!それなら……」

 ミレがある考えを思い浮かべた時、シオンがミレの前に出た。

 シオンの顔は、「わかっている」という風の顔だった。

「あんたの方が貴重だ。その使い方をするなら、私の方がいい」

 ミレは無言で頷いた。


 だが、カーニヴォルはその二人を無視してマルナの方へ向かっていた。

 マルナのプロテクトはカーニヴォルの攻撃で効果は消えていた。

 その勢いで飛ばされ壁に激突した衝撃は、確かにマルナの肉体に効いていたのだ。


「こっちを向け!<恐怖引力>!」

 強制的に意識をミレに向かわせるスキルだが、カーニヴォルはミレを一瞥しただけで、また歩き出す。

 スキルが不発だったと、使ったことを後悔するよりも早くシオンが動いていた。


「<ダブルスラッーーシュ>!」

 重なる2本の斬撃がカーニヴォルに向かう。

 だが、その斬撃を腕一本で簡単に防がれてしまった。

 自分では致命傷を与えることはできない。シオンは理解している。

 

 だが、ここまで近寄ってスキルを使ってくる相手を完全に無視することは、さすがのカーニヴォルにはできなかった。

 煩わしさを感じながら、シオンに向き直る。

 そして構えた。

 あの黒い霧を纏った腕はあと一本。

 だが、その腕はだらんと垂れ下がり使おうとしている様子は無い。

 シオン程度に使う気はないのだろう。

 ミレはそれをチャンスと見た。

 彼女達が近づけば、もしかしたらその腕はこちらに向かうかもしれない。

 だが不意をつくことが出来れば、腕のほとんどが強化のされていないカーニヴォルに近づくことができる。


「立て!マルナ!まだ黒い霧が残っているうちは次の攻撃スキルは来ない!1撃入れるぞ!」

「…………は、はい!」

 少し離れた場所から、マルナの声が聞こえる。

 カーニヴォルに吹き飛ばされたダメージはさほど大きくない。まだ動けるはずだ。


 ミレとマルナは姿勢を低くして、地面をしっかりとつかんだ。一歩目から最高速に達するための走り出しの体勢である。

 シオンはカーニヴォルを前にして呼吸を整えた。余裕があるからではない。ないからこそ精神統一だ。

 カーニヴォルは待っていた。誰かが起こす、始まりの合図を。


 そして、すぐにそれは示された。ひどく曖昧で、不愉快な合図がだ。

 この時、カーニヴォルは誰かに体を触れらているように感じていた。

 新たな攻撃か、それとも新たな敵か。

 そうではないことにすぐに気づいた。体の表面にあった感覚が、内側に入ってきたからだ。

 形なき何かが「魔力」だと気づくと同時に、その犯人が誰かも導き出すことができた。

 ただ一人、杖を持ち魔法を行使する魔女。

 カーニヴォルはタラムを見た。


 カーニヴォルを囲む3人を無視して、足らむを見た。


 それが3人にとっての合図だった。

 自分たちを軽んじる侮りこそが敗因だ、とそう知らしめる。

 そう決意を固めて、ミレとマルナは地面を蹴った。

 シオンはあらんかぎりの全力で吼えた。


 <三日月狩り>、<城壁突き>、<ダブルスラッシュ>。

 3つのスキルがほぼ同時に放たれる。


 その瞬間には、カーニヴォルはタラムから意識を戻し、2つの眼球はありえない動きで3人の攻撃を追っていた。

 スキルの着弾の前に、黒い霧を纏う腕以外の腕5本が防御に回っていた。

 縦のように折り曲げた腕が一閃を防ぎ、大振りが突きをそらす。

 その次の瞬間には、腕は振り上げられ拳が固くに握られる。


「来るぞぉ!!」

 息つく暇など一瞬たりともない。

 目まぐるしき攻守が入れ替わるのだ。

「避けろ!避けろ!」「シオンさん、受けずに下がって!」「だめだ!まだ引けつけなきゃ!」


 瞬きを1度すれば、ミレは違うスキルを放っている。

 2度すれば、地面を砕き壊すカーニヴォルの腕が変わっていた。


 入り混じる攻防、レベルの高さ故にそれは一瞬の中ですべておこっていた。

 時間稼ぎ。

 そうは言われたが、ほんの数秒を過ごすのに何度生死の境を超えればいいのか。


 それでも、今は彼女に託すしかなかった。

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