鳥は燃えて
今回は怪盗の視点です。
勇者が死ぬということは国にとって大きな損失である。そもそも勇者とは近年現れた魔王を打ち倒すための職業である。魔王とは魔物を統べる者のことである。魔物とは過去の遺物であり、人類の敵である。では、人類の味方とは何者なのか。ある答えを人前で口を滑らせてしまえば処刑である。
「なんの冗談ですか」
「だから、冗談じゃないと言っているだろう」
「私はただの町娘です」
「普通の町娘は見るからに怪しい奴らに追われたりはしないよ」
「追われます」
「いや、追われないよ」
「追われます。私が追われると言ったんですから、ただの町娘は見るからに怪しい者に襲われるんです」
「君って頑固なんだね」
「あなたこそ、どうして私が魔女だと思うんですか」
彼らは人目を憚られる存在だが、ある人々にとっては希望なのだ。どんなに苦しくても、闇に紛れる彼らを心待ちにする日々を繰り返す。待ち人は言う。まるで呪文のように。
「魔女かどうかはさておいても、君の身なりは仕立てが良すぎる。これだけで普通の町娘じゃないことくらいはわかる」
「奮発すればこれくらい買えます!」
「買えないよ。貴族くらい金が無いと」
「わからず屋ですね!?」
「あえてお互い様だと言っておくよ」
「はあ?」
「そんなに肩肘はらず、悪人同士、仲良くしようじゃないか」
彼らが何者なのか。待ち人が言うには光である。地獄に垂れたクモの糸が、待ち人で言うそれである。彼らに救われたと聞くたびに、待ち人は今か今かと、遠い焚火を見るような気持になるらしい。
「……あなたは怪盗でしたね。貴族やお金持ちの家にも盗みに行ったことがあるのでしょう。勘違いしても仕方ないのかも知れません」
「ふーん?」
「この服は元御用達の職人に貰った物なんです。つまりタダです」
「なるほどねー、私の勘違いか」
「そうです! その通り!」
日陰者は盲目らしい。あちこちを旅することで、そのような人物がいることを知った。目があえば追剥。ぶつかれば殺人。話しかければ詐欺。出会ってきた者たちは少なからず金に飢えていた。食い物よりも、ずっと輝いている金目の物に惹かれていた。
「それよりも、このままじゃあ私、賞金首です。さっきの憲兵さんにはどう説明つける気なんですか!?」
光物に目が行くのは分かる。手にしてすぐに金になるなら満点だ。しかし、日陰者の町でそのような幸運はそうそう無い。目ぼしい誰かから力づくで奪ってみせて、やっと手に入るかどうかのスタートラインに立つのだ。盲目な日陰者の自慢は鼻である。よって、貧民街の人間はモグラと呼ばれる。
「『青年、アレは君から逃げるための嘘だった』とでも」
「……あ」
「ただ、君が説明するにしても私が説明するにしても、私が逮捕されない限り出来ないことだよ」
「ですよね!? じゃあ、ほら、捕まってください。はやく!!」
「いやだよ。私にはまだやるべきことがある」
「泥棒のやるべきことってなんなんですか」
「勇者」
「え?」
「貧しい人々の光になることさ」
誰もが幸せというわけではないのは確かだ。誰もが常に幸せというわけではないのも、その通りだ。良く知っている。
「それじゃあ、どうして」
「怪盗なんてやっているんだ、かい?」
「はい」
「別に難しい事ではないさ。変わることを待つよりもずっと気が楽なんだ」
腐っていると吐き捨てるのは簡単だ。口だけなら金も権力も地位もいらない。ただし何も変わらない。言葉で止められることなんてありはしない。動いてやっとだ。何かのためには動かなければならない。非情だろうとも構わない精神で。
勇者とは、魔物を殺す仕事のことだ。しかし、それに相応しい名前ではない。その名前が背負う意味はもっと広くあるべきだ。
「わかりません。それで怪盗という手段を採る気持ちが、私にはわかりません」
「なるべくしてなっただけさ。もしかしたら憲兵だったかもしれないし、貴族だったかもしれない。たまたま、私が願う世の中のために一番身近で手近だっただけなんだ」
「悪事に手を染めなければいけないほど、余裕が無かったのですか」
「ああ、そうさ」
「そう、ですか」
どうしても晒したくない何かがあることは確かで、私が知るには根が深い事なのも確か。この少女が追われていたのは何故なのか。倒してほったらかしにしてしまった、あの怪しい奴らをもう少し観察しておけば良かった。この少女が勇者殺しの魔女だとしたら、どこまでも好都合だ。チェストをこっそり盗めばいい。もし別件ならそれでもいい。踏み込んで解決するまで付き合おう。悪事はあくまで手段なのだ。結果的に善いことが出来ればいい。
「あの」
「うん?」
「そろそろ降ろしてもらえませんか」
「いや、ちょっと無理」
「どうして」
右手は草原、左手は少し下って川がある。草原は、黒い点をぽつぽつと豊かな緑の上に置いている。黒い点は魔物だ。危険性はピンキリだがただの人間よりもずっと強い。少女は体力が無いと見える。少なくとも魔物が見えなくなるまではこのまま担がれたままでいてほしい。
「あ、あ、カリオストロ」
「なんだい」
「魔物」
右を見た。まだ遠い。そのことを言って安心させようとした。
「下、下にいます」
ナマズのような巨大な魔物が川岸に頭を出している。じたばた藻掻いて水面を濁らせる。口元に何かいる。人の足のようだった。ナマズよろしく足をせわしなくうごかしているから、咥えられた人間はまだ生きているらしい。
助けることにした。