饗宴(4)
マルナはスーッと暗闇から(もとより広場は暗闇だが、スキルで気配を消したままだったのだろう)、ミレの隣に出て来た。
彼女の手には、先ほどまで持っていた短剣は無かった。
代わりにあるのは、さらに小ぶりなナイフだった。
おそらくは投げナイフ。それが指に挟まる形で3本ずつ。計6本を持っていた。
彼女を知らなければ、武器をさらに小さくした馬鹿なダークエルフだと思うかもしれない。
だが、一度戦い方を見た者からすればその武器の本当の用途に気づく。
それは鉄線だ。
それぞれの投げナイフの持ち手に、鋼鉄の糸を結びつけているのだ。
次の戦いの準備は出来ている。
そんなマルナを見て、ミレは全員に声をかけていく。
「マルナ、お前はあいつを縛れ。少しでも動きを制限できればいい。シオン!奴の隙は俺達がつくってやる、見逃すなよ。タラムも、支援よろしくな」
そう言い終わると、ミレはマルナに手を振った。
シッシッと、あっちに行けというジェスチャーだ。
そして、前衛に残ったミレは顔を上げた。
「よお、ノロマ」
眼前に立つカーニヴォル、身長差は3倍近くある。
力の差は歴然。
だが、速度は違う。
「自慢の6本腕を見せてくれよ」
ドンッ!
開始の合図は無い。言葉もいらない。
高速の拳だけが、そこにあった。
打った拳の脇にいまだ立つミレ。それを確認したカーニヴォルは、第2、第3の「大砲」を放つ。
だが、当たらない。
ミレはまだ、眼前にいた。
「動かさない腕は飾りか?脳ミソ1つに腕6本。同時は大変だってか?だったら捨てて来いよ。手伝ってやるぜ」
その瞬間、再度ミレに拳が迫る。
まっすぐ正面。
彼女は避けない。
フワッと剣を拳に当てて、ブンと横にいなす。
拳は空気を叩き、風が流れる。
髪を揺らしながら、ミレは吠えた。
「もっとこいやー!」
まるで彼女に呼応するようにカーニヴォルの攻撃は苛烈となった。
たが、それはお互いに同じ事だった。
1撃、2撃。そんな数え方の意味が無くなるような、無限の拳が同時に飛んでくるような、そんな6腕の構え。
ミレは物怖じすることなく、右上段からの拳を華麗に避ける。
その姿勢が戻らぬうちに、間髪入れず左の拳。
その拳の軌道をまた逸らし、次の攻撃も立て続けに降りかかる。
ミレは引き戻される拳に隠れるように移動して、カーニヴォルの攻撃タイミングをずらす。
その拳を生身で食らえば骨は折れ、肉は破裂するだろう。
ミレはその脅威の拳を避け、いなし、利用する。
レベル差は覆せない。
それでも、死ななければ勝ちだ。
「おいおい!流石に!1人で!ずっとは……、無理だぞ。まだか!?マルナァァ!」
ミレは常人の目では追えない速度で動き続けている。
そんな中から、かろうじて言葉を繋げながら叫んだのだ。
その瞬間、その呼び声に返事をするように、カーニヴォルに動きがあった。
振り下ろそうとしていた腕が、ビタッと止まったのだ。
カーニヴォルの包帯を巻かれた顔が微かに動き、自分の腕に(包帯で塞がれた)目を向ける。
その行動こそが、腕を止めたのは自分ではなく、止められたと言うことの証だった。
止められた腕は1本。残るは5本。
それでも、全ての腕を同時に打ち出す事はない。
ミレからすれば、ただ1本の腕の不調は大きな好機だ。
「隙ありだぜ。<三日月狩り>!」
腕の内側、腹に切り込まれる横薙ぎの一閃。
一瞬痙攣する胴体。
流れる黒い血液。
だが、その傷はあまりにも小さい。
致命傷にはなり得ないほどの切り傷で、カーニヴォルの自然回復力を考えればその血もすぐに止まるだろう。
だがミレは確かな弱みを見つけた。
攻撃と防御に使われる腕とは違い、胴体はわずかに柔い。
当然のことと言えば、確かにそうだ。
それでも、ミレの頭に浮かんだ「カーニヴォルが倒れ伏すイメージ」は、これがどれだけ重要かを物語っている。
だがまだ、イメージ通りにカーニヴォルが倒れることは無い。
今、カーニヴォルはミレへの反撃として6本の巨腕を振り上げていた。
まるで迫りくる壁だ。
そこに避ける隙間は無い。
