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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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湖の怪物(7)

 ミレをフィセラの前で、まさしく強者の覇気(もしかすると殺気)を放つと、大雑把な動きで腰に差した剣の柄に掴んだ。

 そんな動きとは対照的に剣を引き抜く動作は、完璧と言ってもいいような美しい抜剣である。

 そうして、ミレは音もなく剣を引き抜くと、フィセラを睨み続けながらこう叫んだ。

「ぶっ殺す!」

 あわててマルナがそれを訂正する。

「姉さん?殺すのは向こうのモンスターですからね?彼女じゃありませんよ!?」

「んなことは分かってる!行くぞマルナ!!」

 と、妹の名前を呼んだが、後を追わせるつもりは少しもないようだ。

 ビュンッ、と一歩目から音速を超える移動方法によって姿を消した。


 と言っても、実際は姿を消したわけでは無い。

 常人の目にはそう見えるだろうが、フィセラの動体視力はしっかりと彼女を追っていた。

 自分のすぐ横スレスレを走り抜けて行く彼女に、フィセラは少し体を傾けて道を開ける。


 そんな動きにすら怒りを覚えるミレはさらに速度を上げる。

「チッ!舐めるなよ。俺が何故「一刀断首」と呼ばれているのか教えてるやる!」

 

 そう豪語したはいいが、シーサーペントは湖の底に潜ってしまっており、これでは何も出来ない。

 だからと言って、立ち止まってどうするべきかなどと考えたりはしない。

 ミレは剣を湖面に触れさせる。

 剣先はスーッと水を切っていった。


 それを続けながら少し角度をつけて走ると、いつの間にか水を切った跡が円となっていた。

 ミレはその中心に向かうと速度を落として、立ち止まった。

 そして、そのまま動きを止めた。

 ただ立ち止まったまま、腕組みをして待っているのだ。


 湖面で分かりやすい動きをする獲物を喰らおう、という本能に従うそれが顔を出すのを。


 ほんの数秒の沈黙。

 そして、ミレがまたビュンと残像を残しながら消える。

 その一瞬の後、真下からシーサーペントが残像を飲み込むように姿を見せた。


 ミレの思惑通りに水面まで出てきたシーサーペントを見て、彼女は高らかに笑った。

「ハッ!出てきたな!……なら後は、斬り殺す!」

 彼女は水面上に出ているシーサーペントの胴体めがけて走り出した。


 加速。

 

 再加速。


 剣を両手で構える。

 切先は真っ直ぐシーサーペントを狙い、刃は水面とほぼ水平。

 突きの構えである。

 その突きをより鋭く、深く放つ為のスキルの名を口にする。

「<城壁突き>」

 

 名前の通り、城壁さえ貫きとおす威力を持った剣術スキルである。


 ミレは少しも速度を落とさなかった。

 高速のまま胴体にギリギリまで近づき、そしてスキルを放つ。


 皮の厚みと筋肉の密度からなる防御を無視して、剣は突き刺さった。

 刀身が全て隠れるほど深く入った。


 そして不思議な事に、ミレが刺した箇所の反対側にも穴が空いた。

 ちょうど突きの延長線上、剣の幅と同じ大きさ。

 それが意味することは、ミレの突きがシーサーペントの胴体を貫いたということだ。

 剣が伸びたわけではない。

 体の向こうまで届いたのは突きによる斬撃。

 音速に届くほどのミレの速度は全て突きの斬撃の威力へと変換されたのだ。

 

「こんなもんどうって事はねぇだろ?」

 ミレの言葉に応えるようにシーサーペントが吠えた。

 どうって事は無い、という風には見えない怒りの形相だ。


 実際のところは、小さな針が刺さった程度の攻撃が致命傷になる事はない。

 それでもこれは、激痛だ。


 その痛みを与えてきたミレを、シーサーペントは敵とみなした。

「ああそうだ。私がやった。……ウザイだろ?だったらもう逃げんなよ!?」

 

 ミレはまた突きの構えをつくる。

 だが今度は走り出さない。

 その場で構えただけ。

 だが威力が落ちることは無いだろう。

 そう確信させるほどの筋肉が彼女の腕を持ち上げていたからだ。

 前腕、上腕、肩の筋肉が膨らんでいく。

 その膨張は背中にまで広がっていった。

 にじみ出る血管は腕から首を伝わり顔にまで青筋を浮かび上がらせている。


 脅威を感じたシーサーペントが動く。

 だがミレはそれよりも速く、跳んだ。

「<四段>、<城壁突き>!」

 同じスキル。

 違うのはその数だ。


 ドドドドン!


