仲間の予感
フィセラがユハタンを召喚する少し前。
彼女が洞窟に入って行ってから、ほんの数分後。
タラムは何度目かのため息を吐きながら、洞窟の入り口を凝視していた。
「次のパーティはいつ入るのですか?もうかなりの時間が経ったのでは?」
続いて、鋭い目をアルノルドに向ける。
「それほど時間は経っていないと思いますが……。ほら、この通り」
そう言いながら、彼は砂時計を持ち上げた。
フィセラが洞窟に消えてから、皆んなの前で逆さまにすることでスタートさせた砂時計だ。
その中身はまだ半分ほどの砂が上側に溜まっていた。
「何か細工を」
「する必要がないでしょう?」
タラムの言葉に被せるように、アルノルドは呆れ気味に答えた。
「魔法アイテムの砂時計ならまだしも、これは何の変哲もない砂時計ですよ」
それを証明するように上下にクルクルと回した。
「時間が狂いますから、回さないでください」
隣にいたエリンがアルノルドに注意する。
彼は、申し訳ない、と適当に頭を下げた。
緊張も焦りもしていない2人のやり取りを見てあきれてしまう。
チッ、と舌打ちをしながらタラムはこれ以上の文句は言わなかった。
これがただの「文句」だということは分かっていた。
それでも黙っていることは出来なかった。
「フィセラ」を1人にすることは、許可されていなかったのだ。
タラムは監督員をチラリと見る。
ちょうどアルノルドが砂時計を地面に置いているところだった。
他の試験参加者にも見える位置だ。
ほんの数秒で砂が減るわけもない。
というより、あの男が振り回したせいで、気のせいだろうが、少し砂が増えている気もする。
どちらにせよ、タラムとシオンの番はまだまだ先だ。
その番が来るまでの時間を考えると、怒りが込み上げてくる。
タラムは一度深呼吸をして心を落ち着かせた。
息を吐くというよりも、長いため息のようだったが、それでも少しだけ心は落ち着いた。
タラムはそうして「同僚」のもとに戻って行った。
シオンは仁王立ちでタラムを待っていた。
「どうする?タラム。強行突破して洞窟に入ってしまうか?」
その準備は出来ている、と言わんばかりの顔だ。
タラムはそれを諌めるように優しく、そして自分たちの役目を思い出させるために力強く、言葉をかける。
「確かにヘイゲン様が私たちに与えた任務はあの御方をお守りすることよ。そのためならば、多少の無茶もいいでしょう。「シヨン」、あなたの言う通りにね」
続けてるるが、もう一段強く言葉を使う。
「ですが、その御方に賜った使命を忘れてはいけません。……今の私たちはただの冒険者。ただのタラムと……「シオン」なのよ」
シオンはハッと何かに気づいたが、それでもやはり気になることがあるのだろう。
彼女はそんな顔で固まっている。
タラムはそれを覗き込むように首を傾げた。
「わかった?」
ギルド・エルドラドの所有する拠点・ゲナの決戦砦。
最初のステージである城門および城壁、門前広場ステージ。
そこへ配置されているNPCの中に、こんな2人がいる。
名前はルビーナ・ラムー。アンチ支援魔法を得意とするNPCだ。
もう1人はシヨン。純粋な戦士職のNPCである。
普段の彼女らは、顔を隠すような装備アイテムで素顔を表に出さないようにしている。
素顔を知るものは少ないだろう。
だが、ここにいるタラムとシオンは、どことなくそんな2人に似ていた。
NPCである2人の素顔はこんな顔なのだろう、と想像できるような雰囲気を纏っていたのだ。
ただの一般人とはかけ離れた2人。
そんな怪しげな冒険者が目立たない訳もない。
「シオン?シヨン?名前はどっちなんだ?」
褐色の耳長、ダークエルフの1人がタラム達に話しかけてきた。
いつの間にか近くにいた彼女は、大きな荷物に足を広げて腰をかけている。
少し離れたところにもう1人のダークエルフがいる。
彼女はこちらを気にせず、目を瞑っていた。
近くにいる方が「そう」だと言うわけではないが、瞑想している彼女を洗練と表すなら、こちらは少し「粗暴」だ。
「オレは耳が悪くてな。よく聞き取れなかったんだ。教えてくれよ……、これも縁ってやつだろ?」
ダークエルフの口角が上がる。
嫌な顔だ。
「ゴブリンの相手なんて億劫だろう?……なんでオレたちが、1000年前のテメェらの尻拭いをしなくちゃなんねぇんだ。最後の始末もつけられねえくせに、飼いならしてるつもりだ……いつか制御できなくなるぞ…………な?そう思うだろ?」
こちらに聞かせる気がないような喋り方だったが、最後に突然こちらに振り返った。
「で?……名前は?」
タラムたちは確かに喋っていた。
だが、人前で堂々と話していた訳ではない。
出来る限りの小声だった。
高レベルステータスの<聴覚>に頼った小声だ。
油断はしていた。
だとしても、その油断をつける相手はそうそういないはずだ。
タラムは穏やかに、シオンは苛烈に、警戒の姿勢をとった。
「名前は……シオン、だ」
ゆっくりと腰に掛けた剣のつかに手を伸ばしながら、名前を答える。
「ふーん。いい響きだ。…………で、なぜそう怒る?聞かれたくねえ大切な名前だったか?」
含みのある言い方だ。
「もちろん。名前も命も、全ては神に与えられた大切なものだ」
エルフは納得したようにうなずいた。
「信仰者には見えなかったが……。そうかい、大事にしな」
面倒になりそうな会話を切り上げたようにも見える。
この時、シオンが伸ばしていた手が遂に剣を掴んだ。
「それともう1つ。私が怒る理由を聞いたな?」
ダークエルフは荷物に腰を下ろしたまま、動かなかった。
不思議なほど闘気を持たない姿が、逆に不気味さを煽っている。
「ああ、どうした?」
「私のリュックから下りろ」
「は?…………ん、……あん?」
エルフは顔を下に向けると、固まった。
「あれ?オレのじゃねぇな……」
少しすると、もう1人のダークエルフの方を向いた。
視線の先には、地面に置かれた荷物がある。
そこには、彼女が尻に敷いたタラムのリュックに似た物があった。
だいぶ色褪せて小ぶりだが、似てると言えば似てるだろう。
ダークエルフはビンッと立ち上がる。
「アハハ、ハハ。……悪いな」
そう言って、バツが悪そうに去っていった。
ポリポリと頭をかきながら帰っていく後ろ姿から独り言が聞こえてきた。
「どうりで覚えのない荷物のはずだ。恥ずかしいなぁもう」
もう一人の元へ戻ると、声をかけられていた。
「姉さん?何してるんですか?」
「おい!喋りかけるな。目立っちゃうだろ!」
「何言ってるんです?」
粗暴な方のエルフは妹に見られ(変人を見るような眼で)ながら、自分のリュックを尻で潰す。
「私の服に皺が付いたら、買ってくださいね」
「…………やだ」