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リベリオン2

 主人の考えていることは大方察せた。しかし、それが成功するかは勿論のこと別問題だ。主人に従うことは、俺にとって当然のことである。信頼があるから、そうするということではない。純粋な義務なのだ。それを果たしてやっと、俺は道具でいられる。

「どういうつもりなのかな」

 主人の動きは性急だ。それから支離滅裂なことも加えたい。

「どうもこうも、ただあなたが勇者の遺品を狙うからついて行こうとしているだけですが」

「友人からの招待というのはどうしたんだい?」

「今更ですが、私……実は魔王軍の幹部なんです」

「……ほう」

 ハッタリをかましてどうするんだ。お前は、もう出奔したとはいえ、その魔王軍の敵だったじゃないか。カリオストロは神妙な顔つきでこちらを見ているが、どんな気持ちでいるのだろうか。主人の懐の奥の奥を探ろうと考えているかもしれないし、実はカリオストロが魔王軍の幹部として、実際に籍を置いているかもしれない。もし後者ならば、カリオストロがそんな顔をしているのもあっさり納得できた。

「狙う物は一緒というわけです」

「協力しろ、ということかな」

「はい。お宝は私が貰いますが。当然私が貰いますが。はい」

「協力とは言うが、何かメリットはあるのかい?」

 カリオストロは主人の鷹揚な返事をわざわざ聞いてみたけれどもやっぱり聞くに堪えなかったから半ば強引に主人にそう質問した。

「計画が練られなかったのは、期間的な問題でしたね。時間が足りないのだ、と。町の地形や警備状況に、最大のチャンスはいつから始まるのか。把握できないことが多い」

「全てとはいかなくても、君の新聞で分かることは知っているが」

 不敵な笑みを浮かべている主人がとても焦っているのは、ぴりぴりと俺を揺らす心臓の音で分かった。

「では、勇者の遺体を魔王軍としても狙っているということは?」

「それ、部外者に知られたらまずいんじゃないかい?」

「良いんです」

「なぜ」

「あなたはどうせ、私の要求をのみますから」

 主人は自信たっぷりに、嘘に嘘を重ねた。いや、嘘というのは正しくないか。もしかしたらあり得る事だ。いまのところ主人のハッタリでしかないが、魔王軍がカイネの遺物を狙うつもりなら十分に真実になり得る。

「私は魔王軍の幹部です。クロノスにはたくさんの部下がいます。私の手足ですからいくらでも融通が利くんです。彼らの協力を得られたなら、あなたの望みは叶いやすくなるのでは?」

「その全員が私の指示通りに動く保障はあるのかい?」

「『世界の敵』なんです。それくらいどうってことはありません」

 ざあざあと風が吹いた。まだ温まっていない冷たい風は主人を通り越していった。今日の天気は快晴だろうか。朝日に照らされて縁が紫になる雲はどうやら無いと見える。空を飛ぶ魔物もいない。快晴を立証しようとする夕焼けよりは薄いオレンジの太陽が黒い空をゆっくりと追い立てていくのを、ただじっと無言になったカリオストロの返事を待つ間の暇つぶしに眺めた。

「まあ、いいさ。なんでも良い。どっちにしろ、君と一緒にクロノスまで向かうのは決まっていたことだ。結局のところ、私たちがやろうとしているのはレースだ。どちらかが宝を手に入れるまでのレース。協力も裏切りも、敵対も同盟も、全て宝に手を届かせるための手段だ」

 信頼関係を築くことのない協力関係が、お互いにとって嬉しいということらしい。台本が与えられているかのように、どこでどちらかが脱落することが目に見えているからこその関係性というわけだ。ただし蹴落とし、蹴落とされる配役は両者の中で逆転している。

「協力しようじゃないか。これまで以上に」

「ええ、そうしましょう」

 関係性が明確になった。たったそれだけだが十分に思えた。

 太陽の、地平線に隠れて見えていなかった部分がようやく現れて、アイネクライネも同じ頃にテントから這い出てきた。もぞもぞと動くのは、何かの幼虫のようだった。眠気眼でこっちを見て、あくびをした。まるで人間のようだと思わされたのは、これで何回目だろう。

「クロノスに入るまでは、私の指示に従ってください」

「ああ、そうかい」

 二人はアイネクライネが起きたことに気づいた。カリオストロがそちらに行って、主人はその場に座り直した。それから、手持無沙汰なのを誤魔化すために俺をころころと弄んだ。朝日を上手く跳ね返して、主人に向けられやしないか。そうしてこのおふざけを止めさせられやしないかと案じても、俺は主人の陰になってしまっていたから叶わなかった。それから、適当な紙を荷物から引っ張り出して、あろうことか、俺を焚火の炭や灰にこすり付けて筆代わりにし、何かを書きだした。どうにかして復讐してやろうとこころに決めた。

 アイネクライネの身支度も終わって、主人は昨日よりも勇み足で歩き出した。アイネクライネが先頭なのはいつもと変わらないが、カリオストロと並んで歩いていた主人が、カリオストロよりも前に行っていることが違った。時たまに会話が始まって、すぐ終わるのを繰り返した。そのうちのいくつかから、クロノスにはもうじき到着することが分かった。

 もうじきっていつなんだ。そう考える間もなく、アイネクライネから声が上がった。視界の少し奥の方に、高い壁が見えた。どうやらあの壁の中に目当ての物があるらしい。

「さて、あの町に入るには通行証がいるわけだが、その辺りはどうなっているんだい?」

「ええ、何一つ問題ありません」

 門番らしき姿の者たちがいることが分かるくらいの所まで来て、主人は杖を構えた。隣には、主人の言う事に沿ったカリオストロがいて、主人たちの背後にはアイネクライネがやや離れた位置に立っている。怪訝そうなカリオストロの視線をよそに、主人がぽつぽつと呪文を唱えるとカリオストロの体が、人間の腕の形になった大地に握られた。

「何をする気なんだい?」

「まあまあ」

 主人は、すっと手を上に掲げ、軽めにボールでも投げるような仕草をした。それにつられて腕も動き、カリオストロの体はぐんと加速して壁に向かった。この一連の動作を主人が済ませるまでに門番らしき者たちが何もしなかったのかと言えばそうではない。あちらも魔法で障壁を作ったのだがその甲斐も無く、砲弾さながらのカリオストロに破られてしまったのだ。そしてカリオストロはそのまま壁に激突し、見るからに分厚い壁を大きくえぐり取るように破壊した。カリオストロは無事なのだろうか。さすがに使い捨てることはないだろうと踏んでいるが、現状を考えると疑わしかった。

 主人は、アイネクライネの方をパーティーグッズの仮面を着けつつ振り返った。そして、アイネクライネの手を握った。

「カリオストロ、大丈夫なの!?」

「無事。安心して。だから走り抜けましょ」

 主人はアイネクライネに有無を言わさず走り出し、門の建っていたところを通過した辺りでビラを撒いた。たった一枚が二枚に増えて、四枚になって、次々とその体積を増やしていった。魔法をかけていたのだと理解するころには遠く過ぎ去っていた。

「何投げたの?」

「広告。『魔王軍参上!』って書いたやつ」

 しばらく走ると主人は高々と笑い出した。狂気的な感じがした。そして入り組んだ路地に消えた。

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