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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

泡沫の物語

作者: 七波十夢

 マーシャ・サライブス。


 凛と美しく立つ姿に隙はない。

 容姿、能力、人格、胆力、なにもかもが次期国家元首として完璧な彼女は、とうてい人の腹から生まれてきた人間とは思えず、実は彼女の父である国王が密かに作り出した人造人間ではないかと噂されている。


 どれほどの躾と教育がなされたのか。

 完璧主義の父である国王に国家元首たれと育てられたマーシャになされたものは、一般家庭の子供が聞いたら泡を噴いて気絶しかねない、下手をしたら自殺しかねないほど厳しいものだったが、それしか知らないマーシャにとってはそれが当たり前であり、厳しいものだとは思っていなかった。

 もちろん、飴と鞭で父と母の愛情もしっかりと注がれた。その八割は人格形成プログラムに指示された見せかけの愛情でも。

 そのため人格が歪むこともなく素直に育った。


 だからなのか、彼女に近しいものだけが知る欠点が一つあった。

 部下を信頼しすぎること。

 失敗にも裏切りにも寛容なのだ。

 器が大きいと言ってしまえばそれまでだが、側近達の気苦労は計り知れない。

 足をすくわれないように常に目を光らせておかなければならないからだ。


 そんなマーシャは、まだ恋を知らない。







 麗かな春のある日の午後。

 上位貴族や大臣、財界人などを招待して開かれた王家主催の園遊会が王城にて開かれた。

 その会場の一角に盛大なため息をつく若者がいた。

 国内でも有数の大企業の御曹司パーシー・マイルズだが、そのため息がよほど大きかったのだろう、突然声をかけられた。


「もし、そこの方、お加減が優れないのですか?」


 パーシーが声をした方を見ると、小柄だが目を見張るほどに美しい青年が心配そうな顔をして立っていて、続けて休憩室まで案内しようかと言う。


(えらく綺麗な男だな……)


 男相手に鼓動が早くなり顔が赤くなる自分に羞恥心を覚えながらなんとか声を出す。


「あ、ありがとうございます。お気遣いには及びませんよ。……あなたもそれだけ美しいのですから、女性に囲まれた経験がおありでしょう。私の場合は顔ではなく立場と金に、ですが。なぁに、気持ち悪い作り笑いを浮かべた顔と吐き気をもよおす強い匂いに囲まれて、少々精神にダメージを食らっただけですから」


「それは、ふふ、ご愁傷様でした。ですが、それでしたら尚更休憩された方が宜しいのでは?」


「いえ、植物の側にいれば回復しますから」


「植物の側……では、この先の花園の奥に四阿がありますから、そちらはいかがですか?」


 そこは立入禁止区域じゃなかったかとパーシーは疑問に思ったが、女から逃げられてしかも植物を堪能できるならと了承した。

 美しい青年は少し離れた場所に立っていた男を呼び寄せて何やら伝えると、では参りましょうと四阿に向かって歩き出した。

 パーシーがそれに続くと、「せっかくだから花園を回りますか?」と聞かれたので自然や植物が大好きなパーシーは喜んで了承した。

 美しい青年はパーシーが自然や植物が好きだと知ると、育てられている植物についてあれこれと説明しながら花園を案内した。


 二人が四阿に着くと、お仕着せを着た女性が三人立っており、テーブルの上にはお茶とお菓子が用意されていた。

 少し離れたところには警備員と思われる男も数人立っている。


「え?」


 思わずこぼれたパーシーの声に


「ああ、自己紹介がまだでしたね。私はマーシャ・サライブスです。以降お見知りおきを」


 思わず叫びそうになった己の口に手を当ててなんとか飲み込んだパーシーは、自分の頭の悪さを呪った。


(俺はバカか。なんで気が付かなかったんだ。立ち入り禁止の場所に許可を取らずに入れて、しかもその説明が詳細にできるなんて、その家の人間、つまり王族以外にいないじゃないか! いや、でも、ちょっと待て、この年齢の男の王族は……いなかったよな。……こんなの気づかなくても仕方ないじゃないかーーーーー!)