ミレは仕方なく、後方へ飛ぶ。
「しっかり打ち込んでおけよ!杭が外れてるぞ!」
カーニヴォルから距離と取ったところで、ミレはそう叫んだ。
ミレの視界には、天井や壁から抜け落ちる投げナイフが映っていた。
その次の瞬間には、その投げナイフがあり得ない軌道でマルナの手もとに戻って行った。
彼女が投げナイフに括りつけている鉄線をひぱって手繰り寄せたのだ。
「やりましたよ!壁の方が弱いんです!」
マルナはミレの隣に立ち、そう言った。
天井からパラパラと落ちる砂や石。
それは、マルナが杭のようにナイフを差し込んだ跡から落ちていた。
固定されたナイフに繋がる鉄線。蜘蛛の糸よりも細く、だが鋼鉄よりも硬い鉄線は、人間に絡みつき縛る。
それに気づかず力を入れれば、たちまち肉の輪切りが出来上がる。
ただの人間と比べるには規格外のカーニヴォルのその肌には傷ひとつ付かなかったが、一時、腕一本、動きを止める事が出来た。
その結果が、より大きな傷と好機を作り出すことになったのだ。
「もう一度だ」
ミレは感情の無い声でマルナにそう言った。
「鉄線に気付いてますよ。こんな連続で仕掛けたら……」
「一発見舞ってやるんだ。鉄線を全部使え。今やつに絡まってるの何本だ?」
「……76本。止められるのは一瞬ですし、バランスがあまり」
「こっちで対処する。やれ!」
命じられたマルナは<無人歩行>で姿を消す。
ミレは2度目の、巨人への挑戦だ。
そして、2人の会話を後ろで聞いていたシオンはこれ以上の遅れを取らぬように気を高めていた。
ドンドンドンドン!
すぐにミレとカーニヴォルは対敵した。
豪雨のように降り注ぐ拳を、紙一重で避け続けるミレ。
その額には汗が浮かび、見開いた眼球は上下左右の拳を追うことに必死だ。
余裕など一切無い。
限界の攻防である。
そのギリギリの戦いは、長くは続かない。
どちらかの体力が、スピードが、意志が、もう片方を上回る。
それがどちらなのかはいつだって、レベル差が答えを出していた。
その戦いが1体1であるならば。
「マルナ!今だ!」
その合図と同時、マルナが数本の鉄線を引き絞る。
たったそれだけで、カーニヴォルに絡まる鉄線が互いに影響し合い、ビンッ、と引っ張られた。
カーニヴォルも何に動きを阻害されたのか、瞬時に気付く。
動かせたのは腕2本。
鉄線の絡みが少なかった為に留めきれなかったのだ。
左上段からの振り下ろし、右中段から掴み。
十字に交わる軌道の攻撃にミレも迷う。
だが、そこはミレの想定とは違うことが起こった。
「うおおおおお!」
シオンの突進だ。
ミレを掴もうとしたカーニヴォルの掌を押し返したのだ。
「これが隙だ!そうだろう!?」
シオンは、ついさっきミレに言われた言葉を返す。
隙があるなら、そこを突くべきは自分では無く、ミレの方だ。
埋められない実力差から考えたシオンの決断である。
ミレはそれに気付き、応える。
「良くやった。これで終わらせてやる!」
被弾。
シオンに声をかけていたミレの顔面にカーニヴォルの振り下ろしが命中した。
額から骨がひしゃげ始め、凛々しい褐色肌の顔が崩壊していき、そして、霧散した。
「<残像斬>!、<斬なし>だぜ」
振り下ろされた拳はミレの残像を通り過ぎて地面に到着する。
その横へ、残像から這い出るよう現れたにミレが現れて、跳んだ。
拳をただ避けて剣を振るえば、カーニヴォルの反応速度はそれに対応してしまう。
だからこそ、攻撃が命中したと錯覚させる<残像斬>を使った。
その時に生まれる隙。その油断。
その瞬間が、1番弱い。
「<断頭>」
特定条件下であれば、ミレが持つスキルの中で最も高い威力のスキルが、この<断頭>である。
このスキルが正しく威力を発揮する条件とは、首を断つ瞬間。
名前の通りのスキルである。
まるで刃が吸い寄せられるように、とても滑らかにミレの剣はカーニヴォルの首筋に触れる。
触れた瞬間に感じた。
やれる!
3週間も投稿無しはさすがに申し訳ないです。
なので、今日中にもう少し投稿します。