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プロローグ

 俺を身に着けている男は、死に際の走馬灯を見ている。俺の知らないこの男を知れることだろうから、俺はそれをつぶさに見ていった。

 男は剣を振るった。刃を当てられた獣は真っ二つになった。男は適当に血糊を払って収めた。この男はそれから力なく笑った。この見慣れた動作も、もう起こらないのだと思うと、捨ててしまうアルバムを眺めるような、懐かしい気分になった。

 この男には仲間がいる。この男が言うには頼れる仲間らしいが、いざ戦いとなるとこの男がすべてを片付けてしまうので、じゃあ何をもって頼りとしているのかが俺にはわからない。戦いの面で頼りにしているわけではないのは確かだが、男の生活を鑑みるに、戦闘で頼りにならないなら役立たずなのは間違いない。

 俺が知っているのは、この男が戦う姿とあのヘラヘラした笑いだ。

 男は魔物を殺すことに対して、なんの感情も見せない。剣で命を刈り取ることが、道中の雑草を踏みしめるのと大差ない。常に仲間よりも先に立つ。ワンマンプレイで何もかもを済ませる。それから気が緩む。

 さっきからずっとこの調子だ。困ったことに、この画しか見当たらない。この男の風景はこれしかないのだろうか。

 俺が知っている男がどうしようもなく薄っぺらいのは、ただ俺がその他を知らないからで、仲間を頼りにする理由とか、そもそもどうして魔物を殺すのかとか、そういう背景はしっかりと存在するものだと思っていた。しかし、無い。

 俺にはわからない。何をもって仲間を頼りにしていると言うのか。

 せめて最期くらいは、この薄氷の男の暖かい思い出を見てみたかった。幼少のほんの一瞬たりとも無いのだろうか。何者かの、見せたくないという意図すら感じられるほどに、この男は同じ画を見続けた。

 俺が願う合間に、男は仰向けに倒れ伏したままパクパクと口を動かしていた。残念ながら、何を言いたいのかはわからなかった。それから肘から先の無い右腕を空に向けていた。何がしたかったのかはわからない。掲げる前に、腕の断面を俺に押し付けたのはなぜだろう。その右腕はだんだんとふらついて、やがて血だまりの中に倒れた。なかなか勢いよく倒れたようで、血しぶきが俺の装飾に少しついた。俺の体の赤色が増えた。温いのが溝に沿って流れ落ちた。

 それと同じ頃に、俺の体は男から離れて、仲間の一人に持ち上げられた。親指の腹で下から上へ擦られた。まだちょっとだけ残っていた血が雫になって落ちた。

 じっと覗き込んでくる。女だ。三人いる仲間の内の一人だ。いつもニコニコしている奴だ。あとはうるさいのと、無口なのがいる。今のニコニコ女にいつもの笑顔は無い。かわりに涙でぐちゃぐちゃになっている。ぎゃあぎゃあと泣いている。

 涙がぼとぼと俺に落ちてくる。一緒に透明な石ころも降ってくる。こんなものが当たっても、別に何ともないけれど、気になる。この石は一体、この女の何だというのか。

 俺の持ち主はもう死んでしまった。さっさと次の持ち主を見つけなければ、俺は死んでしまう。「俺」という意識が消えてしまう。マジックアイテムである俺は、使われなければ存在意義を失う。その暁には、ただの装飾品が地面に転がるだけになる。究極的には、生きた持ち主さえいてくれれば良いのだ。とにかく、誰かに使われなければならない。

 死にたくない。だから、この女を俺の持ち主に決めた。あとやることと言えば、この女に捨てられないように上手く立ち回ることくらいだ。気に入られて、使ってもらって、次の持ち主が現れるまではできる限りこの女が死なないように。

 さてさてと考えた。この女は先ほどよりは落ち着いてきている。あとの二人はどこにいるのかわからない。話しかけるなら今だろうと考えた。

「なあなあ、女。聞こえるか」

 女はまだ黙らなかった。もう一度声をかけてみた。まだ黙らないから焦ってしまった。少し強めに言ってみると黙った。ようやくこちらを認識した。

「聞こえるか」

「……喋った?」

「おう、俺は喋るぞ」

 女は現実を認められないらしくて、ジィっと俺を見つめてから、あろうことか俺を地面に叩きつけ、踏みつけてきた。この程度で壊れはしないから気が済むまで待ってやろうとしたけれど、何か反応してやらないと話が進まない気がした。

 悪い予感は当たった。俺がこの女の悪口を言うまで、踏みつけは止まらなかった。俺を拾い上げるときにきつい表情をしていたのは悪口を言ったせいだろうか。

「痛ぇよ」

「夢じゃない?」

「おう。夢じゃないぜ」

「……夢じゃないんだ」

「そいつが死んだことがか?」

 女はうんともすんとも言わないけれど、そういうことだろう。じっと男を見つめて、また肩を揺らしだした。嗚咽が聞こえてきた。話しかけてどうにか止めようとした。

「死んじまったのは、どうしようもないぜ」

「それで何……諦めろって?」

「おう」

「無理よ」

「なんで?」

「道具なんかには分かんないでしょ。言うだけ無駄よ」

「いいや、わかるぜ。好きなんだろ」

「そんな安っぽいモンじゃないわ」

「じゃあ、なんだってンだ」

「言ったでしょ、道具なんかには分からないわ」

「ああ、そうかい。……で、お前はこれからどうするつもりなんだ。願ったってこいつは生き返らないぜ?」

「とりあえず連れて帰るわ。それからみんなとこれからについて話し合う」

 女は男の死体を背負おうとしながらそう言った。しかし男の体は重い。本人は言わずもがな、装備も重たい。鎧くらい外せばいいのになぜかそうしない。女は男を持ち上げられるほどの力が無いらしいのに、特別なにかしらの魔法で補助するわけでもなく、ただ持ち上げて、背負おうとしていた。

