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獣性隠蔽

 魔女が割って入った前回、結界が消滅したのは、火を付けて黒ずんで溶ける紙のようだった。今は、ガラスにヒビが入るようにあっさりと、こう表さないのであれば卵を叩き割ったように、形あるものが砕けたことがよく分かった。

「戦いに勝っても負けても、オレは人間じゃいられないって言ったよな」

「……ああ」

 とっくに殺したものだと決めていたので、カシャは驚いた。そもそも独り言のつもりだったのである。それから、やはり怪物は怪物だと、恐怖するよりむしろ感心した。

「オレは人間だ。いくらお前を倒したからって、化け物じゃねえ」

「無理、だな」

 人間であり続けることに拘っているように見える、理解できないと獣は思った。

 獣は願いを明確にした。それ故に敗北を喫した。それはそれとして、今は満たされていた。結局は、窮地からの勝利すら付け合わせだった。死にかけることが本望だった。だから死ぬことは毛ほども望まないが、もうどうしようもない所まで命の灯は来てしまっている。獣は諦めた。

「お前は、倒したのだ……欲張れ」

 これだけ言って、獣は静まった。憲兵も緊張の糸が切れて、ばたりと仰向けに倒れた。同時に、ほとんど信用できなかった魔法使いの攻略法に少しの希望が見えた。

 昨日の事である。魔女へ対抗するために頭を捻っていたカシャたちは、ああでもない、こうでもないと言い合っていた。しかし、だんだんと話が逸れて行き、午後三時を迎える頃には無理やりに収拾をつけなければならなかった。

「お茶ああああああ、私は疲れたんだあああああああ!!」

「仕方ありませんね」

「そうですね、せめてお茶請けが……」

「いや、そうではなく」

「少しくらい休むべきではないか? ほら、博士があの体たらくなんだから……」

「あああああああああああああああああああ」

「見てくれカシャ、博士が屍人のようになってしまっている。さっきまでの幼児退行なんて可愛いものだったんだ。……ッ! 溶けてる! 溶けているぞ!」

 夏日に結露を起こしたように、じっとりとした何かが体から染み出して、人としての形なんておおよそでしか残されていない。紙の山から人の形を形成するのだから、別にこうなってしまっていても不思議ではないのではないかとカシャは思う。しかし、メイドとして博士を最も理解しているはずのエルがちょっと慌てていたので、日常でもこういうことは無かったのだと気付いた。

 そうこうする間にも博士は溶けていく。氷がその形を水に近づけていくように、とろとろと。

「せめて……ええ、そうですね。何か容れ物が有れば」

「壺でもあれば、それで良いのでは?」

「ええ、まあ」

「どこにあるんだ?」

「どこにも」

「なんだって?」

「博士は、そういう物に興味が無いので」

 すこしずれた眼鏡を整えながらエルは言った。そういう資産や芸術よりも学術の方に目が無い印象ではあったし、事実としてそうであったので、違和感はなかった。

「とは言え、ですね。このままというワケにもいきません。博士にはもっと働いてもらわなければ、曇りなき私の生活が危ぶまれます」

 こう言うとエルは博士を凍らせた。液体のようであったし、実は氷のように固まるのではないかと思ってはいたが、実際そうなるのを目の当たりにすると、カシャには奇妙な光景だった。

「このままでは、博士は氷漬けです。メイドとして一先ずできるのはこれくらいですが、三人集まればなんとやらです。氷漬けでも、きっと見つかるでしょう」

 何が見つかるとも知れない。

「頭も冷えると思います」

「そうだ。僕たちも冷やすべきだ」

「……休みましょうか」

 それで、十五分ほど休んだ頃になって氷漬けの博士が、氷の中で蠢いた。騎士と憲兵は強張った顔でそれを凝視した。メイドは、そういうこともあるのだと新しい発見をした子供のような関心を寄せた。

「危なかった、死にかけたよ」

 まだ形の整わない博士が席に着いた。茶を注いだり、適当なことを喋ったりするうちにだんだんと人の姿を取り戻していった。

「復活したなら結構です。メイドとしてこれほど喜ばしい事もありません」

「本気かい? どっちかと言うと生命の危機は氷漬けによってやって来たんだがね」

「しかしです博士、あのまま蕩けてしまうのは私にとっても未曾有の事です。今は、お互いにアレが最善だったと思って片付けるべきではありませんか?」

「……閃いた」

 くだらない会話だったと思うが、そういう所に創造の神は宿るのかもしれない。何か思いついたらしい博士は、また外に行ったらしい。

「思いつくのだな」

「ええ、思いつくようですね。氷漬けにして正解でした」

 憲兵はもう何も言いたくなかった。このことについて何も言わなくて済むように紅茶をゆっくりと飲んだ。

「これだ、うん。これでイケる。間違いない!」

 それで持ち込まれたのは小さな槌だった。分身を造る装置の時もそうだったが、お披露目で肩透かしを食らうのはどうにかならないのかと憲兵は思う。

「それ、なんです?」

「実演は出来ないが、これで心臓を破壊するんだ」

「こんな小さい物で?」

「見て驚け、だね」

 細工をいじって大きくさせた。一端の武器らしくなったそれを博士はカシャに持たせた。

「これでどうしろと言うんですか」

「心臓にぶつけたら、こうドカンと壊してくれる」

 得意げだった。

「直接ぶつけなければならないんですか?」

 打って変わってしおらしく博士は頷いた。なんだか申し訳なさそうな感じだったので、落胆を目に見えて表すのも嫌な奴だから、それ以上は特に言わなかった。

改造したら何とかなるさと騎士が言った。何も言わなかったのがむしろ怒っているように見えたのかもしれない。別に起こっていたわけではない。落胆していただけだ。

「心臓さえ破壊できれば、再生も何もないからね。単純なことだったじゃないか。いやあ、うん。冷やしてみるもんだね、全身」

 あははと笑った


寝てました。最近の眠気は変な感じがします

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