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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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湖の怪物

 冒険者協会員であるアルノルドの先導を受けながら、一行は1時間ほどで説明のされた湖に到着した。

 もともとの集合時間が早い時間だったため、ここまで来ても、太陽はまだ頭上を超えない位置にある。

 

 ここはフェアリークロス湖。

 元は2本の川が流れていたのが互いに引き合うように近づいていき、交差したことで出来た河跡湖である。

 湖はとても大きく、都市フラスクの半分程度はあるだろう。

 周囲は草原となっており、ポツポツと林が散在していて視界はそれなりに良好だ。


 モンスターにとって、視界の開けた水場は好む場所だろう。

 だが、狩人にとってもそれは同じだ。

 モンスターが姿を隠せるような場所も限定されている。

 今現在は周囲に他の生物がいる気配もない。


 そのためフィセラたちは警戒レベルを下げて、湖の周りを歩いていた。


「いい景色だなぁ」

 フィセラは湖の水面近くギリギリに立ちながら、目の前の光景を目に焼き付けていた。


 澄んだ水、太陽の光を照り返す水面。

 周りの草原の緑も絶景の助けとなっている。


 湖の上を滑り、冷やされた風がフィセラの頬を撫でた。

「それに気持ちも良いし」

 ――だからもうちょっとゆっくりしようよ。


 フィセラが目を顔を向けた先には、監督官、ダークエルフ、カップルの冒険者がいる。

 彼ら、彼女らは立ち止まることなく進んでいた。

 あのカップルでさえ、景色に見惚れるなんてことはなかったのだ。


 ――現地人からしたら普通のことなの?これが冒険者と旅人の違いかな。

 言葉の意味も含めて、この2つの役割は似たようなものだと思っていたが、冒険者に「ロマン」は少ないようだ。

 

 タラムとシオンは彼らに着いて行かずに、フィセラの横にいる。

 だが、それが景色を見るためでないのは明白だった。

「セラ様?そのように水に近寄ってはお洋服が汚れてしまいますよ」

 彼女らの視界にはフィセラしかいないようだ。


「皆んなは先に行ってるね。私達も行こうか」

 湖の縁に居たところでやる事は無い。

 これがアンフルであるなら釣りのポイントとしては最高の場所だが、ここでいきなり釣りをしだすほど彼女は空気を読めない訳ではない。

 

 タラムの横を通り過ぎて列の後ろを追いかける。

 すぐにタラムはフィセラの背後に付き従った。

 

 だがシオンは、湖でのある発見により、少し遅れて加わった。

「セラ様!すっごい大きな魚がいましたよ!そうだ、私が釣ってきます!」

 そう言うと、背負っていた大きなリュックから何かを取り出そうとする。


「やめなさい。今食べるつもりなの?」

 フィセラはシオンを落ち着かせる。

「もうすぐお昼になります。何か食べなくては……、魚はお嫌いでしたか?」

「そうじゃないけど……」


 彼女はどちらかと言えば魚料理は好きだ。

 だが、今それは関係ない。

 試験中の今、ここで釣りをする必要は無いということを説明した。


 ポチャン……。


 説明し終えた時、とても小さな水音が聞こえた。

 シオンの言う通り魚がいるのだろう。

 フィセラはあまり気にしなかったが、少しの好奇心で首を回して水面を見た。

 魚の影は見えなかったが、その代わりに視界の端で動く者たちを発見した。

 フィセラのさらに後方にいる男達だ。


 全員が男の5人組パーティである彼らは、唯一、荷物運搬のための馬を一頭連れていた。

 その馬に水を飲ませるために、足を止めていたのだ。

 馬が水を飲むのがなんだか可愛くて、つい長く見てしまう。

 すると、その近くに立つ男がおもむろにズボンのベルトを外し始めた。

 もちろん、フィセラの視線に気付いてのことではない。

 湖に向かって用を足そうとしたのだ。


「チッ!……ダメだなあいつらは」

 文句を言いながら、フィセラは男が下半身をあらわにする前に視線を逸らした。

 タラムたちも同様にそうしている。

 

 この時、冒険者のタラムは男たちに呆れたような反応を示した。

 だが同時に、「エルドラドのルビーナ・ラムー」はヘイゲンへ送る「フィセラ様を不快にさせた人物」という名の抹殺リストに彼らを加えることを決めていた。


「そう言えば、この辺りにいるモンスターは何なの?周りにはいそうな気配はないけど……、水の中じゃないわよね」

 湖の規模を考えれば、そういった水生モンスターがいてもおかしくはないだろう。

 男たちがいる後ろの方を見ないように、水面を見ながら歩いて行く。

 

 だと言うのに、気になる音が背後から聞こえてきた。

 ズルズル、という何かを引きずる音だ。

 それもかなり低い音である。

 重く大きな何かが地面を引きずられているような想像をするが、途中でやめた。


 男のそういった行為の音を聞いたことがないため、想像力が足りなかったのかもしれない。

 もしかしたら、そんな音が出てしまうのかもしれない。


 そう思うことにして、フィセラは後ろを気にせずに先へ進んだ。

 それでもズルズルという音がすぐに止まる事はない。

 ――長くない?

