プロローグ(0)
「彼女をこちらに渡すんだ。エルドラドのギルド長よ」
2対4本の羽。光り輝く金色の長髪。神気纏う聖剣。
この世界でも珍しい天使の姿をした長髪の男性プレイヤーが言った。
正面に立つ漆黒の装備の女性プレイヤーは緊張感のない顔をしている。
「……………………え、何だって?もう1回言ってくれない?」
互いに距離はあるが、声が届かないほどではない。
この女性プレイヤーの挑発である。
この時この場で、冗談を口にする女に天使は怒りをあらわにした。
「ふざけるな!このクエストはワールド規模なんだぞ!クエストの失敗は帝国の滅亡を意味する!その少女の封印でそれを避けられるんだ!」
滅亡。
その言葉が嘘でないことは、彼女たちのログインしている「フィールド」が証明していた。
彼女たちがいる帝都に押し寄せる大小さまざまなモンスター。
大地を埋め尽くす魑魅魍魎の亜人、空を覆う怪鳥の群れ、地を這う巨大なワーム、最強の格を見せつけるドラゴン。
巨大な津波のように、モンスターの肉の壁がこの帝国首都を囲う壁へと激突していた。
ただの壁だけでは、邪悪な意思を持った津波を押し返すことは出来ない。
何百万を優に超えるプレイヤーたちが今現在も戦っているのだ。
そんな戦場の中、あらゆる音が飛び交う中で女は天使に言葉を返す。
「封印?……なんでこの子がそんな目に合わなくちゃいけないの?皆んなでモンスター全部倒せばいいじゃん!」
「すでにこの防衛戦は20日も続いている。一向に勢いは弱まらない。そればかりか、モンスターのレベルは少しずつ上がっている。それもすべて!その子の呪いが原因なんだ!今すぐに封印をしなければ間に合わない。遊んでいる暇はないんだ……少女をこちらに渡せ!」
「ハハハ、そんな本気になんないでよ。これはゲームなんだよ。遊びでしょ?…………まあ、でも、私はふざけてここに立っている訳じゃないけどね」
女は少女をかばうように天使の前に立ち塞がった。
「我々は封印でなくても構わない。戦闘が始まれば、その少女の命は保証できないぞ」
「いちいち言わなくてもいいよ。私たちはこの子を守るために来たんだ…………さて、どっちが正義だろうね~?」
不敵な笑みが女の顔に張り付く。
天使は神々しい聖なる剣を構えた。
「正義は我々にある」
女の影がより暗さを増して、揺れ動いた。
「あっそ、じゃ、私は「悪の王」ってわけだ」
今、帝都を襲うモンスターよりも、さらに恐ろしい戦いが始まろうとしている。
「帝国の平和のために」
「チッ!少女一人の幸せ奪って成り立つ平和なんて、意味はねぇだろうが!」
この日、ある2つのギルドの対立を発端とする2000万人以上のプレイヤーを巻き込んだ大戦争は熾烈を極めた。
だが、決着はすぐについた。
帝都を囲むモンスターの大群がいる中、戦いが長引く事などなかったのだ。
そして瞬く間に世界に知れ渡った。
この戦争の勝者の名と、戦いの先頭に立った「彼女」に送られたある称号。
名は、フィセラ。
称号は、魔王。
その称号は冗談で与えられるものでは無い。
魔王。
それは人間の敵。
魔王。
それは、世界に仇なす者。
この戦争の1年後。
魔王があるべき世界に「生まれる」。