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最悪の魔王を誰が呼んだ  作者: 岩国雅
黄金を求める冒険者たち、饗宴と死闘の果てに
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仲間の予感(3)

 ――眩しいなぁ。

 フィセラは目を細めながら洞窟の外へ出てきた。

 まるで久しぶりの太陽を見るような反応だ。


 実際のところ、そういった明暗の影響を受ける肉体ではないのだが、人間としての記憶が体をそう動かしていた。


「はぁい」

 和かなに片手を上げて挨拶をする。

 だが(後ろの方でお辞儀をする2人をのぞいて)反応はほとんど無かった。

 それを見てフィセラはある事を思い出した。

 ――早く来すぎたかな?終わったら帰ってきても……あ……ゴブリンの歯持ってきてないや、耳だっけ?……どうしよ。


 訝しげな顔を浮かべながらアルノルドが近づいてきた。

 その表情だけで次に発する言葉は想像できる。

 だが一応はそれを聞いておく。

「どうしてここに?ゴブリンに遭遇しませんでしたか?」

「…………」

 フィセラはアルノルドの目をまっすぐ見据えながら、押し黙っていた。

 

 意味ありげな顔を浮かべながら、言い訳を考える時間を稼ぐつもりだ。


「あの?……近年のゴブリンは人の気配を感じると、かなり奥に隠れるようで、見つけるまで時間がかかるかもしれません。なので~、戻ってもう少し探索をしてほしいのですが~」

「…………」

 

 いくつか言い訳を考えたが、良いものは思い浮かばなかった。

 それにゴブリンの歯は持っていないし、もうゴブリンは1っ匹だろうと残っていないのだ。

 この状況でフィセラが言えることは1つだった。

 

「いなかった」

「?ええ、ですから、もう少し」

「だから!探したけどいなかったの!」

「ですからぁ!」


 同じ問答を繰り返すフィセラとアルノルドを他の者達は遠巻きに眺めていた。

 そんな時、2人とは違う者から発せられた言葉が注目を集めた。

 

「おかしいな」

 あのダークエルフ、姉の方である。

 座った状態で地面をじっと目詰めて、ブツブツとしゃべっている。

「本当に消えた?さっきまで声は聞こえてたぞ。かなり下の方だが、振動もあった……どういうことだ?」

 ダークエルフは立ち上がって、洞窟の方へ向かって行く。

 大股で素早く動く彼女は、フィセラの横を颯爽と通り過ぎて洞窟の入り口で立ち止まった。

「…………静かすぎる」

 

「あの~、エルフの方?」

 アルノルドが後ろから話しかけて来た。

 低姿勢で上目遣いをする男を無視して、彼女を洞窟に目を向け続けていた。

 

 だが、アルノルドがここで待つという選択をするには、この状況は想定のはるか外にありすぎた。

 

「もしや、索敵のスキルや魔法をお持ちで?それでしたら、本当にゴブリンが」

「少し、黙れ」

 アルノルドは彼女の瞳に悪寒を感じた。

 洞窟から吹く冷えた風の影響ではない。

 目の前の女の瞳に宿る冷たい殺気を感じてしまったのだ。

 流石のアルノルドも隠す気のない強者のプレッシャーを受け口を閉じた。

 

 うるさい邪魔を排除したダークエルフは耳を澄ました。

 周囲の一切の雑音を取り払い、洞窟から聞こえる音だけを捉えようとしたが、聞こえて来るのは「無音」だけだった。


 ありえない……。

 確かにいた。聞こえた。この地下にゴブリンを存在を感じた。

 だが、今は何もいない。なぜだ?

 ゴブリンが全員で口を押えたとしても無理だ。これほどの静寂なら、私ならば、心臓の鼓動でも聞けるはず。

 虫の羽音さえ無いのは異常だ。

 だが事実、今この洞窟は「空」だ。


 なにが起きた?


 なにをした?


