第5話 居候
「遠慮なくくつろいでくれ」
ユウのペンション、もとい自宅はおおきなリビングに2階は6部屋の客室がある。
ネネは案内されたリビングのソファに腰かけきょろきょろと見渡していた。
「俺はこの色ボケ魔女を客室に寝かしてくるから」
「じゃ、じゃあ私がマリカさん起きるまで付き添ってるね!?一応女性だし!!ユウくんも負力のために休まなきゃ!」
つい慌てて提案してしまう。
「ん、そうか悪いな。じゃあ部屋に放り込んどくから頼む」
そう言って二階の201号室に上がる。
客室はベッドとテレビ、ミニテーブルがある6畳ほどの部屋だった。
「じゃ俺はリビングにいるからなんかあったら大声だすんだぞ」
そう言ってユウはベッドにマリカを放り投げると部屋を出ていった。
「で、ネネちゃんはユウくんのどこが気に入ったの?」
「はっ!?」
驚いて振り返ると気絶していたマリカが目を覚ましている。
「いつから起きてたんですか!!」
「ん-、『俺の家に来ないかお嬢さん』のあたりから」
「そんな言い方じゃありませんし結構序盤から起きてますよね!?」
ネネは道中の会話を聞かれていたのか、と少し焦る。
「まあ、マリカは別に魔界に連れ帰るつもりもなかったし割と本気で魔界のことなんてどうでもいいしぃ?」
この悪魔はどこまでも自由である。
「じゃあどうして襲ってきたんですか」
「ユウくんの軍が壊滅して急いで調査したけどユウくんが倒された情報も証拠もなかった。だから生きてると信じてずっと調べてた。けどマリカ自身もわからない、本当に不思議なことなんだけどある日書簡がマリカ宛に来てね」
「書簡ですか」
「うん。内容は『堕天使ユウは地球の日本、静岡というエリアにいる』ってね」
「それって」
「差出人不明だしいたずらかと思ったけどこんなことする意味も分からないしエリアをかなり限定している・・・最悪ユウくんを見つけられなくても何かヒントはあるんじゃないかって思って月と地球を行ったり来たりしてようやく見つけた。と思ったら女子高生とイチャコラしてる堕天使に堕ちてしまうなんて!」
「い。いちゃいちゃなんてしてません!」
「でも・・・ユウくんとネネちゃんを観察しててマリカもこの世界を見てみたくなった。ユウくんを変えたのがこの世界なのかネネちゃんなのかも気になるしぃ」
「変えたって大げさな」
「ユウくんは軍にいたとき戦略知略派で感情的じゃなかったからなー。今のユウくんとっても感情豊かになったと思うよ」
魔界軍幹部だったころのユウを語るネネは魔女にふさわしい笑みを浮かべると
「もう一方的に攻撃仕掛けたり連れ帰ろうとしたりしない。もちろん日本の人やネネちゃんにも危害は加えないよう約束するもん。けど」
「ネネちゃん、マリカ負けないからね」
「えっ!?」
そういうと魔女はネネを連れて部屋を出た。
「ん、起きたか?」
リビングのソファでウトウトしていたユウは二階からマリカとネネが下りてくる音で目を覚ました。
「ユウくん!地球の人とネネちゃんやユウくんに危害を加えないことを約束するわ!その代わり契約をしてもらう!」
「起き抜けになにを言ってんだお前は」
「私がここに住んでユウくんの世話をすることが条件よ!!!」
「はあ!!!!!????」
ユウとネネは面食らってしまう。
「だだだだ男女が一つ屋根の下なんてそんなの認められません!!」
「お前正気かよ魔界に帰れよ!!」
「魔界のことなんてどうでもいいし魔界軍のときだって軍本拠地の城でみんな生活してたじゃん!」
「それはそうだけど規模が違うだろ!」
「あー契約不履行で負力エネルギーが爆発しちゃいそうだなー周りが危ないかも」
「どんな脅しだ!大体履行するとは一言も言ってねえ!」
「ちゃんと寝室もわけるしユウくんが学校行ってる間に家事もやってあげるよ?魔術で。」
「非常に助かる話だが今もやりくりできてるしとっとと帰れよほら転移しろって」
「爆発・・・」
「どこの部屋をご希望ですか魔女様!!!」
「ちょっと!ユウくんはそれでいいの!?」
赤面してつっかかるネネをユウはなだめながら
「そもそもマリカは俺が魔界軍に所属した時に一緒に入った同期というか幼馴染というかそんな感じなんだよ・・・ガキの頃は一緒にいたし・・・だから大丈夫だ、たぶん。」
ユウは70歳ごろに魔界軍加入と言っていたから人間でいうと小学生くらいだったはずだ。同時期に加入してるならマリカとは子供のころからの付き合いになる。
「ま、だからネネが思ってるようなことにはならんし俺がマリカを監視するとでも思えばいい。このアホ魔女は何やらかすか分からんから」
