迷宮の罠(3)
ミレは可笑しな者を見るような眼と少し口角を上げた顔でシオンを見た。
「冒険者ならこのぐらい……、ああお前らは昨日試験を受けてたな」
1人で納得して彼女の顔が真顔に戻る。
「だが、あの都市があるのは隣国だろう?知っておいた方がいいぞ。セラも……」
――あの都市?隣国?……あ、迷宮ってなんだっけ?
フィセラは話のほとんどが理解できないと気づくと、ぽけーっと放心状態に切り替えた。
その行動に意味はない。
「何にもしらねぇのか?お前らどこから来たんだ?」
ミレが呆れ顔でそう言った。
ただ、そう聞いただけ。
だが、3人の反応はミレの想像とは違った。
動揺、警戒。
それを隠そうとする偽りの顔だった。
それを見ても、ミレの方は顔色を変えなかった。
そればかりか晴れやかに笑いかけた。
「……ていう冗談だ。俺は前にも行ったぜ。お前らの詮索はしないってよ」
「ええ、確かに聞きましたが、隠すようなことはありませんよ。何ひとつ、ね」
タラムがそう答え、ミレが笑みを浮かべる。
だがミレは聞き返したりはしなかった。
今それをするのは野暮だったからだ。
見つめ合う2人は、相手の心情や考えを探ろうとしているのではない。
目の奥にある何か、その深さ、「人としての格」を量ろうとしていたのだ。
横槍が入るまでは。
「え?ダンジョンの話終わったの?」
フィセラの言葉が暗闇の中の静寂を終わらせる。
マルナがミレと目配せして口を開く。
「私が説明します」
説明担当はマルナという訳では無いが、ここまで来るとおなじみだ。
セラもこの双子のそれぞれの役割を理解してきた頃合いである。
「ダンジョンと迷宮の絶対的な違いが1つあります。それは、源となるエネルギーの違いです」
マルナが周囲に注意を向けながらも3人に説明を続ける。
「迷宮」が出現する原因は様々あり、その形も多種多様である。
毒を吐くモンスターの死体によって腐敗した街。
魔術師が施した魔法の暴走により死霊を呼び寄せることになった屋敷。
濃い魔力溜まりが常人の方向感覚を狂わせる大峡谷。
これらの発生、あるいは稼働させるのは魔力だ。
それはモンスターの死体から漏れだす魔力かもしれないし、その土地や魔法に宿る魔力かもしれない。
これほどの違いがあっても、「そこ」は「迷宮」とだけ呼ばれる。
なぜならば、それらとは決定的な違いがダンジョンにあるからだ。
どれだけの調査をしようとも明らかにならない魔力源。
モンスターを発生させる原理。特定のアイテムを排出し続ける仕組み。
どれも理解されないまま結論が出された。
「異界のエネルギーによりダンジョンは動いている。と、そう言われているのです。この辺りでは、ドワーフが治める王国ドルムーにダンジョン都市があるはずです。最近は何か事件があったようですが……、自分の目で一度見てみるといいでしょう。すぐ隣の国ですから」
マルナは微笑みを浮かべる。
「ここは間違いなく迷宮です。魔力源はまだ分かりませんが、おそらく地下深くにあります。なのでまずは、そちらに」
「ああ!こいつの言うとおりだ。時間を無駄に使うな。はやくいくぞ!」
マルナの言葉を遮って、ミレが全員を先に行くよう急かす。
その様子を見て、フィセラが小言を漏らした。
「時間にうるさいエルフはなんか嫌だよね~。長生きのくせに」
耳打ちされたシオンがブンブンと頷く。
それを見て、先に行こうとしていたミレが睨んでくるがマルナに背中を押されていった。
別れ道がほとんどないまま、まっすぐに進んで数分。
ミレとマルナが先頭を行き、フィセラ、タラム、シオンが付いていく。
「迷宮、めいきゅう、めいきゅ~。これが?何にもないじゃん。迷路にもなってないし」
フィセラが歩きながら、文句を言い続けていた。
誰に向けて言ったものでもないが、やはり反応するのは先を行く2人だ。
「黙ってられないのか?だが確かに……モンスターがいたと聞いていたが、階段を使って外に出て行ったのか?」
「どれだけいたかの情報は最初からありませんでした。ここを見つけた冒険者が過大な報告をした可能性がありますね」
ミレの言葉にマルナが落ち着いて反応を示す。
そこには少し無気力な感情が混じっているように見えた。
「……彼らはそういう生き物です」
――過去に何かありました……、みたいな空気を出されてもツッコみずらいからよして欲しいわ。
「それはさておき、これは無視するの?」
フィセラが立ち止まり、ミレ達を引き止める。
彼女たちが通り過ぎたのは、通路の右側に現れた小部屋だ。
扉は無く、フィセラには中がどのようになっているかがすでに見えている。
何もない。
置物は1つも無く、壁に飾りは無い。
宝箱が置いてある訳もない。
そんな部屋を指さしてフィセラはそこへ興味を示していた。
「こういうのは隠された空間があるから、下手にエリアをスキップすると色々見逃すんだよ」
――アンフルなら意味も無く無駄な部屋を作る奴がいるけど、現実なら何か意味があるはずでしょ?
フィセラは、自分を制止する声を聞かずにズカズカと部屋の中へ足を踏み入れる。
彼女は部屋に入りながら話を続けた。
アンフル時代の探索の記憶を思い出していたのだ。
「私が見たことあるのは、中に入らなくちゃ見えない幻影とか、条件を満たさなくちゃ現れない鍵穴とか、センサーみたいに人を感知する魔法陣は……ありきたりね」
そう言って肩をすくめた瞬間。
足元から照らす光。
フッ、と消える床。
重力が落とす身体。
落ちるフィセラ。
『ええええ!』
タラムとシオンの叫びが迷宮に響いた。
ただ驚愕だ。
彼女たちにとって、おそらくは神を超えるような存在が単純な罠にかかり落下していったのだから。
その光景を見ていたのはタラム達だけだった。
フィセラよりも先へ進んでいたミレ達には部屋の中は死角になり見えていなかった。
だが、異様に落ち着いた様子でミレは口を開いた。
「……ああ、大体わかったから。……なにが起こったのかは言わなくてもいいぞ」
ミレがため息交じりにそう言った。