饗宴(3)
カーニヴォルの戦闘姿勢は異様なものだった。
上段の腕は頭の上に持っていき、肘をたたんで拳同士を近づける攻撃の腕。
中段の腕は若干左腕の方が前に伸びているが、両手とも正面に伸ばして手のひらを下に向けた防御の腕。
下段はダランと下に垂らしているが、これはどの方向にも拳を放てるようにした第二の攻撃の腕。
ただでさえ大きい見た目からの威圧感があるのに、六腕の構えはさらにミレ達を圧迫した。
ミレとマルナが前衛、中央にシオン、後衛にタラム。
それがカーニヴォルを前にした彼女たちの配置だ。
カーニヴォルが出現した位置からの偶然な配置だが、それぞれの能力とレベルを考えれば最低なものだった。
納得しない者はいるだろうが。
「うおおおおおお!!」
突然の咆哮がこの戦闘の口火を切ることになった。
それ発したのは前衛のミレやマルナではなく、その背後のシオンからだった。
ミレとマルナの間を吠えながら一直線に駆けていく。
その目もまっすぐにカーニヴォルを見ている。いや、それしか見ていなかった。
「出てくんなよ!ボケが!散るぞ、マルナ!」
その叫び声の反響が消える前に、走りだしたミレ。マルナも同じだ。
ほんの一瞬で先へ駆けたシオンを追い越して、カーニヴォルの右側面(対面した時の左右となるため、カーニヴォルからは左となるだろう)に近づく。
シオンの実力が、この戦闘で生き抜くには足りないと考えて、意識をミレに向けさせる作戦だ。
「のろまが!<三日月狩り>!」
剣を大きく振りかぶった。だが走る速度は落とさない、それどころかよりいっそう速くなったほどだ。
カーニヴォルは腕を2本持ち上げ、盾のようにしてミレの視界を圧迫した。
太く大きな腕がそうしてしまえば、もう胴体に剣が届くことは無い。
「それで防げんのかぁ!?もらうぜ!その腕」
振りかぶった剣は三日月のような残像の軌跡を残しながら、その軌跡は確かにカーニヴォルの腕を通っていった。
一方、マルナは走り出してすぐにスキルを発動させていた。
「<無人歩行>」
マルナの足音は無くなり、その姿も闇に溶けていく。その気配はどんどんと希薄になっていった。
そのまま後方へまわり攻撃をしようと考えたが、すぐにそれは止められた。
カーニヴォルの手のひらが自分に向けられたのだ。
最初の自分の姿は見えているのだ。警戒して腕を突き出しただけかもしれない。
彼女はそう思って、左側面に動く。それも高速でだ。
だが、突き出された手のひらは正確にマルナの追い続けた。
「これを追えるの?なんて感知能力!」
その時、反対側にいるミレから「もらうぜ!その腕!」と声が聞こえた。
彼女がそう動くのなら、マルナも合わせるしかない。
左右にカーニヴォルの意識を持っていくことが出来れば、シオンもかなり楽になるだろう。
「腕を斬り落とすのは難しいですが、使い物にできなくするぐらいなら!」
突き出された手のひらから逃げるように動いていたが、方向を変えて突進する。
マルナの2本の短剣は、カーニヴォルの腕を這いまわるようにして無数の傷をつけていった。
双子のダークエルフの攻撃はカーニヴォルにとどいた。
表現を変えれば、攻撃が触れた、程度ではあったが。
ミレは振りぬいた剣を戻して、カーニヴォルと距離を取った。
想定との違いが大きすぎたのだ。
「なんて皮膚の厚さだ!肉にほとんど届いてないぞ!」
ただ腕を盾代わりにしただけ、そのはずの腕には一筋の傷があるが、そこにはうっすらと黒い血がにじむだけだった。
マルナも同じことを感じていた。
もしかしたら、ミレよりもそれを強く感じていたかもしれない。
「硬い!刃が皮一枚しか入らなかった」
かすり傷にも満たない切り傷のようなもの、それをいくらつけようと無意味だ。
ミレとマルナは、反撃を警戒して下がるしかなかった。
それはシオンの単独での突撃を許してしまうことだ。
2人はすぐに制止を声を飛ばす。
「シオン(シオンさん)!とまれ(とまって)!」
素人のように単独突撃し、仲間に制止させられる。
当然、シオンはそれほどの「脳筋」ではない。
ミレとマルナの攻撃の浅さは見ていた。
それがカーニヴォルの硬さゆえにそうなってしまったのも理解した。
そして、完全にフリーになったカーニヴォルの殺気がシオン1人に向けられていることも感じ取っている。
