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リベリオン

視点は戻ります

 主人が言うには、ナマズはそこそこ食べられる味だそうだ。道具である俺にはとんと分からない感覚だから、もそもそ口に串に刺した肉を運ぶ主人の言葉を無言で消化するしかない。主人と二人きりでなければ、俺が声を張るつもりはない。主人だって、話しかけはしない。どこで取り決めたわけでもないが、そのようになったのは主従として相性が良いということではないだろうか。

 人間は食事をしている。では、道具はというと暇である。しかし、どちらかと言えば俺の側のはずのアイネクライネは、主人たちと同じようにナマズの肉をかじっている。アイネクライネに体温は無かった。それで人間でないことは察しているが、食事をするのには一体どういう意味があるのか。

「カリオストロさん」

「んん?」

「そろそろ聞きたいのですが、あの憲兵さんについて」

 主人は街中での約束を切り出した。聞かれなければ。忘れてしまっていたら万歳だった。そのように独白とも言えない打ち明け話が始まった。

「天敵だよ。遺物や金目の物を盗もうとあちこち忍び込んでた頃だったと思うんだけど、警備に当たっていたうちの一人が彼だ。いやあ、彼、嗅覚というか、野生の勘みたいなものがとにかく鋭くて、忍び込む先々で顔を合わせるようになってしまったんだ。彼が居なければ盗めていた物はいくつもあっただろうね。厄介な男だよ、まったく」

「そんなに優秀だったんですね」

「あまり認めたくないけれど、うん。そうだね」

 カリオストロは大きくため息を吐くと手持ちの肉をほおばった。初老らしい、少しこけた頬が横にふくらんだ。そのせいなのか、それとも夜も更けて焚火だけが顔を形作っているせいか、大分印象が違う。その顔を、アイネクライネの方に向けておどけて見せた。アイネクライネは大きく笑って転げまわった。ああ、と言って笑い終え、挙げていた右拳をだらりと降ろした。

 着地点は焚火の上である。黒と橙の熱の塊を、アイネクライネはその腕に押し付けることになった。主人はひどく焦って、火元からアイネクライネを遠ざけた。焚火が照らす最前線を少し超えたところまで連れて行って、主人が焼かれたであろう腕の様子を見ている間もアイネクライネは叫ばなかった。灼熱をなんでもないように、ぼうっと星を眺めている。

 カリオストロは冷静にその様子を見て、適当な長さにした枝を火に放り込んだ。

「熱く、ないの?」

 主人はそっと、アイネクライネの頬に手を添えた。

「うん」

 アイネクライネはその手をくすぐったそうにしている。どこか恥ずかしそうにしながら、体を揺らしている。ふるふると動く右腕に火傷を負った様子はない。どうやら本当に何ともないらしい。

「その子は大丈夫だから、食べよう。塩をかけると美味いんだ」

 荒い鼻息。もしくはため息して主人は戻っていく。その直前にアイネクライネの左腕を握った。力を込めたわけではない。視線はすっと冷えている。吐き出したいが、アイネクライネの手前では言いたくないことなのだろう。

 主人とアイネクライネは元に戻り、肉を取った。腕が叩きつけられて崩れてしまっていたところは、カリオストロが整えたようだ。

「いや、かけすぎじゃないかい?」

「これくらいが丁度いいんです」

 一口噛むごとに砂をかみつぶしたような音がする。のどの辺りが小刻みに震えている。せき込みたいのをどうしても我慢したいのではないか。

「私もやる!」

「ダメ」

「えー」

 息も絶え絶え、言葉を紡いだ。まだ食べきれていなかった分は、串を指先で軽く叩いて余分を払おうとした。

「それにしても、魔物っていろいろいるんだね」

「舌が人の足によく似ているなんて、昔の人はどんなつもりで」

「まあ、私たちみたいなお人よしが引っ掛かればって思っていたんじゃないかな」

「魔物に近寄るな、というのは当時の常識なのにですか」

「人間って、わかっていてもやってしまう愚かしいところがあるから」

 一心不乱に肉に食らいつくアイネクライネはのどを詰まらせたらしく、胸を叩いた。主人がコップに水を入れて渡すときにはすっかり飲み込めてしまっていたが、ちびちび飲んだ。

「だからダメって」

 アイネクライネは不満げに顔を膨らませた。口元に食べかすが付いていた。それを主人が親指で拭った。

「お姉ちゃん」

「なに」

「お母さん、知ってる?」

「あなたの?」

 アイネクライネが特に何も言わないので主人は肯定だと判断した。

「……知らないわ」

「そっか。おやすみ」

 アイネクライネは、テントの中に入っていった。これで気兼ねなく質問できるわけだが、主人はなかなか切り出そうとしない。無言は、残っていたナマズを新たに食べ始めたことで誤魔化すつもりなのだろう。カリオストロは時折、主人の方を見ては焚火に枝を放り投げている。

 結局、放り投げられるくらいの手ごろな枝がつきるまでカリオストロは何も言わなかったし、主人もナマズを食べきろうとはしなかった。牛のようにゆっくりだった。それからカリオストロの様子を見計らって、ため息をつきつつ話しかけた。

「あの子は、何者なんですか」

「私の娘だが」

「違います。出自の話です」

 カリオストロとしては、やはり知られたくない事情があるのだろう。堅い顔で主人を見た。両者は向かい合って座っている。カリオストロが主人を向いてからは、弱弱しい焚火だけがうるさい。

「…………連れて来たんだ。いや、攫ってきた」

「どこから」

「王宮の地下」

「地下?」

 あってもおかしくはないが、主人は納得がいかないらしい。

「事情は聴かないことにしているが、地下で暮らしていてね」

「他には何かあったんですか?」

「きっとあるんだろう。私はあの子を連れ出すだけで終わってしまったけれど」

 重そうに腰を上げて、カリオストロはテントの中に消えて行った。俺と主人の会話がなんとか始められるようになった。

「ねえ」

「ん?」

 主人は残り火に指を入れ、すぐに抜いた。

「やっぱり、熱いよね」

「そりゃそうだ。熱くない方がおかしいだろ」

 そう、と言って主人は黙ってしまった。睡魔に襲われたのではなく、ただ黙った。主人が抱えた不満と疑問はどれだけ吐き出せたのだろう。言い切れないのか、言うのをやめてしまったのか。どちらにせよ、内に溜めたままに違いない。たまに火に入れた指をこすり合わせるのを何度かしている。痛むのだろうか。先ほど治癒の魔法を使ったはずだが、それでも痛むのだろうか。そうなら不思議な話だ。治っていないんだから。それから、治そうとしないのも変だ。ということは、治っていても痛むのか。一番変な話だ。

 火はすっかり消えた。あとは主人も寝るだけだろうと思ったが、主人にそのつもりはないらしかった。

 せっかくの話し込める機会だったが、主人がうんともすんとも言わないのでお釈迦になった。こちらから話題を振らなかったのも問題だったかもしれないが、仮にそうしたとして今の主人が取り合ってくれたかは疑問だ。それならじっとしていた方が良いのだ。

 月明かりが青白く主人を照らしているだけの時間だったが、ふいに主人が東を向いたので、夜明けが来たのを知った。

 テントからカリオストロが出てきた。主人がそれに気づいて、立ち上がり向き合った。

「カリオストロさん」

 返事はない。じっとこちらを見据えている。

「あなたの盗みに、協力させてください」

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