あわてんぼうの聖骸布
「いや困った。まさか裏切るとは」
台に置かれた勇者カイネの遺体を前にして、豪奢な服の国王は、国王自身に比べれば質素な男に問いかけた。
「返す言葉もございません」
男は堅苦しく返事して、国王の次の言葉を待った。この場に二人以外はいない。葬儀場としてクロノスの教会が候補に挙がり、二人はそうしてここにいる。
「んん。よい。許す。それにしても……いやはや意外。アレは裏切らないと思っていた」
「監査からもそのように聞いていたのですが」
男は、今これ以上言葉を重ねれば口からは謝罪しか出てこないのが分かったので閉口した。男としては、国王に申し訳ない気持ちしかないのだが、一度許されたのだし、なによりくどいと思ったのだ。
「ワシには分からんが、親というのは大変なのだな」
「アレを娘と言うには、もう」
相応の教育は施してきたのだという自信を、男はあっさりと喪失してしまっていた。
「ワシとて、血縁には幾度となく命を狙われた。おぬしはどうだろの」
「歯向かうのであれば」
そう言って、男は拳を強く握りしめた。それを胸の前に持ってくることはなかったが、言い切れない言葉を伝えるには十分だった。この拳で答えてやる。そういう意思があった。
「親子喧嘩、かの。ワシには分からん」
国王は目の前の男の様子を少し羨ましそうに見た。しかしその羨望の熱は、次の話題を口に出そうとして一瞬で冷めてしまった。ため息はその熱をまとって、白い靄になった。国王は葉巻を吸わないが、こんな煙を出すことを知っている。そしてその靄が尾を切るようにぼやけてから、やっと話はじめた。
「厄介。あの娘が遺物を持っていくとは……よりにもよってあの娘が、あの首飾りをだ」
「死屍累々の騎士勲章は、アレには扱いきれません。アレに、自我など無いのですから」
そうかのと言って国王は男の断言を否定した。
「ここ、クロノスは要塞としての機能があった。分厚い壁はその名残だ。壁と、町の一部は監獄として使われておる。……提案したのは、いつかのおぬしだったな」
「はい。逃がさず。迎え入れず。それから、非常時に監獄内のものから魔力を徴収し迎撃用の魔術を起動させるための魔力タンクとしての役割もあります」
「そして、破壊はおろか傷を付ける事すら困難であるはずだが、おぬしの娘は見事に一部を崩壊させた。うん。あの娘の、一度の魔力放出量は多い。質も上々。しかし、城壁の破砕には全く足りん。あの娘本来の質がうまく補助したとしてもだ」
「……認めざるを、えませんか」
「諦めることだな。十全とはいかなくとも、昼に目にした破壊はすさまじく、一端でも扱えていることはわかる」
「失敗したのですね、私は」
「ただ人を育てるのであれば、おぬしは十分成功した。しかし、あの娘はおぬしの娘で、しかもそうあってはならんのだ。計画に大きく響く。実際、この土壇場で裏切って、何をする気なのかもさっぱりときた」
くるりと、男は外への道を歩き始めた。国王は行き先を聞かなかった。なんとなく想像がついていたし、べつに見当違いだったとしても、国王のこれからには何一つ支障がないからだ。
「せめて無事でおれよ。おぬしにはまだ働いてもらわんと困る」
男の苛立ちの籠った軍靴の音がその返事だった。ガチャンと開いてばたんと閉じた扉を、一連を見送ってから国王は独り言ち始めた。カイネの遺体に向き合って、それに言葉をかけているような状況になった。
「一度失敗すると周りが見えなくなるのは、やつの悪い癖だ。……しかしまあ、あの娘、結局は心を持っておったのだな。最後にあったのは、魔王征伐に出向く前か。あのときは確かに機械仕掛けの人形のようだった。うまくやったのだなと感心したが、いやはや、所詮は人。わからないものだ」
のう、と国王はカイネの遺体に呼びかけた。そして懐から雑多な道具を取り出した。
国王には王としての側面の他に、研究者としての顔がある。
「飼い犬に手を嚙まれるのはこれで二度目。……いや、娘の方はまだ分からんな。こちらに敵対するというならその通りだが」
国王は粛々と道具を広げていく。ナイフや義肢、目につくものだけでも異様なものばかりだ。
「あの娘が殺した割には、随分綺麗な遺体だ。この点は褒めて良い。…………。ああ、まさかとは思うが、あの娘はこの男に情でも湧いたのか。だとしたらますます教育には失敗したな。観察不足の監査どもには少し罰を受けてもらわんとなあ」
すっと、国王はカイネの右腕にナイフを向けた。
「この良い体を、そこそこ良い状態で残してくれたこと、これには感謝しよう、リーネ・スタンピード。しかし、裏切った罪は償ってもらわねばな。なんのケジメもつかん。罪には罰を。大事なことだ」
国王は子供っぽい笑顔を見せた。母親に指摘してもらうことを前提にしたいたずらを計画するときの、これ見よがしの悪い笑みだった。
「勇者復活。魔王軍は滅び去り、戦争には圧勝する。良い。とてつもなく素晴らしいッ!!」
昂ったまま、国王はカイネの遺体を弄んだ。高笑いが滔々と溢れて場を満たした。