 目の前で百面相を繰り広げるパーシーに笑いそうになるのを必死に堪えながらマーシャは理由を話した。


「騙そうと思ってのことではないのですが、驚かせてしまったようですね。あなたが女性に囲まれて辟易されていたように、私もこのような会場では男性に囲まれてしまい……私の望む交流が難しのです。ですから、男装をすれば自由に動けるのではと思いたち、本日初めて実行してみた次第なのです」


 どうぞ、と促されるままに座ろうとしたパーシーは、お尻が座面に付くか付かないかの内に勢いよく立ち上がり


「遅れましたが、私はパーシー・マイルズと申します。二十三歳です! よろしくお願い申し上げます!」


 言い切ると改めて着席した。顔が真っ赤だった。

 マーシャはついに吹き出してしまった。


「ごめんなさい。あなたの、マイルズ様の表情とお顔の色が、その、あまりにもクルクルとお変わりになるから、おかしくて」


 声を上げて笑う姿に、人造人間と言われるほど完璧な王女様でも声を上げて笑うんだなとパーシーが変な感心をしていると、笑い終わって落ち着いたマーシャがパーシーに話を振った。


「自然と植物がお好きだと先ほどお聞きしましたが、何か好きになる切っ掛けでも?」


「大したことではないのですが、学生時代に仲間と山にキャンプに行きましてね。そのときに初めて、自然があり、植物には命があることを実感したのです。そんなことは常識なのですが、キャンプに行くまでは木も草も花も、私にとって街を彩る装飾に過ぎなかったものですから」


 そうしてキャンプに行ったことで自然の素晴らしさと植物の素晴らしさを知ったパーシーは、それ以来キャンプが趣味になり、植物が大好きになったと話した。

 更に、夜空も街中とは全く違い、寝転がって見るそれは最高に素晴らしいのだと話した。


「やっぱりそうよね、キャンプに行って寝転がって見上げる夜空は、最高よね」


 予想外の同意に驚いて思わず尋ねる。


「王女殿下もキャンプに行かれたことがあるのですか?」


「はい。私も趣味がキャンプなのです」


 実は、マーシャは数少ない休日の全てを趣味のソロキャンプに使っていた。

 凍えるほどに寒くならないこの国は、冬でもキャンプができる。

 そのため、オールシーズンキャンプに行く。

 側近から街でショッピングをするとかカフェ巡りをするとか読書をするとか、もっとレディらしい休日の過ごし方があるのではと言われることもしばしばだが、大自然の中、澄んだ美味しい空気と人のいない空間で過ごす時間は、常に頭を酷使し続けるマーシャにとって、なくてはならない時間だった。

 もちろん護衛も付いていくが、護衛可能なギリギリの場所まで離れていて危険な場合以外は一切近づかないので、ほぼソロキャンプなのだ。


 二人の趣味はキャンプ。

 しかも波長が合うのか、お互いに話していて心地よさを感じていたから話が弾まないはずがない。

 二人は時間を忘れて話し込んだ。

 別れる時には一緒にキャンプに行く約束までしていた。




 この報告を受けた国王は、パーシー・マイルズなら問題ないとマーシャの婚約者候補にこっそりと決めて、マイルズ家にも打診し、こっそりと了承を取り付けた。

 こっそりとというのは、本人同士にまだ恋愛感情がないからだ。

 昔のような政略結婚がなくなった現代では、王家もまた恋愛結婚を推奨している。

 但し、相手が貴族である必要はないが、ある程度の家柄は求められる。




 こうして親公認の交流が始まった二人は、何故かキャンプ仲間から先に進まなかった。

 二人の会話はキャンプの話、自然の話、植物の話、星の話、他には社会情勢についてや最近読んだ本についてなどだった。

 周りがやきもきしながら見守る中、園遊会から二年が過ぎたある日、パーシーが他の女性と楽しそうに話している姿をたまたま見かけたマーシャは、相手の女性に向けるパーシーの笑顔が忘れられずにいた。