「爆発ーー-」
「汚いぞこいつ悪魔だ!!!」
「ユウくんも悪魔なんだけどね・・・」
ネネは最近気になっている同じクラスの男子生徒・・・堕天使生徒のユウと突然居候宣言した魔女のマリカの同居を渋々受け入れることにした。
「ネネちゃん、遅くなるからマリカお姉ちゃんが送ってあげる」
「余計不安だけどな」
ユウはマリカに振り回されて大分お疲れの様子だ。
「じゃあ・・・お願いしてもいいですか」
ネネもユウに気を使ってマリカに頼むことにした。下校の際襲われたとはいえマリカには本気で危害を加える気はなかったのかもしれないと思ったからだった。
もし本気で襲うなら負力や聖力を持たないネネが一人でいるところを襲えばいいし、目が覚めていたなら帰り転移魔法を使ってエネルギーギリギリのユウもろとも襲うことだってできたからだ。
ユウもマリカが襲うつもりがないのは分かっていたのかもしれない。幼馴染だから、100年近く前から知っているからなのだろうか。
「ほいっ!」
呪文ともいえない気の抜けた掛け声で何もないところから手品のようにほうきが出現する。
「おいお前空から行く気か!?」
「だってユウくんの聖力で負力が回復してないしぃー。ま、周りから見えないように結界張るし結界内なら落ちても死なないし!」
そういうと軽く手を挙げる。挙げられた手の動きと同じくネネの体が浮かび上がる。
「ふええええ!!・・・体が」
そのままほうきに座らせると
「じゃ、道案内よろしくね!お嬢ちゃん振り落とされんなよ!」
そう言うと玄関扉を魔術で開け、二人を乗せたほうきが勢いよく動き出す。
「ひええええええぇぇぇぇぇぇ・・・・」
遠くなるネネの悲鳴の後に静かに扉が閉まった。
「ああ、めんどいことになったなあどうすりゃいい」
答えてくれる人は誰もいない。
上空を魔女と共に飛行しているが町はいたって普通で寒さどころか風すら感じられない。
「心配しなくても魔術結界の中だからマリカ達の事は見えないし落ちたりしないよー」
「そうは言ってもいきなりこんな体験驚きますよ!」
「魔界の悪魔は皆こうだから」
「私を悪魔かなんかだと思ってるんですか・・・」
「それに地球の人のほうがすごいと思うけど。何百人も載せて海や空を移動出来て、月よりずーっと広くてきれいな世界でさ。魔術もなしに月まで来られるなんてね」
「私からしたら魔術のほうが怖いですよ!今だって身一つで空を飛んでるなんてとても・・・あ」
そこには広がる駿河湾と陸地の夜景がネネの目に映る。
「きれい・・・」
「空を飛ぶって気持ちいいでしょ」
「うん・・・」
案外この魔女はいい人なのかもしれない。ネネは気が付いていないがとっくに警戒心を解いていた。
「ユウくんが元気そうで安心した。ネネちゃん、ユウ君と仲良くしてね・・・奪わせないけど」
「どういう意味ですか・・・」
マリカはユウが好きなんだ。自分はどうなんだろうか。
答えは正直わかっていない。
分かってはいないが魔界に連れ帰られ二度と会えなくなると思ったときのあの気持ちはただ友人がいなくなることの寂しさなんだろうか。
夜景をみながらぼんやりと考えていた。
「送ってくれてありがとうございました」
ネネの家まで10分ほどのフライトで着くとネネはペコリとお礼する。
「ネネちゃん、また遊ぼうね!」
サムズアップした魔女は次の瞬間空に浮かび上がり結界の影響か姿が見えなくなった。
「マリカさん、やっぱいい人なんだ」
また遊ぼう、とマリカは言っていた。マリカにとって今日のことは戦闘でもネネからユウを奪うわけでもなく、ただの遊びだったのか。
「悪魔ってなんなんだろう」
そんな疑問を持ちながらネネは今、無事に帰宅した。
「こうして二人きりでいるのも久しいな」
帰還したマリカとおおよそ50年ぶりにかつての幼いころのような顔つきで話す。
「そうだね。すごく前のことに感じる」
「魔界にいたころは戦うのに必死だったから」
「お前何しに日本に来たんだ。やろうと思えばいつでも俺を魔界に連れ帰るチャンスはあっただろう。さすがに殺すまではしないと思ってはいたが」
「うーん、一番の理由はユウくんが死んだと思ってたから・・・一目でも会いたかったから」
やはりマリカには襲撃する気はなかったらしい。
「そうか・・・心配かけて悪かったよ」
恥ずかしそうに顔をそむけ伸びた襟足をくりくりと指で弄びながらユウは謝罪する。
「ユウくんはやっぱりユウくんだね。何も変わってない」
二人は一年ぶりに再会を果たした。