 ダークエルフは振り返り、フィセラと目を合わせた。

 怪しいところは無い。

 それでも、彼女の勘が警告していた。

 目を離すな、と。


「お前は」

「いなかったでしょ?ゴブリン」

 フィセラが言葉を被せる。

 エルフが何かを言っていたのに気づいて聞き返す前に、エルフが先に答えた。

「あぁ、確かにこの洞窟にゴブリンは居ない」

「だと思った!」


 そうして、フィセラは彼女に礼を言うと仲間のもとへ帰って行った。

 シオンと名乗った女たちのところだ。


 ダークエルフはフィセラの背中を目で追っていた。

 親の仇を見るような鋭い視線だ。

 その顔は笑みの一切無い冷徹なものだった。

 

 今エルフを刺激すれば、彼女の冷たい刃がこちらに向くのではないか、そう思わせるオーラを出している。

 だが、恐れずに声をかけてきた男がいた。

 またアルノルドだ。


「いやいや、ゴブリンが居ないなんてありえません!……数日前に冒険者に依頼して確認して貰ったばかりですよ!?」

「そんなの知らねぇよ」

 先程まで、軽く仕事をこなしていた男には似合わない焦り様だった。

「とにかくオレたちは入らない。時間の無駄だ」

「あ!そんな!……それじゃあ」

 

 アルノルドは周りを見回した。

 他の冒険者の反応を確認したのだ。

 こちらに好意的な表情をしている者は1人もいなかった。

 おそらく、洞窟へ入る者は誰もいないだろう。


 頭を抱えて、どうするべきか?と唸るアルノルドの前に、もう1人の協会の監督員エリンが歩み寄った。

「まさか、ゴブリンが消えているとは……、街に帰ったら、確認依頼を受けた冒険者にはランクの再申請を出しておきましょう。これはランク降格させるべきです」

 

 エリンの言っていることは、至極真っ当なことだった。

 試験進行の責任は監督員にあるが、この洞窟の監視は定期的に協会が行っている。

 その依頼をお粗末に行ったとあれば、依頼を受けた冒険者を責める口実はできる。

 

 だが、アルノルドにはそんな事はどうでも良かった。

 こんな意味の無い話をする気も起きなかった。

「無理だ、帰れない」

「どうしてです?責任は私たちにありません。協会には私が報告します。ここにいる彼らも理解してくれるでしょう。だって、どうしようもないんですから」

 エリンはなるべく落ち着いて話しかけた。

 滝のような汗を流すアルノルドの異様さを見てとれたからだ。


 そんなエリンの対応にも、アルノルドは良い反応を示さなかった。

「どうにかするんだ」

「……何かあるんですか?」

 アルノルドはしびれを切らしてエリンを引き寄せる。

 いきなり顔を近づけられ、エリンは顔を赤くしてしまう。アルノルドの顔は逆に真っ青になりつつあった。

「……ある貴族に頼まれたんだ。今回の試験に参加する2人組には3つ星のランクと冒険者資格を用意せよと。それに時間をかけるなとも」

「そ、それは裏工作ですか?なぜこんな試験に?」


 エリンの考えていることは分かる。

 この試験に裏工作をする価値など無いのだ。

 伝統的に行われているだけで、特別なものでは無い。


「そんなのは知らん!とにかく俺は既に……いや、いいから!今日試験を行うんだ!」

「すでに?」


 アルノルドの口からこぼれた言葉をエリンは聞き逃さなかった。

 そして想像も簡単にできた。

 

「すでにお金は貰っている、ですか?まさか賄賂まで受け取っているとは……。まあこの仕事は清廉潔白でなくていけない仕事ではありませんから、別にいいですけど」

 そうは言ってもエリンが彼を見る目はすっかり違うものになってしまっていた。

「お金があるなら、それを使って強引に資格を与えればいいのでは?書類の改ざんぐらいできるでしょう」

 これで解決と思ったが、アルナルドは首を横に振った。

「それじゃ駄目なんだ。その貴族は、何もする必要は無いって言ってた。不正や偽造の資格ではなく、真っ当に試験を終わらせろってことだ」

「それじゃ賄賂はなぜ?三ツ星を与えろと言われたんですよね?」

「違う!実力相応のものを用意しろ、と言われたんだ。……それが3つ星らしい」

「つまり、今日予定通りに試験を終わらせて、資格の発行をほんの少し急ぐ。それだけを頼まれたんですか?」

 

 ウンウン、とアルノルドは首を縦に動かした。

 ようやく理解してくれたかと彼は少し嬉しそうだったが、エリンの方は余計に混乱していた。

 

「その貴族とは……、いいえそちらはいいです。聞きたくありません。2人組とは?2人のパーティは3つもありますけど?」

 アルノルドは肩をすくめて、フルフルと顔を振る。

 

