第7話 爆弾
我々三人は、そのまま教室へと戻ると、みんな心配そうな顔をしていたが、授業中なのですぐに顔を正面に向けた。私は王子殿下へお礼を述べ頭を下げた。
「殿下申し訳ありません」
「ふん。本当よ。リックにこんなに迷惑をかけて。国家に対する重罪だわ。ねねリック。いつまでも下賎なこんなのを抱えてることないわ。席に戻りましょ」
ライラはプイッと首を振って席へと戻る。
王子殿下は私の耳元で小さくささやいた。
「なるほどぉ~。そうやるんだ。すっげぇ」
「……はは。あの、王子殿下、私は大丈夫ですのでもうお放し下さい。主人に叱られます」
リック王子殿下は、ニヤニヤしながら振り返り振り返りこちらを見ていた。ヤバい。このままでは今までの苦労が水の泡になってしまう。
私は王子殿下の背中を苦笑しながら見つめるしかなかった。
授業も区切りのいいところで休憩となり、貴族の生徒たちはそれぞれその時間を楽しみ始めた。
私は他の執事や護衛と同じように教室の後ろで主人であるライラの方を見つめていた。
「いっ!」
突然、尻の頰肉を触られた私は後ろを振り向くと、そこには子爵令息のガルフ様とプルーツ様。
「災難だなぁ。君はたしかルミナスとかいったか」
「あ、あの、はい。ガルフ様、プルーツ様、何かご用で?」
「いやぁ君はとても気の毒だと思ってね」
「よかったら私たちと遊ばないかね?」
遊ぶのは結構だが身分もあるし、ライラの護衛もある。ここは断らないと。そう思っているとプルーツ様は、笑いながら言葉を続けた。
「時に君はとてもいい尻の形をしているね」
ゾク。なぜか悪寒が走る。いやいや、さっきライラが変なこと言ったから余計に変な想像するだけだ。
「いやぁ、あの。お屋敷に戻ると力仕事なぞもしますので、それで筋肉があるのでしょう」
「なるほど」
「力仕事。それでかね」
おお~……。なんという妖しい微笑みだろう。これはホンモノかもしれない。私の悪寒は再頂点に達し、一人でいるのが怖くなって二人に暇乞いをした。
「すいません。仕事がありますのでこれで失礼します」
「仕事?」
「どんな?」
私は急いでリック王子殿下やジン様と楽しげに話しているライラの元へ急ぎ、その肩に触れた。
「ま。なーに? ル、ルミナス! ふ、不遜だわ! 主人の身に触れるなんて」
「いえお嬢様。お疲れのご様子なのでマッサージにございます」
ライラは最初、お芝居を忘れて赤い顔をしていたが、すぐに怒声となった。だが今はそれどころじゃない。私はライラの肩へと親指に力を入れる。
ライラはすぐに快楽の声を上げた。
「やーん。やめてー。あん、気持ちいい」
「私も肩こりなので、お嬢様がこっていることが分かりましたよ」
とは言うものの、後ろの二人が気になる。振り向くとガルフ様もプルーツ様もニヤニヤ笑っているのでさらにライラの背中に密着してしまった。
最初は笑っていた王子殿下だったが、急に立ち上がる。
「おいキミ! 私の将来の妃に勝手に触れるな!」
と面倒くさい感じで芝居に参加して来た。いわゆる悪ふざけというやつだ。王子殿下といえども、まだ子ども。人が困っている場面が好きなのであろう。
「申し訳ありません。殿下」
「ああそうだとも」
ちゃんと着地を考えているのだろうか? 王子殿下。何も話さずにニコニコしているところを見ると、やはりノープランの勢いだけ。
「殿下。ジン様もおられるので、それに免じてお許しを」
明らかにしまったという顔つきのリック王子殿下。
恋している人の前で将来の妃などといってしまった。
「どうしたリック。キミまでルミナスにそんなこというなんて少しおかしいんじゃないか?」
「いやジン、違うんだよ」
ヤバい。王子殿下は爆弾か?
まさか私たちの計画を言ってしまうのでは!
「見損なったぞ。リック。それが君主たるものの言葉かね?」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれジン。これはそのう」
「わけがあるなら聞こう」
「だからそのう……」
王子殿下は手で顔を覆うと、こちらへとこっそり顔を向けて助けを乞うような顔をして来た。
まったく、着地を考えていないなら無理にふざけないで欲しい。
こちらは命がけの芝居だと言うのに。
「ジン様。王子殿下は私のようなものでも友人だと思ってらっしゃるのです。友人の軽口とこういう分けです」
そういうと王子殿下は助かったと言わんばかりに細くため息をつく。
ジン様もなるほどといった顔をした。
「ふむ。それはいい心がけだな。君主たるもの身分の差もなく愛するべきだ」
「そ、そうなんだ。ルミナスは常々ライラの近くにいるし、それをきっかけに友人になりたいと思っていたんだ。ルミナスはずっと昔からライラのそばにいるだろ。友人になっていればいろいろと話も聞けるし、これからも仲良くしたいなぁと思って。だからちょっとだけふざけただけなんだよ。な、な、ルミナス。そうだよな」
「ほう。ライラのために。すばらしいじゃないか。少々口数が多いのは気になるが、二人がそんな関係になることを応援するぞ」
「やった……!」
なにが“やった”なのやら。私とライラだけハラハラしっぱなしの一日だった。