 四連続の爆発音とシーサーペントの体に開く4つの穴。

「柔いな、簡単に刃が通る。さて、それならどう料理してやろうか?」

 ミレは不敵に笑ったかと思うと、すぐに眼光を鋭くし口を一文字に閉じた。

「やっぱり、とっとと始末するか。セラ達のも含めると長く遊びすぎた……」

 

 宙に跳んだミレは、<城壁突き>の反動により空中で勢いを無くした状態のまま落下していた。

 それを発見したシーサーペントはすぐに体を曲げてミレに迫る。

 体に開いた計5つの穴は彼の動きを阻害するほどではない。

 変わらず高速のシーサーペントを、ミレは顔色1つ変えずに迎える。

 

 彼女はクルクルと体を回転させることでシーサーペントの突進を直前で避けた。

 そうして落下するミレ、通り過ぎるシーサーペントが交差する。

 当然、ミレはシーサーペントの頭を避けて後、顔の横を滑っていくことになる。

 その時、頭と胴体をつなぐ「首」の横も彼女の目の前に来る。

 一刀断首の名を持つ彼女がそこで何もしない訳がなかった。

「三日月ッが」

 

 ミレの視線と刃、そして行使しようとするスキルが首を捉えた瞬間。

 

 グン、とシーサーペントの頭が何かに引っ張られるように横に動いた。


 これではミレの攻撃は届かない。

 ミレは仕方なくスキルを中断させた。

 そのまま邪魔される事なく水面に降り立つ。

「クソ!…………てめえふざけんなよ、おい!マルナァァ!!何しやがるんだ!?」

 怒りの矛先は妹であるマルナに向いた。

 

 攻撃を「避けた」シーサーペントを無視して、マルナを呼ぶのは、それが「避けさせた」ものであると分かるからだ。


 名を呼ばれたマルナは悪びれる様子もなく応える。

「だって、トドメをさそうとしたでしょう。私もセラさんに認めてもらえるように、何かするべきでは?」

「いいんだよ、んな事は!俺の力を見せれば十分だ。俺たちは二人で1つなんだから!」

 マルナにはあまりピンときてないようだ。

「その言葉を使うタイミングは今ではないと思いますよ。二人で1つと言うなら、なおさら協力している所を見せるべきでは?」

 マルナの正論に、ムムムとミレが唸る。

「…………まぁいい。こうなったら仕方ないしな。……‥まだ繋がってるな?」

 そう聞くミレの視線はマルナな手元に向いていた。

 だが、マルナは手ぶらだ。

 何かあるようには見えなかったが、マルナは手のひらを自信ありげに広げて見せた。

「ええ、もちろんです」

 

「よし………………、釣り上げろ」

「はい」

 

 マルナは腕をバタバタと動かし始める。

 まるで手印を結ぶような動きだが、そこに意味は無い。


 彼女はただ手繰り寄せているだけなのだ。

 タラムとシオンの戦闘のはるか前、フィセラの戦闘の前、シーサーペントに巻きつけていた鉄線を。


 普通には視認出来ないほど細く造られた鉄線糸は、今ではシーサーペントの体の至る所に巻き付き、肉に深く食い込んでいた。

 それはマルナが鉄線を操る動きでさらに深く食い込み、シーサーペントに痛みを感じさせるほどになっていた。

 

 マルナの技術と力、それとシーサーペントに食い込む鉄線の痛み。

 それがあれば、シーサーペント自体の操作さえ問題がなくなっていたのだ。

 