 その状態でパーシーに会ったマーシャは、初めてパーシーがどこに住んでいるのかも、彼の家族構成も、好きな色も好きな食べ物も、パーシーのことを何も知らないことに気がついた。

 もちろん、キャンプに行ってそこで食べるご飯のこれが美味しいとかこれは好きだとか、そんな話はしたが、キャンプ関係を外すとパーシーについての情報が何もないのだ。

 マーシャの立場だ。調べればすぐに分かることだし、パーシーについての詳細な調査はなされているのだろう。

 でも、マーシャはそれを知ろうとしなかったし、側近も情報を上げなかった。自然に興味を持つのを待っていたのだ。


 マーシャは思わず聞いた。


「パーシー様はどちらにお住まいなのでしょうか?」


 挨拶の次に出た言葉が自分の住んでいる場所を尋ねるものだったことにパーシーは訝しく感じたが素直に答えた。


「メイシェン区の五番地にあるリーデンというマンションの最上階ですよ」


 それを聞いたマーシャは何故か俯いてしまった。そして小さな声でまた聞いてきた。


「ご、ご家族とご一緒なのかしら……」


 いよいよ心配になったパーシーは


「マーシャ様、突然どうしたのですか?」


 聞くと、マーシャは俯いたまま呟いた。


「私、キャンプ以外でのあなたのことを、何も知らなくて……だから、あなたのことが、知りたくて……」


 ああ、ようやく興味を持ってくれたのだと思った。キャンプが趣味のパーシーではなく、パーシー自身に。


 一緒にキャンプに行くようになったパーシーが、マーシャを好きになるのに時間はかからなかった。

 どうやったら完璧人間だと、人造人間だと言えるのか教えて欲しいと思うほど明朗闊達でお転婆な王女は、とっくの昔にパーシーを虜にしていたのだ。


「私のことが知りたいのですか?」


 パーシーの言葉にパッと上げたマーシャの顔は、真っ赤に染まっていた。

 でも、すぐに俯いてしまったマーシャの言葉は尻すぼみになり消えていく。


「知りたいけれど、どこまで聞いていいのか分からなくて……あなたを、その、質問攻めにしてしまいそうで……」


 その姿があまりにも可愛くて、パーシーは思わずマーシャを抱きしめてしまった。

 パーシーより頭ひとつ分小さなマーシャは、パーシーの腕の中にすっぽりと収まった。


 突然抱きしめられたマーシャはきゃっと小さく驚きの声を上げたものの、そのままじっとしている。


 パーシーが静かに「ごめんなさい。でも、少しだけこのままで」と言うとマーシャは小さく頷いた。


 そして、


「あったかい。心も、体も……あったかい」


 ポソっとマーシャが呟くと、マーシャを抱きしめる力が少しだけ強くなった。

 このとき初めてマーシャはパーシーのことが好きなんだと自覚した。


 二人はこのキャンプで告白しあい、改めてこれからはキャンプ仲間ではなく恋人としてお付き合いをしていく約束をした。




 この報告を受けた国王は早速婚約をと動き始めたが、翌日の昼過ぎに殺害されてしまい、婚約の手続きを取れないままマーシャが王位を継ぐことになった。


 犯人は国王を強く恨んでいた王の側近だった。

 完璧主義の国王は、部下のほんの少しの失敗にも厳しかった。

 責める、怒鳴るは当たり前で、酷いときは暴力も振るった。

 王の側近たちは胃薬片手に仕事をしていたほどだ。

 その中でも一人、特に責められる男がいた。


 運命の日、男が運んだ書類を王の前に置いたとき、男の服の袖口に小さな糸屑が付いていただけで身だしなみがなっていないと怒り出した王に我慢の限界を超えた男は、突発的に執務机の上にあったペーパーナイフを目に突き刺して殺してしまったのだ。

