もう遅いにもなれない私の令嬢ライフ
アーデルハイド十六歳。
前世の記憶を取り戻すのが、明らかに遅すぎました。
大体にして、この手の「乙女ゲームの悪役に転生しました」系の話の場合、もう少しどうにかなる時点で記憶を取り戻すのがセオリーというのに。
たとえば十歳。それまで我がままの限りを尽くし、兄弟姉妹や使用人のことごとくを苛め抜いていたとしても「あら、突然お嬢様ってばひとが変わったみたい」と言われながらギリギリ立て直せる時期。
或いはもう少し前、生まれた直後とか、物心ついた瞬間とか。
もしかして、わたし、悪役――!?
このままだと断罪処刑追放まっしぐらでは!?
(って、気付いてもね)
ヒロインを苛める為に設定されたそのステータスはまさにチート! さらには現代知識持ちで、国政に乗り出してもスローライフを始めても向かうところ敵なし。と、見せかけて悩んだりつまずいたりのけなげな細腕繁盛記。気が付いたら攻略対象キャラやら「お前とは婚約破棄だ!」などと啖呵を切るはずの王子様まで滅茶苦茶意識してきて、なんなら「好きだ」「どこ見てんだよ」「お慕い申し上げております」「俺にしとけよ」って恋の鞘当てをはじめる逆ハーライフ。
それもこれも、何もかも取り返せる時点で物語が始まればこそ。
(それともなに? これループものなの? ここらで一回ギロチン送りにされて死んでからが本番? 死ぬの? 痛くない? いや~痛いでしょう)
そのへん優遇措置があった記憶はない。転んだこともぶつけたこともある。痛いものは痛い。
「世の中甘くないんです。現実なんてそのものです。あなたがヒロインって誰が言いました? 『もう遅い』される側だって線も十分あるんですよ~。だから、堅実に生きましょう。はい、今日はここまで」
パッとお母さんはスマホの画面を切った。
物心つく前から絵本の読み聞かせをしてくれていたお母さんだけど、あるとき突然「WEB小説」にはまったらしい。「ためしに読んでみようか?」そう言ってたくさんのお話を夜寝る前に読み聞かせてくれた。
たくさんたくさん読んで、二人でいろいろ考察した。
今は私も結構文字が読めるようになってきているから、お母さんが読み上げてくれる前に何が書いてあるかなんとなくわかることもある。
最近お母さんが読んでくれる小説のタイトルは「執筆中小説」となっている。
(……なかしょうせつ?)
その前の文字、なんて読むの? って聞いたけど、お母さんは慌てて隠して、ついに教えてくれなかった。