饗宴
その頃、ミレ、マルナ、タラム、シオンは迷宮の入り口となる階段を下りた先にある広い空間でフィセラの帰りを待っていた。
「暇つぶしに聞くけどよ、セラとお前らの関係は何だ?冒険者協会の試験の時から見てたが、ただの仲間じゃないだろ?」
ミレは地上に繋がる階段に腰を下ろしている。
まるで迷宮から皆んなを出さないように階段を塞いでいるが、そんなつもりは一切ない。
そんなミレの暇つぶしと称した質問にタラムが応える。
「特別なものではありませんよ。フラスクの街で偶然出会い、関係を持っただけです」
「は?元から仲間だったんじゃねえのか?偶然会っただけで、あんなになるか?特にお前ら2人の反応はおかしいだろ!」
「そうでしたか?……私たちはただの冒険者仲間、になる予定と言った関係なのですが……」
タラムはそれ以上のことは何も喋らなかった。
ミレの目からは、明らかにそれだけでは無い「関係」のはずである。
だが、タラムが醸し出す両者の間の心の壁を感じて、ミレも問いただすことはしなかった。
再び静寂が訪れ、4人はただ時間が経つのを待つしか無くなった。
そんな状況にミレは腹を立て、心の中で悪態をつく。
くそ!上手くいかねぇな。
計画では、迷宮で「呪いの子」に会って反応を見るつもりだったのに!
「呪いの子」。
それがこの迷宮の主である。
と言っても、迷宮を支配しているわけではない。
その逆、迷宮の地下にひっそりと葬られた「悲しき子供ら」である。
ミレ達の行った調査と得た情報で、迷宮の地下に何がいるかはほとんど判明していた。
それが「呪いの子」だ。
この近くにある村では、異形の赤ん坊がよく生まれた。
都市から離れた小さな村ではよくある話だった。
そして、そんな赤ん坊を人目につかない所へ捨てるという行為も、またありがちなことだった。
ただ一つ違うこと。捨てられた子が短い人生を終えなかった理由。
それこそがこの迷宮だった。
村が出来るより前、国が出来る前からそこにあった遺跡。
そこに溜まる魔力。
その魔力が消えていく赤ん坊をこの世にとどまらせた。
魔力が異形の子を積み重ね、怒りも恨みも分からない赤ん坊の意識を練り合わせ、闇に落とさせた。
村人の悪意無き悪行が、迷宮の地下深くで、「純粋な邪悪」を創っていたのだ。
村人の冒険者に対する攻撃は、ただの抵抗だった。
赤子を捨てた罪悪感か、それとも地下に眠る「邪悪」に対する意味知らぬ恐れからか。
村人をこの迷宮を聖地としていた。
その聖地を汚す冒険者を排斥していたのだ。
ミレとマルナはその事実を知った。
冒険者しか知らぬこと。村人しか知らぬこと。遺跡にのみ残された古の言葉。
それらから見えた迷宮の真実。
2人のダークエルフはそれを隠したまま、フィセラ達を連れて迷宮に挑んでいた。
ミレはそれが正しかったかを、この状況で疑問に感じ始めていた。
偶然生まれたモンスター程度に俺たちが負けることは無い。
セラも同じだろうな。
だが、元になったのは罪の無い赤子たちだ。
敵の正体を知ってどうするか。手を止めるのか?容赦なく斬るか?
セラは、…………斬るだろうなぁ~。
人選間違えたか?別に最終的には討伐は必須だが……、葛藤とか、同情とか……。
そんなことを考えていると気が滅入ってくる。
「ハァ~……」
ミレが小さくため息を吐いた。
静寂の中に吐き出された吐息は他の者達の視線を集めるが、特別声をかけられることも無かった。
こんな分かり切ったことを試して何をしてるんだか。
何百年もマルナと2人だけで旅をしていた弊害だ。
迷宮の話を聞いた時はセラ達の人間性を測れるじゃないかと思ったが、数日、やつらの後を付けた方が楽だったな。
考え事をしている中でも、ミレは暗闇に視線を向けていた。
その時、広間の端の壁にある亀裂の隙間から、光の粒子が出て来るのにも1番に気づいた。
「なんだ?」
空中を滑る粒子は、風に流されるように自分の方に向かってきた。
「うお!…………外に出ちまった」
自分の顔の横を通って、その粒子は階段を登っていった。
「なにがあった!?」
その時、シオンが勢いよく立ち上がり大声を上げる。
彼女の長い金髪についた癖から、横になって寝ていたのは明白だ。
落ち着きの無いシオンをタラムがうるさい、小突いている。
「マルナ、今のは何だった?」
「分かりません。壁の中から出て来たように見えましたが、何も起きずに外へ。もしかしてセラ様が?」
マルナはタラムとシオンに声をかけるが、タラムは首を横に振った。シオンは棒立ちのままだ。
タラムの反応は否定と言うよりは、確信が無いことに言及しない、と言ったものだった。
「少し黙れ。……揺れてるぞ」
ミレは地面にしゃがみ込み、手のひらを地面に付けた。
「何か来る」
「セラ様だろ?あの方以外に誰がいるんだ?」
「違う。壁の中だ。それも、こいつはデカいぞ」
「セラ様はああ見えて大胆な方だから迷宮を無視して壁を掘るかも、それに」
「シオン、お前はもう黙ってろ」
そう言われて、不服そうに黙るシオンの代わりにタラムがミレに声をかけた。
「何か別の存在だということですか?では、どうしますか?」
ミレはタラムの質問に乱暴に答えると、すぐに立ち上がり、あの壁を睨んだ。
「……どうも出来ねえよ!こいつはヤバイ!速いぞ!」
その瞬間にミレの額に流れる汗を、3人が見た。
今起こっている事態の危険度をそうして気づいたが、その対処をするまでの時間が足りなかった。
「もう目の前だ!!」
壁が爆発した。
最初にいくつかの巨石が壁から飛び出し、すぐに砂ぼこりが舞う。
ドン!、と何かが広間に足を踏み入れた。
暗闇を見通すことが出来ても、砂ぼこりに隠れた向こう側まではミレ達でも分からなかった。
だが爆発の正体は、自分から砂ぼこりを抜け出て来た。
三対六腕の巨人。
灰色の体に、頭に布を巻いた男。
「死」が地下から這い出て来た。
「巨悪」が立ち上がった。
カーニヴォルが広間へと到達した。