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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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まだ夜は明けない

 都市フラスク。

 2つの太陽がすっかり地平線に沈んだ頃。

 フィセラが窓から見る景色に夜の静けさは無かった。

「さっきから誰かが近くで歌ってるわね。かすかに音色が聞こえてくるわ」

 部屋の窓際に置かれた椅子へ腰を下ろしながら、彼女は耳を澄ましていた。


 フィセラが湖から街に帰って来て、既に数時間が経っていた。

 ミレとマルナは都市内へ入る前に、用事があると言って北に向かう街道で別れている。

 タラムとシオンは、フィセラが泊っているホテルを一緒に探してから別れた。

 どちらにも明日の早朝、フラスクの外門の下で会う約束をしているため問題は無い。


 そのためフィセラはただ1人、高級ホテルの一室で暇を持て余していたのだ。

「宿泊するホテルがこの都市で1番高級なのは嬉しいけど、ヘイゲンに指定されたホテルと思うと途端に怪しくなってくるのよね」

 この前日、フィセラがホテルに到着した時には既に予約がされていた。

 しかも、ヘイゲンに教えていないはずの「セラ」という名前でだ。

 

 異世界の王国を自分ひとりの目で見たいとは伝えたが、後をつける行為や監視までは禁止していない。

 セラの名前を知っている以上は、「誰か」がフィセラの護衛についているのは確定だ。


「こんな最上級の部屋を取らなくてもいいのに。まあ眺めは良いけど」

 

 フィセラが泊っているホテルは、「ホテル・ジェネラル・ハイマン」。

 王国設立時に活躍した将軍の名前だそうだ。

 そう、説明を受けた。

 6階建てのこのホテルはフラスクではなかなか珍しく、フィセラが居る最上階の部屋の高さに並ぶ建物はほとんどなかった。


「と言うか、お金はどうしてるの?砦の外に送ったNPCから貰ってる?そういう子は超少ないから大金があるはずは無いんだけどな」

 受付へ訪れた時に隣の客が差し出した金貨の量を思い出す。

 高級そうな小袋から10枚は払っていた。

 その客がどの部屋に泊まったのか、どれほどの滞在期間だったのかは知らないが、最上階の部屋ならば1泊でかなりの大金になるはずだ。

「銅貨銀貨金貨。いくらでも偽物を製造できるけど、ヘイゲンたちがそんなことするかしら、知らないけど。まあ……、バレなきゃいいか」


 銅貨1枚で果物が1つ。

 銀貨5枚で中古の小型ナイフが1つ。

 金貨3枚ならば、高級な布製の防具を1式そろえることが出来るだろう。


 どれだけの硬貨と物品を交換できるかは街を探索して知っているが、正確な物価はまだ理解していない。

 だが、金貨の価値の高さは彼女でも分かる。持つ者と持たざる者の主観的な価値観の違いを理解しているかは別として。

 そんな金貨を労せず手に入れられるのならば、それに越したことは無い。

 課金の資金源の全てが宝くじの当選金である女の考え方である。

 

「でも、ほどほどにしておくように言っておかなきゃね。悪いことは……ダメなことだからね」

 フィセラは椅子から立ちがあり、部屋の真ん中に置かれた巨大なベッドへ向かう。

 ゲナの決戦砦の自室にあるベッドは黒を基調としている。

 だが、こちらの真っ白なシーツは皺ひとつなく、今にも浮かび上がりそうなフワフワな純白の羽毛布団もある。

 女が好みそうなベッドは、どちらかと言えばこちらだろう。


 そんな整えられたベッドが崩れることを気にせず、フィセラはその上に倒れ込んだ。

「毎度のこと、疲労が無いから眠くはならないけど、寝ようと思えば寝られる感じの疲れ方ね」

 

 砦では毎日のように惰眠をむさぼっている癖に、などと不敬なツッコみを入れる者は誰もいなかった。


 そうして目を瞑ったフィセラはこれまでの出来事を振り返る。

 ――タラムとシオン。私に話しかけてきたときは怪しさマックスだったけど、今思うとアレが普通なのかしら。自分から誰かに、仲良くしてね、なんて言った事無いからな~。陽キャのノリってやつ?にしても、態度が何だかNPCみたい……………………、まさかねぇ?


 寝返りをうつフィセラ。

 彼女の背中に開け放たれた窓から入ってくる夜中の涼しい風と、それに乗って笛の音色が聞こえてくる。

 

 ――そして今日会ったのが、マレとミルナ。……みるな?違うなこれ。……ミレとマルナか。

 フィセラは1日だけでは、人の名前を覚えられない。

 ――あの2人は、ダークエルフよね?褐色の肌と耳が長いってだけだけど……。街でそういう人達をほとんど見ないから、別の種族ぽいけど、他の人たちはあんまりエルフだとか言ってなかったわね。案外普通なのね。……よかった、カラやベカも砦の外に出てこれそう。

 エルフが迫害の対象では無いのなら、NPCの幾人かは問題なくカル王国へ来られる。

 その事実にフィセラは少し安心した。

 ――そう言えば、十大強者とかなんとか言ってたけど。この地域の有名人?明日聞いておこ。


 外から聞こえてくる音色に歌詞が載り出した。

 知らぬ者の英雄譚には興味はない。

 それでも無音よりは、このぐらいの雑音が有った方が良く眠れる。

「…………………………」


 フィセラは無言で立ち上がり窓へ近づいていく。

「やっぱうるせえな」

 勢い良く窓を閉め切りカーテンも閉める。


 そうして、フィセラはもう一度目を閉じた。

 その瞬間に彼女が夢の世界に落ちていった。

 彼女が感じていたよりも疲労があったのか、それとも無神経さから来るものか言及しない方がいいのだろう。


 陽が上り、カーテンの隙間から光が差し込む朝。

 ホテルマンが部屋の扉をノックし、客の来訪を告げるその時まで、優雅な眠りは続いたのだった。

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