 ミレはマルナが鉄線を操る姿を見て彼女から少し距離を取った。

「そこら辺に出してくれ。目の前に来たら、俺が首を刎ねる」

 数メートル先を指差した。

「……、分かりました」

 マルナは一瞬何か言いたげな表情をしたが、ミレが気づく前に普段の顔へと戻した。


 涼やかな風が2人の髪に触れ、2つの太陽は濃い影をつくらせた。

 そんな緩やかな時間が長く続くことはなかった。


 数秒後、ミレの足元が陰る。

 小さな丸い影が水中から迫り、徐々にその影を大きくしていく。

 影は徐々に輪郭をくっきりとしていき、ミレがそれの眼を捉えた時、彼女は構えた。

 今度のは突きの構えではなく、正中に真っ直ぐ構えた中段だ。


 ミレは殺気を抑えて気配を消した。

「1手で足りる」

 ミレはついさっき使いかけたスキルを頭に思い浮かべる。

 シーサーペントが姿を見せた瞬間に終わらせるつもりだ。


 そして、大きな水飛沫と共に水中からシーサーペントが姿を現した。

 噴き上がった水が落ちて、シーサーペントの体に雨のように当たる。

 そんなものを気にせずに泳ぎ続ける。

 この時まだミレの斬撃は飛んできていない。

 5秒、10秒。それだけ時間が経ってもシーサーペントの首が落ちることはなかった。


「マルナァ!ここに出せって言っただろ?何であんな遠くに出してんだ!流石の俺でもこの距離は届かないぞ!」

 ミレは先ほど自分が言った場所と、200メートルは離れたシーサーペントが顔を出した場所を交互に指差した。

「そんな完璧に誘導できません。小動物ならまだしも、こんな巨大は無理です」

 ミレはマルナに剣を向けて大声でツッコミを入れる。

「先に言えよ!カッコつけちまっただろ!?」

「カッコつけた?……いつですか?」

 

 プルプルと怒りに震えていた剣が、ダランと力なく垂れる。

 

「もういい。自分でやる」

 ひとが変わったように、今度は剣をビンッも操り切先をもちあげた。

 その先は、にミレとマルナの周囲で2人を観察するシーサーペントがいる。


「こっちに来い、<恐怖引力>!」

 殺気の解放。

 実体なきそれは、湖を震わせる。

 草木は静まり風が止む。

 乱れ叫び、我を失っているのはシーサーペントだけだった。

 

 殺さなくては殺される。

 

 ミレの殺気がシーサーペントの本能を刺激したのだ。

 

 今までは違う本気の突進。

 押しのけられた水が大波となる。

「…………まだだ」

 シーサーペントが大口を開けてミレの眼前まで迫る。

「まだ早い」

 ついに両者は互いに触れられる距離まで近づき、そして交わる。

 完全にシーサーペントの口の中に入ってしまうミレ。

 それでも、剣はいまだ振るわれない。

「……あと少し」

 敵の一人を口の中へ入れたことに気づいたシーサーペントが口を閉じる。

 大きく開かれていた口が少しずつ狭まる。

 上顎の牙と下顎の牙が噛み合い光漏れる隙間も無くなる。

 

 その瞬間。

 

「……<残影斬>!」

 閉じかけていた口の隙間から大量の血が噴き出した。

 傍から見れば、それは1人のダークエルフが潰されて出た血に思うだろう。

 だが、シーサーペントが痛みに悶えながら必死に口を開くまいと耐える姿を見ればそれは違うと気づくはずだ。

 

 口の中から斬りつけているのか、と巨大生物との闘いではよくある戦い方をフィセラが思い浮かべた時。

 シーサーペントの頭上に霞が出現した。

 それはすぐに輪郭をはっきりとし、見知った形を作った。

「…………これで最後だ」

 ミレだ。

 

 彼女はシーサーペントの口の名から出現した、訳では無い。

 <残影斬>はそう言った移動スキルではないのだ。

 このスキルは名前の通り、<残した影が斬る>のである。

 高速移動により口の中に生まれた残像が、実体のないはずの剣を振って斬撃を生み出すということだ。

「内側から大分深く斬った。あと残っているのは皮一枚、とまではいかねえが……、このスキルを使うにはちっと薄すぎるぜ」

 

 今なお大量の血を吐き出しながら、泳ぐシーサーペント。

 痛みによって正常な判断が出来ず、水中に戻ろうとしない。

 

 その最後の隙に、ミレの刃が入りこむ。


「これで終幕だ。<三日月狩り>!」

 シーサーペントの頭の上から振り下ろされた刃。

 頭、と、胴体を分けるように横薙ぎに振るわれた刃の軌跡を確かに三日月の形をしていた。

 

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