 護衛が動く間もなかったそうだ。


 この事件は思わぬ波紋を呼んだ。

 この事件を切っ掛けに、王がこれまで部下にしてきたことが王宮の外に漏れてしまい、元々あった王政廃止を訴える声が大きくなったのだ。

 同時にマーシャが売国奴だという噂が広がり出した。




 この国はレイデン国といい、国土はそれほど広くはないがレアメタルと原油を産出するために豊かだ。

 レアメタルが発見されたのは最近で、それを狙った隣国で超大国のドーレンゲン共和国から平和的な併合の話を打診されたが、ドーレンゲン共和国は人権が無いに等しく思想の自由もないことから、簡単に人が殺される恐ろしい国だと言われており、レイデン国民から恐れられ忌み嫌われているため、丁重にお断りした。

 レイデン国は今も王政を敷いているが、思想の自由が補償され、人権もある程度守られているので、自由で住みやすい国なのだ。

 そのドーレンゲン共和国からの併合話に、女王に即位したマーシャが有ろう事か合意する準備をしていると言うのだ。


 何を根拠にそんな話が出たのかは分からないが、国民の不安は日増しに高まり暴動が起きるのではないかと危ぶまれるまでになった。

 そのため、マーシャはパーシーに悪い影響が及ぶことを恐れて婚約することを引き伸ばしにしていた。




 マーシャが女王に即位して半年。

 恐れていたことが起こった。

 いや、恐れていた以上のことが起こった。

 国王を殺害した男の息子、元公爵家の嫡男だった男モリス・コーエンが反乱軍を組織し、国民を味方につけて王都に攻め入ったのだ。

 王政廃止とドーレンゲン共和国併合反対を大義名分に。


 国民を傷つけるぐらいなら王政は廃止すると、マーシャはこれに抵抗せず反乱軍を王宮に招き入れた。

 しかし、モリス・コーエンは実在しないはずの併合同意書を掲げ、マーシャを国を売る大罪人として公開処刑することを宣言した。

 マーシャは決して同意などしていないし、そもそも併合の話も進めていないと訴え、必ず間違いだったとわかってもらえると信じ続けて処刑の日を迎えた。




 マーシャが処刑台の上に立つと、国民の睨みつけてくるような視線が突き刺さった。

 それでもマーシャは怯まずに、凛と立ち、そしてよく通る声で言った。


「私はこの国を愛しています。いつか、私の無実が証明されると信じています」


 ゆっくりと首にロープを掛けられるマーシャの瞳にパーシーが映った。

 親族だろう高齢の男女に抑えられてなおマーシャの方に来ようと暴れている。

 そんなパーシーに向けられたマーシャの笑顔は、この世の全ての罪を洗い流すような清らかで美しいものだった。


「やめろーーーーー!!!」


 パーシーが叫んだ次の瞬間、床板が落とされ、マーシャはこの世を去った。




 それから十五年後。

 レイデン国はドーレンゲン連邦国と名を変えた隣国に併合された。

 そして、十五年前処刑された女王であるマーシャが無実であったことが公表され、当時女王に罪を着せた者たちは投獄され、後日死刑に処された。


 このときのドーレンゲン連邦国の国家元首の名はパーシー・マイルズ。

 パーシー・マイルズは生涯独身だったと言う。





最後まで読んでくださってありがとうございました。

このお話は昨夜見た夢を書いたものですが、付け足したり設定を変えたりはしました。

夢の中のパーシーは28歳で金髪のお兄さんで、マーシャは23歳で日本人でした。名前が日本人じゃないんですが……数ヶ月前から書いてるお話しにマーシャという名前が出てくるから、そのせいかな。

あと、パーシーさは愛知県にある長久手町というところに住んでると夢の中では言ってました。過去に愛知県に住んでいたことがあるのでその記憶から出てきた地名だと思います。

マーシャは日本人だけど女王で、有り得なかったので架空の国に。

でも、二人がキャンプが趣味というのはそのままです。

私はキャンプをしたことがないどころか完全なインドア派なのですが、どこから出てきたのでしょう?謎です。

二人は今世で結ばれませんでしたが、来世では結ばれて欲しいと、夢の中の登場人物だけど、思ってしまいました。

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