第6話 女の喧嘩
マリカとネネが楽しそうにお菓子作りに勤しんでいるのをユウはリビングソファに寝転がって眺めていた。
「ユウくんホットケーキかアップルパイかマリカのどれがいい?」
「ホットケーキかな」
「つれないなあ」
「マリカさんこっちの砂糖の量は・・・」
つい先週まで一人で惣菜やらカップ麺を作るためだけに立っていたキッチンはずいぶんとにぎやかになったもんだ。
「でもこれって完全にヒモだな」
「アンタ本当に情けないわね。それでも魔界軍幹部なの?」
「うるせえなあ、魔界で飯やら菓子なんて作ったことねえんだああああああああああああああ!?」
ユウはごく自然に声を掛けてきた女性を一瞥すると次の瞬間にはリビングのシャンデリア風な電灯に転移ししがみついた。
ネネはユウの叫び声に驚きつつその声の主が目に飛び込む。
黒いロングコートがよく似合うスレンダーな女性は落ち着いた雰囲気で自身より年上に見えた。
それだけならごく普通のきれいな女性で通るのだが八重歯というにはやや発達した犬歯に赤い瞳。そして背からは大きなコウモリの翼が生えており右手の甲にはコウモリをモチーフにしたタトゥーがある。
「吸血鬼・・・?」
ネネは直観的にそう感じた。身体的特徴は日本のドラキュラ像と一致している。
マリカも驚いた表情をしていたが
「なんだ。空気読んだ顔して損した。お菓子作ってるから帰って」
そっけなく対応しキッチンに顔を戻してしまった。
「はあー-!?はあ!?このあたしが出てきてなによその薄いリアクションは!!」
「興味ないしぃ?」
「あたしだってビッチ魔女には興味ないわ!」
「聞き捨てならないわね・・・」
貼り付けた笑顔の裏に怒りが見えるマリカ。
「用があるのはそこの駄天使よ!」
そういって電灯にしがみついている情けない駄天使、いや堕天使を指さす。
「堕天使の発音がなんかおかしかったろ!ああ誰かしら来るとは思ったよ!!けどなんでお前なんだよ!」
情けない姿のまま叫ぶ。
「順番通りに来るなんて思わないことね!魔界から失踪したかと思いきやまさかこんな平和な国でスローライフを送ってるなんて!」
「それは第3位様を怒らせるほど悪いことなのか!?」
どうやら彼女は魔界軍幹部のメンバーで階級第3位らしい。
「もーユウくんったら人の家に来るのにお邪魔しますも言えないノラ猫以下の存在に何をいっても無駄だってー」
マリカが魔女らしい悪い顔で吸血鬼を睨む。
「あーら、押しかけて居候している家出少女マリカちゃんに言われたくないわあ」
どうやら二人は折り合いが悪いらしい。
「あらあら同棲っていう単語を知らないようね!まあ?ジメジメした暗い洞窟内を好むヒキコウモリ陰キャの吸血鬼には難しい単語ですことよオホホホ」
「マリカさん同棲なんてリアルな単語使わないでください!」
ネネは変なところで突っ込む。
「・・・そちらのお嬢ちゃんは誰かしら?」
吸血鬼に睨まれてしまったネネは一瞬負力特有のざわつきに気圧される。
「・・・ユウくんのクラスメイトです」
「ふうん、人間のようね」
「お姉さんはどなたですか?」
突然リビングにしれっと現れた悪魔を刺激しないよう慎重に言葉を選ぶ。
今でこそ日本でゆったり暮らしているがかつては魔界軍幹部だったマリカにもユウにも気が付かれずリビングに転移できるなら相当高位の悪魔なのかもしれない。
「ハルカ!なんで日本に来やがった!」
ユウは強気なセリフをシャンデリア上から吐いた。
「あたしは吸血鬼のハルカ。以上」
自己紹介は簡潔に終わった。
「さ、ネネちゃん。自己紹介もマトモに出来ないかわいそうな非モテコミュ障悪魔は放っておいて続きやるわよー」
「アンタは後で絶対殺す!」
怒りでさらに瞳が赤くなる。
「そんなビッチ魔女は後回しで用があるのはユウ!あなたよ。魔界軍へ連れ戻せとの命が下ってるわ」
「あーまあそうなるか」
ようやくシャンデリアから下りてきたがハルカからはやけに距離をとる。
「だが帰らない」
「強引に連れて帰ってもいいわよ」
「それはもっと困る」
「ワガママね。ここ3日奇襲をかけるチャンスは覗っていたけどどうもアンタをこの世界に足止めしてる理由はその人間の少女でしょ?安心しなって」
「何がだ」
「その子も魔界に連れ帰れって話になってるから」
「なんでだ!?」
「そりゃあ月の秘密が地球人にばれてるんだからこのままでokてわけにはいかないでしょうが」
人類が月に行った際幻覚魔術をつかって隠そうとした月の真実。それにネネは近づきつつあるのだ。
「やっぱ自分のことを言っちまったのは迂闊だったな・・・」
「幸いにも今の段階で知ってるのはこの子だけなら地球で大規模破壊をしなくて済むのよ。この子を魔界に連れ帰られればね」
「私が魔界に・・・?地球を大規模破壊・・・」
家族から友人から当然すべて日本にいるネネにはたまった話じゃない。
「もちろんあなたが魔界に来ればそんなことしなくて済むわ」
「ふざけんな!もともとネネを巻き込んだのはこっちの責任だろ!」
「よほど地球とその子が大切みたいね」
「だから俺は魔界に帰らないしネネも魔界には行かせねえ!!」
そう言うとユウは負力を解放しネネを抱きかかえ猛スピードで窓から飛び去った。
「さすがは堕天使お得意の飛翔魔術・・・!」
一瞬でハルカの姿は消えた。
「クッキーが焼きあがる頃にはみんな帰ってくるかなー」
マリカだけソファで紅茶をすすりながらくつろいでいた。