カラス
「クロノスで何を盗むつもりなんですか」
「言うと思うのかい?」
「答えてくれるかもしれないとは思っていました」
カリオストロの代わりにアイネクライネが答えた。とにかくすごい物だそうだ。主人は困り顔で掘り下げた。カリオストロが何も言わないまま話は進んで、分かったのは、狙いがおそらく俺であるということだった。
「カリオストロの遺物……まだ博物館に収まっていない物がまだあるんですか」
主人はカリオストロに顔を向けた。カリオストロも目を合わせた。にらみ合いは歩きつつも続いて、カリオストロが渋い顔をしてようやく折れた。
「ある。世の中には秘宝として名高いカリオストロの遺物だが、博物館に飾られるのは、使い方が分からないポンコツやとっくに壊れてしまったガラクタばかりだ。しかし、現役の道具もある。勇者カイネの持っていたと噂されているのはその一つさ。もう一つはどうやっても御しきれないし、あと一つはいくつも命を懸けなくちゃならない。となると、まず狙うのは勇者の噂だ。希望の箱。これを取りに行く」
主人が俺を見た。今の俺は、カイネの形見だ。主人としては奪われたくないだろう。俺だって嫌だ。出来れば主人は今のままがいい。主人にはぜひカリオストロに奪われないよう頑張ってもらいたい。
「そんなに有名なんですか?」
「有名と言うか、そう呼ぶ者たちがいるのさ。正式な名前があるのかもしれないが、勇者はただ強いということしか世に知られていないし、私だってそれしか知らない。唯一隣にいることが知られていた賞金首の魔女なら違うだろうが、行方知れずじゃあどうしようもない。それに、正しい名前を知った所で何か変わるわけでもないさ」
「……あなたは噂程度の情報でこれまで盗んできたんですか」
「いや、まさか。そんな危ない。今回は別だ。いつも通りじっくり計画を練りたいけれど、あまりに余裕が無い。無さすぎるんだ」
主人は短く返事して終わった。次に聞きたいことがもしかしたらあったのかもしれないが、アイネクライネの割り込みでうやむやになってしまった。
「お姉ちゃんってクロノスには行ったことあるの?」
「何度か」
「どんなとこ?」
「あなたじゃあ、そこまで楽しめないと思うわ」
「えっと、大人じゃなきゃダメ?」
「ダメ」
「パンとかキャンディとかも売ってないの?」
「それくらいなら、多分」
その言葉でアイネクライネは破顔した。一時つまらなさそうだった足取りも、軽快さを取り戻した。主人とカリオストロよりも少し先を歩いていく。顔こそ見えないが、多分ずっと笑顔なのだろう。どんな顔をしてくれていても困ることはないが、今はその顔が一番似合うはずだ。そんなアイネクライネの姿が、主人の顔を和らげている。後ろ姿だけ眺めて優しい顔をしている。カリオストロも似たような様だった。
「どうして、そんなに焦っているんですか」
「欲しい物は他の誰にも取られたくないんだ」
カリオストロはロクに答えなかった。
「悪事蔓延る金の町に正義の使者が舞い降りる。やつは自らを語らぬ。姿を知るのは成敗される悪の者……カッコイイじゃないか、うん。チェストのことは抜きにしても、十分お釣りが返ってくるぞ」
そのためにどうして盗みという形式をとるのか、俺には分からない。勧善懲悪がしたいなら、憲兵にでもなればよかったのに。
「あなたの言うカッコイイというのは、あなた自身のあなたのための名誉ですか。それとも、あなた自身の誰かのための名誉ですか」
「貧しい人々のためだ。名誉も肩書も、なんの腹の足しにもならない」
「なるほど」
「どうして、そんなことを聞くのかな」
カリオストロを睨んだ主人は、なぜか瞳に怒りをにじませていた。俺にはそう見えた。主人がどんなつもりで睨んでいるのかを推し量れない。もっと違う感情があるんじゃないかと考えてしまう。
「私の想いは本物だとも」
主人が黙ったのは、カリオストロの胡散臭さが、彼の言葉の真偽をぼかしてしまったからだろう。きっと、芝居掛かって吐いた言葉も、プライドを滲ませたのがよく分かった言葉も、どちらも本心なのだが、主人はどちらかが本音だと思っているようだ。
憲兵と主人が言った。背後に迫る飛来物をカリオストロが弾いたことで、それに成れば良いのに、と言い切ることはできなかった。
弾かれた物が切先を地面に沈めて止まった。サーベルだった。それが飛んで来た方からは、影が一つ、悠然とこちらに歩み寄ってきている。輪郭と人物の色味が、先ほどまで居た街の憲兵のものだと解っても、カリオストロが一目散に逃げる素振りは無い。ニタニタと意地の悪い顔で、迫る人物を待ち受けている。
サーベルを中点にして、双方が構えた。
「次は少女か、ドッペル」
「うん。若いってのはいつだって良い」
「度し難いな」
「じゃあ、どうするのかね」
「お前を捕らえて解放する」
「単純だなあ」
主人の首にナイフが当てられていた。主人が慌てる様子はない。現在自称する身分を考えれば、小さくても、悲鳴の一つは上げるべきだったのではないだろうか。
「動くなよ、青年」
「舐めるなよ。この距離なら一瞬だ」
そうは言っても青年は動かない。カリオストロの言葉を待っているようにも見える。まるで芝居だ。
「上司に絞られたのかな。以前の君なら躊躇わなかった」
「お前が冷酷なやつだと学んだだけだ」
どんな因縁があっても構わないが、カリオストロが主人を殺そうと言うなら見過ごせない。
カリオストロは一歩づつ青年から離れていく。その間の青年は射殺すほどに視線を逸らさなかった。
「ああ、そうだ。青年。君がこの娘を救いたいと思っているなら諦めたまえ。手遅れだ」
「何を」
「コレはもう人を殺している。数え切れないくらいにね。この娘は災害そのもの、とっくに人非人なのさ」
「もったいぶるな。何者だというんだ」
「勇者殺しの魔女。そして我々の新しい仲間さ」
カリオストロは絶句した青年を見て満足したらしく、主人を抱えて全力で走り出した。
青年の影はぐんぐんと小さくなって、砂粒のようになった。
「ひどいです。隙を作るためとは言え、私をそんな危険人物にしたてるなんて」
「いいや、冗談ではないよ。君、賞金首本人だろう?」