「なあ、持ち上げられないんだろ」

「だったら何。置いてけって?」

「そうは言わねぇよ。ただな、もう少し周りを見たらどうだ」

「は?……こんな草原になにがあるのよ」

「はぁ? おいおい冗談だろ。俺がいるだろうが」

 馬鹿馬鹿しいと言って女はまた同じことをしだした。それでやっと背負うことができて、ずるずると歩き出した。俺にはそれが我慢ならなかった。保身のこともあるが、出来ないことを知ってなおも道具に頼ろうとしないことが、とにかく気に入らなかった。

「バカはお前だ、女。自力じゃ出来やしねぇ、運ぶにしたってなんの工夫も無ぇ。こんなところでなんの意地を張ってンだ」

「バカはアンタよ。私は運べてるし、意地なんて張ってない。それに、運ぶのに工夫なんていらない。私が運んでるのはアンタみたいな()じゃないの」

「牛歩だ。こんなんじゃ宿に付く前に日が暮れる。この辺の魔物は夜の方が強い。襲われたらひとたまりも無ぇぞ。それくらいのことはわかってるだろ。だから、せめて俺を使え。日没に間に合うかは分からねぇが、少なくとも無事(・・)に、宿までは無事(・・)に帰れる」

 引きずるような足取りが、大げさに一歩一歩を踏みしめるものになった。女の荒い息が、しばらく聞こえ続けた。この女、正真正銘のバカだと思った。大した脈絡もない、無茶苦茶な理屈で意地を通そうというのだ。これには呆れた。ほとほと呆れた。しかし、今のところ、俺が生き延びるのにはこの女に使ってもらう以外に道は無い。次の夜明けまでには、何とか俺の持ち主になってもらわねばならない。

 とうとう女は千鳥足になった。日はもうそろそろ沈むころだろう。森の中に入ってしまったから、何となくで考えるしかない。

 女は右足から崩れて男を背負ったまま倒れこんでしまった。さっきよりもずっと荒い息をしていた。

 俺はというと、女の首にかけられていたから地面と女の体に挟まれていた。疲労困憊と男の体重があるせいで、この女はもう立ち上がることはおろか、うつ伏せから仰向けになることすら叶わないのではないかと、嫌な想像をしていた。死ぬのではないかと吹き出るはずもない汗がダラダラと流れているような感じがした。

 女は嗚咽を漏らしていた。また泣いていたのだ。意識があることは重畳だが、それならさっさと歩き出してほしいと思った。

「良かった。死んでねぇなら、歩いてくれないか。もうすぐ日が落ちる。魔物が出たら、そろってあの世だ」

「……いい」

「は? おいふざけンなよ」

「別にいい。もう、なんか疲れた」

 滝汗で水たまりを作ろうと思えば、出来ただろう。とにかく冗談じゃないと女に言い続けた。何とかして、歩き出すまではいかなくとも、俺の持ち主になるという言質だけでも押さえておきたくなった。

「疲れたなら休めばいい。それよりも俺の持ち主になると言え」

「これから死ぬのに?」

「お前あれか、死にたいのか」

「そう。死にたい」

「どうしてだ。背中のやつが死んだからか。それとも死んじまったのが、好きな奴だったからか」

「だから、好きとか、そんな安い気持ちじゃないって」

「じゃあお前、こんな道端でそのたいそうなお気持ち、捨てちまっていいのかよ。ここで死んだら、その辺の犬の糞と変わらねぇぞ」

「死んだらどうせ、そんなのと一緒よ」

「じゃあ背中のは何だよ。お前、犬の糞持ち帰る趣味でもあるのか」

「……私、一応貴族なのよ」

「おう」

「そんな無様は晒さない……だから、持ち主になってあげる。せいぜい使われなさい」

 ありもしない両手を上げた。涙を流せたなら感涙にむせぶところだ。

「よし、契約だ。お前の願いを言え」

「今必要なの?」

「死にたくないならな」

「そうね、『死にたくない』かしら」

「おお、奇遇だな。俺もだ」

「……えっと、これで終わり?」

「おう、俺を使いたいなら、肌身離さず持っておくか、俺の力を使うことを宣言すればいい」

「宣言って、どんな?」

「力を貸せ、とかな。意味が伝わればいい。口上は任せるぜ」

 そう、と言って女は立ち上がった。身軽そうだ。女の願いはきちんと心底からのものだったようだ。

 さふさふと落ち葉を踏みつけながら、女は道を行った。

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