 どうやら知らないようだ。

 それすら知らないことに、エリンは少しの怒りを覚えるが、ここでそれを爆発させる必要はない。

 とりあえず、その3つのパーティを見ながら推測をすることにした。


「さっきまで騒いでいた2人。魔術師と戦士の2人組は違いそうですね。元々は3人でパーティを組もうとしていたようですし」

「そうだな」

「あっちのエルフも違うでしょう。あれって……ダークエルフですよね?私初めて見たんですけど。とにかく、王国の貴族がエルフの支援はしないはずです」

「俺もそう思う」

「ならあのカップルですか?3つ星相応には見えませんが……少しの贔屓目が入っているかもしれませんね。あの2人には注意しておきましょう」

「よしわかった」

「…………」


 いいように言えば素直、悪く言えば何も考えていない。

 そんな彼にエリンはそろそろ怒りを爆発させようかと考えたが、ギリギリのところで彼自身がそれを邪魔した。


「この辺りで試験に適した場所はあるか?モンスターがいれば、それでいいんだが」

 いつの間にか彼の中でエリンは協力者になっているようだ。

 だが、諦めろと言うタイミングはもう過ぎてしまっていた。


 エリンは仕方なく記憶を探る。

「ええっと、危険地帯がこの近くにあります。あ!ごめんなさい、あそこは……ダメですね。そうすると、他のところは〜…」

「待て!近くにあるんだな?危険地帯が?よしいいぞ、そこに行こう!」

 アルノルドの顔色はすっかり元に戻っていた。

「無理です!そこは危険すぎます」

「なにを馬鹿なことを言っているんだ?危険地帯のようなモンスターが確実に出る場所じゃなければ試験をまともにできないだろう?ある程度の危険は皆承知しているはずだ」

 アルノルドは話は終わりだと言ってエリンから離れる。

 地面に置いていた砂時計や水筒などを素早くバッグに詰め込み始めた。

 

 そんなアルノルドの様子を見ながら、エリンは動かずにいる。

「そのエリアにいるモンスターの討伐依頼を、ある冒険者が引き受けています。私たちがそれを邪魔してしまったら問題になりますよ」

「その程度の問題はいつものことだろ。気にするな」

 最後の荷物をバッグに詰め込みながら、声高にそう言った。

 エリンは続ける。

「やはり危険すぎます。その依頼を受けたのはあのくろ」

「もういい!」

 アルノルドはついに怒鳴った。

 

 他の試験者を気にして、ある程度は声を落としていたのだが、エリンのあまりのしつこさに我慢の限界ご来たようだ。


「怖いのならそう言え、帰りたいのなら帰れ、そうじゃ無いならもう黙ってろ!……いいな!」

「何が起こっても、私は知りませんからね」

 エリンはアルノルドを鋭く睨みながら、そう言った。

 そうして彼の言った通りに、エリンはそれ以上何も言わず荷物をまとめはじめた。


 その内にアルノルドは皆んなの前に立ち、話し始めた。

 だが、あまり多くは口にしなかった。


 予備の試験がある。

 次の場所はここから近い湖。

 油断をしないように。


 これだけを伝えて説明を終わらせた。

 そして、先導をするからと足早に先へ言ってしまったのだ。

 

 疑問や納得していないことは山ほどあるが、試験者たちは彼についていくしかなかった。


 この時、最後尾にいたのは2人のダークエルフだ。

 一行から離れて何かを話していた。

「姉さん、彼らの話を聞いてましたか?」

「ん?まぁ、ちょこっとだけ聞こえたかな」


 常人とは比較にならない聴覚を持つ2人には、アルノルドとエリンの会話は、全て正確に、聞こえていた。


「協会に接触した貴族とは……やはり……」

 妹が少し心配そうな声で姉に話しかける。

「メロー公爵だろうな」

 姉の方は、この話を気にしていないかのような口ぶりである。


 ダークエルフの姉妹はそのまま話を続けた。

「あの男は馬鹿じゃない。オレたちが無意味に時間を稼いでいるのには気づいてるだろう」

「これは警告でしょうか?」

「警告?逆に支援だろ?……あるいは、お前たちが何をしているのか知ってるぞ、てことかもな。まぁ、こんな回りくどいやり方をしている限りは大丈夫だ。気にするな」


「ですが、一応近いうちに報告をしに行きましょう。彼を放っておくだけでは、必要な時間を得ることは出来ませんから」

「またかよぉ?」

「冒険者の地位や教会の協力のために、という建前で今日の時間を貰ったのですから、これが終わったら報告です」

「わかったよ、……だがなんか、今日は面倒な事になりそうだぜ」

 姉はニヒヒと不敵に笑う。

 妹は対照的にため息を吐いた。

「……心配です」

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