カーニヴォルの腕の長さから推測した攻撃範囲、そのスレスレでシオンは急停止した。
「<ソードマスタースキル・ザウィンドウ>!」
上段に振り上げた剣へ風が纏わりつき、跳ぶ斬撃となってカーニヴォルへ向かう。
「効かないだろうな。だが、どれだけ効かないか!?さあ、止めて見ろ!」
縦一文字に放たれた斬撃。
カーニヴォルは両手を広げた。そして、勢いよく手を叩いた。
まるで飛ぶ蚊を両手で叩くようにだ。
風となった斬撃を挟んだのか。違う。
手を叩いた衝撃と挟み出された縦一文字の空気が飛び出し、斬撃と相殺したのだ。
「な!そんなのただの風圧じゃないか!……うぅ!」
凄まじい風がシオンを押し返す。
それは、カーニヴォルがただ手を叩いて作り出した風が、シオンの<スキル>をはるかに上回っているということだ。
風に対抗するため姿勢を崩したシオン。
その隙をカーニヴォルが見逃すはずがなかった。
爆ぜる床。
カーニヴォルの一歩の大きさと衝撃を物語っている。
その勢いのまま、繰り出される右上腕の1撃。
「まずは」1撃。
第2、第3の拳がすでに発射可能な状態だ。
「頭下げろ!チッ、クソ!間に合わない!」
ミレが援護に回ろうと動いたが、シオンとは距離がある。
最初の1撃には間に合わない。
その時。
「<追風陣地>」
カーニヴォルの拳がかすかに揺れた。
一瞬だが、動きが緩やかになった。
そのチャンスを逃さず、シオンを身をひねり拳を躱した。
カーニヴォルはまだ次の攻撃の手を出すことは出来た。それに、そうするつもりだった。
だが、下がった。
それも強烈なバックステップで後方へ戻って行ったのだ。
シオンはすぐさま立ち上がり、剣を正中に構える。
「1人でどうにかできたが……、助かったよ」
シオンは後ろを振り返らずに、気配だけは感じる仲間に礼を言った。
「気にしないでいいわ」
そう言ったのは、当然タラムだ。
彼女が発動させた魔法は<追風陣地>。
エリアに効果を付与する支援・反支援魔法である。
名前の通りに、味方には追い風となるバフを、敵には向かい風となるデバフを与える習得の困難な上位魔法だ。
この魔法の効果による上昇値は平均的で一定ではあるが、敵に与える違和感と味方に与える身軽さや力強さの差は、戦闘時には強力な<追い風>となる。
実際、タラムは直接的な支援を不可能だと判断して、この効果でシオンを手助けしたのだ。
「魔法が間に合ってよかった。この相手は少し面倒よ、もっと慎重に動きなさい。その点で言えば、あのモンスターの方が慎重ね」
魔法の効果を感じ取って一時後退したカーニヴォルを指して、シオンに説く。
「お前の援護がもう少しあれば、もっとうまく出来たさ。いきなり、上位魔法か?……大丈夫なのか?」
この世界への潜入として、レベルを下げて魔法を限定している彼女。
<追風陣地>は、その状態の「タラム」には、扱えないはずの上位魔法であった。
大丈夫なのか?という言葉は、それを使ってもいいのか?という確認である。
「<スロー><オーバースロー>、<ブラックアウト>。いくつか魔法を使ったけどレジストされたわ」
は?とシオンがついカーニヴォルから視線を外して振り返る。
「低位、いや中位魔法までの反支援魔法は効かないようね。だから、出し惜しみは無しで行くわ」
「ぜひ、そうしてくれ!じゃなきゃ全員ここで死ぬぞ」
いつの間にか近くへ来ていたミレがそう言う。
ちょうど、カーニヴォルとタラムの真ん中の位置で、鋭い眼光をカーニヴォルに向け続けている。
「こいつは高い基本能力と異常な硬さを持ってる。消耗戦になるぜ。……タラム、さっきは私ら全員に支援を?」
「はい。戦えばわかりますよ」
「よし。攻撃魔法は使えるのか?なんでもいいが」
「いいえ、使いません」
タラムはきっぱりと断言した。
「……使わない、か。それでいい、自分の役割に徹しろ」
彼女たちがそう話している内にカーニヴォルが前進を始めていた。
自分にかかったデバフ効果を理解したかどうかは別にして、その違和感に慣れはしたのだろう。
ミレも足を前に出す。
有効な攻撃など1つも出来なかった。それでも、ミレの背中は大きく、その闘志は今なお熱くなろうとしていた。
「俺らも全力だ、行くぞマルナ!」