 そう思い始めた瞬間、音が静かになり、最後にポチョンと水音を立てて例の音は完全に止んだ。


 ただひとつだけ不自然な点がある。

 男たちの途切れることが無かった話し声が聞こえなくなった。馬の呼吸やいななきが聞こえなくなった。

 背後に生命の気配を感じなかったのだ。


 フィセラは背後を振り返ることに少しの抵抗があったが、後ろの状況を確かめることを優先した。

 

 波紋の広がる湖面、そよ風にやれる草原。

 人間が介入できない純粋な自然がそこにはあった。

 自然だけがそこにはあった。


「……………………あれ?どこ行った?」

 

 5人の男が姿を消した。

 彼らが自ら、突然、姿を隠したのか。そんな理由は無いだろう。

 ならば誰かが、あるいは何かが彼らを襲った。

 とするなら、答えはひとつだ。


 ――モンスター!……空か!

 これほど見渡しの良い空間でフィセラたちに気付かれずに動くことは簡単じゃない。

 フィセラは勢いよく顔を上げた。

 そしてそこにあったのは、澄み切った青空と照りつける2つの太陽だけ。

「まぶし!」

 

 そう言って視線を下に戻すと、タラムとシオンは鋭い目つきで湖の方向を睨んでいた。

 ――あ、そっちなのね。

 フィセラは何事もなく、そして恥ずかし気もなく、2人を真似て湖面に体を向ける。


「何か見える?」

「はい。セラ様」

 タラムは目ではなく、魔力探知によってモンスターを捉えていた。

 焦りを感じさせないタラムの顔を見て、フィセラは警戒を少し緩める。シオンも同様だった。

 

 タラムは話を続ける。

「私は勘違いをしていたのでしょうか?この試験は極めて初歩的なことを課すだけだと思っていましたが……、これではあまりにも、ゴブリンとの差が……」

 この時フィセラは違いを感じなかったが、ほんの少しだけ付き合いの長いシオンはタラムの感情の動きをかろうじて察知した。

「これでようやく、セラ様もご満足出来るはずです」

 彼女が覚えた感情は、喜び。

 フィセラがゴブリンとの戦闘に飽きていることを知ってるからこそ、このモンスターの登場を喜んだのだ。

 

 タラムは杖の先を湖につけて魔法を使った。

「姿を現せ。如何なるものも我から逃れること叶わず、<マーキング>」

 たちまち彼女の魔力が水に流れ込んでいく。

 

 ――マーキング?アンフルにもある魔法だけど……、ぐうぜんだぁー。

 勘繰ることは一切しないフィセラである。

 

 流れ込んだ魔力が件のモンスターに触れ薄っすらと光を放つ。

 魔法の光だ。水中だろうと関係はない。

 はっきりとした光が、その姿を形作り始めた。


 右で左で、手前、奥、さらには湖の下や上。

 至る所で浮かび上がった光が徐々に繋がっていき、一本の線へと形を変えていく。

 ――おおお!お?おお?……なんか長……いやデカ……。

 

 その時、それが顔を出した。

 <マーキング>はモンスターを対象にして多少目立つようにするだけで、攻撃性の無い魔法だ。

 だが魔力を湖に流したことで、それが違和感を感じたのだろう。

 その顔を見た時に、フィセラが最初に思ったことは、ウツボだ。


 マーキングによって浮かび上がった長い胴体を見ただけでは、フィセラが蛇を連想するのは仕方ないだろう。

 1時間前に<尾の無い蛇・ユハタン>を召喚したばかりでもある。

 だが、それの顔を見れば違いは明らかだった。

 

 ウツボのような顔だけが、水の上に浮かんでいる異様な光景。

 フィセラやタラム達はただその光景を見ていることしか出来なかった。

 

 それが顔を出したのは一瞬である。

 すぐに顔を隠したという意味ではない。

 その逆、顔をドンドンと高くにあげていったのだ。

 長い胴体がピンッとまっすぐに起立し、顔はまだまだ空を目指して昇っていく。

 だが、それが見つめる者はやはりフィセラだった。


 それと目を合わせ続けるフィセラが、姿の酷似しているモンスターの思い当たる名前を叫ぶ。

「シーーサーーペントォ!!」

 ――面白くなってきたー!!。

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