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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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湖の怪物(6)

シーサーペントの牙がシオンの青いシールドを削る音が響く。

 深いガラスにヒビが入る音にタラムの言葉はかき消されている。

 その言葉がシオンに届く事はなかったが、シオンに対する行動を止めることは無い。

 

 タラムは杖を正面へ突き出し横に構えた。「対象」をしっかりと見つめる。

「<スロー>、<ライトウエイト>」

 それぞれ紫、緑の光がその「対象」を包み込んだ。


 タラムが唱えた2つの魔法は全く逆のものである。

 1つは、対象の速度を落とし鈍化させる反支援魔法。

 対してもう1つは、対象を軽量化させ動き易さや速度を上昇させる支援魔法。

 

 通常であれば、支援魔法を味方に、反支援魔法を敵に付与するのだろう。

 だが今の状況は、通常の魔法の行使というタイミングを大きく逸していた。


 つまり、タラムはシオンに<スロー>、シーサーペントに<ライトウエイト>を付与したのだ。

 なぜそうしたのか。

 その質問を誰かがする間も無く、問いの答えを示すかのように効果がはっきりと現れ始める。


 シオンの思考が鈍り、動きは緩慢になっていく。

 その中でも、彼女は不思議と手応えを感じていた。


 シーサーペントとの激突の瞬間、想定していた倍の威力を受け止めた。

 それはシーサーペントの絶対的な質量。つまり「重さ」からくるものだ。

 それによって、シオンが成功のイメージとして持っていた、下顎を捉え上へ受け流す、というものは激突の瞬間に崩れかけてしまっていた。

 

 だが今、そのイメージは再度はっきりとしたものに変わった。


 力を受け流す技術は繊細である。

 シーサーペントほどの力を流すには、僅かな体幹のブレ、僅かな後退、僅かな角度の狂いは許されない。

 それを補うのが、タラムの反支援魔法<スロー>なのだ。

 シオンを信じたが故のこの魔法は、彼女の動きのブレを極限まで減らし、その動作を確実なものに変えた。

 そして、最大の脅威であるシーサーペントの重さは、支援魔法<ライトウエイト>が相殺していた。

 

 アンフルにおいて支援魔法は万能では無い。

 タラムが用いた<ライトウエイト>を例とするならば。

 その効果は確かに、暗殺者や軽業士、一部の戦士職のジョブを持つプレイヤーには有効だ。

 だが反対に、盾兵や重戦士といったジョブには、彼らの特色を消してしまいかねない禁忌の魔法になってしまう。


 タラムはそんな魔法を巨体を活かして戦うシーサーペントにかけたのだ。

 支援魔法と言う名前が付けられていようと、かける相手を間違えれば、否、かける相手を「選べば」それは正しくデバフ効果を発揮するのである。


 シオンにとってシーサーペントの突進はもはや恐れることは無い。

 ならば今こそ断言出来る。

「……いける!」

 今こそ、この雄叫びは意味を持つ。

「ゥゥウウオオラァ!!」

 

 シーサーペントの視界が少しずつ上を向く。

 頭が持ち上がるのを感じる。


 そうなってしまえば、もう後は誰の力も必要ない。

 シーサーペント自身が生み出した勢いが、頭に続こうと後を追う胴体が、彼を押す出すのだ。

 そして堰を切った濁流のように、飛び出したシーサーペントが空を登って行く。

 長い体がシオンのすぐそばを通過して行く様は、高速の列車が頬を掠めているようだ。


 そんな、未だ安心出来ない状況でシオンを高らかに言った。

「見たか!?やったぞ!」

 タラムは背中を押されたことに気づかないシオンを愛おしく思うも、同僚としては哀れにも思う。

「ええ、見ていましたよ。それよりも早くセラ様と合流しましょう」


 シーサーペントが飛び出した方向は、シオンたちの真上ではない。

 やや後方、少し右にずれている。

 打ち上がったまま、すぐに戻ることは無いだろう。


 それでも、能力を制限された彼女らにはシーサーペントの相手は困難だった。

 そんな状況ならばフィセラと行動を共にする方が良いのは確かだろう。


 

 この時、当のフィセラはと言うと。

 ミレとマルナと共に、シオン達の戦闘を観戦していた。


 協力する気が無い訳では無い。

 それでも、まだ彼女らは互いにどんな人間なのか(設定上では)知らないのだ。

 だからこそ、フィセラ、タラム達、ダークエルフの双子、そしてシーサーペントまで加えた様子見がまだ続いていた。

 

『やるなぁ』

 ミレとフィセラが同時に口を開いた。

 実際は戦闘と言うほどの戦いでは無かったが、2人は満足したようだ。

 シーサーペントの攻撃、シオンの防御、タラムの支援。

 それぞれが放った一手だけだとしても、その力量を計るには十分だったのだ。


 ハモる形になってしまった2人は互いに視線を送る。

「お前もなかなかだったぜ。……あの戦い方はよくわからねぇが、お前が人域にいないのはよく分かった」

「それ褒めてる?」

「勿論です」

 フィセラの問いにマルナが答えた。

「貴方が示した力は、並ではない、などと言う言葉では言い表せない英雄的な実力でした」

 

 ――……示した?

 マルナの何気なく選んだ言葉がフィセラに引っかかる。


「そうだ。俺たちはそんな奴を探してたんだが、こんな所で3人も見つけるとは思ってなかったぜ。まぁ詳しい話は後だ。とりあえず」

 

 ミレは心底嬉しそうに話している。

 その後ろで不服そうなマルナとポカーンとしているフィセラには気付いていなかった。

 

「ちょっと待って。その、なんか、もしかしてこれって……、お前達は強い!私たちと共に戦う資格がある!って言う話?」

「資格なんて言わないが、まぁ、似てるかもな」

 

 ――NPCとの共同クエストの始まりはこんな感じだけど……さすがに。

「面白そうな事に誘ってくれるのは良いんだけど、そういうことを言うなら、そっちも実力を「示して」くれなきゃ、ね」


 フィセラの言葉に意表を突かれたミレはつい笑ってしまう。

「示す?俺たちが誰なのか知ったら」

「いやいや」

 ミレの言葉を遮ってフィセラが話を続けた。

「2人ともなんにもして無いじゃん?」


 ピキッという音が鳴ったような気がした。

「…………」

 何にも?


「自分たちが弱くないってぐらいの力は見せてくれないとさ」


 またピキッと音が鳴った。よく見ると、2個目の血管がミレの額に浮かんでいた。

「…………」

 弱くない、だと?


「姉さん、怒らないでくださいよ」

「黙ってろマルナ。セラ、お前は私が誰だか」


「あ~。名前なんだっけ?」


 ビキッ!

 本当に血管が切れてしまったと心配になる程の音がなる。

 ミレは髪を掻き上げて鋭い眼光をフィセラに送った。

「いいだろう、見せてやるよ!本物の英雄の……、十大強者の力ってやつをなぁ!」

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