第5話 露呈
それから、2年の月日が流れ、私は17歳。ライラは15歳になっていた。
あと1年。悪役令嬢の芝居はライラにとっても辛いものだ。私は学校内で、彼女の精神が和らぐように近くにいなくてはならない。しかしそれも逆効果となる。彼女は愛する私を叱らなくてはならない。そして、リック王子殿下に秋波を送るのだ。
王子殿下は白く金の刺繍がされている貴族の服に身を包み、腰にも白銀の細剣を帯びている。顔立ちはたくましく精悍だ。白い肌に短く整えられた黒髪が映える。
本当にリック王子殿下はライラを婚約破棄してるれるようになるのだろうか。それがならなかったら私にはなにも残らない。
彼は授業中、ライラをずっと見つめている。ライラもそれに気づいて微笑む芝居をする。
そんな美しい笑顔で見られたら、どんな男でもイチコロだ。私の胸が冷たく凍る。
あの男にライラを奪われてしまうかも知れない。国で一番の権力者となる男に。私にはなにも勝ち目はない。
ライラが心変わりしてしまったらどうしよう。
リック王子殿下がライラの所業をどうとも思わず、婚約破棄しなかったらどうするのだろう。
私の中に初めて敵対心というものが燃える。よりによって、未来の国王に。
突然──。ライラは授業中にも関わらず、私の方へと振り向いて文箱を投げつけてきた。私はリック王子殿下の方を見ていたので、それを、顔面で受けることとなった。
「おいおいライラ──」
そういって立ち上がってくれたのは、ライラの親友で伯爵令嬢であるジン様。家の事情で男として育てられた男装の麗人。王子殿下の剣術指南でもある。その彼女は私に駈け寄り文箱の中身を拾ってくれたものの、私はなぜ文箱を投げられたのか訳も分からずぼぅとしていた。
「さぁルミナス。もう大丈夫だ」
「す、すいません。ジン様」
教室中がザワザワとしている。ライラの突然の激高だった。
「なにをやっているのルミナス! 主人に恥をかかすつもりね!」
「お、お許しをお嬢様」
「許さないわ。鞭打ちを与えます。私の鞭を持ってこっちへいらっしゃい!」
「ど、どうかお許しを……」
ライラは話も聞くこともなく、授業中であるのに教室の外に出た。私は彼女の後ろについて進んでいくと、彼女は手を引いて誰もいない部屋へと私の背中を押して入れた。
そしてその背中に顔を押し付けたまま抱き付く。
「んーーー」
「もしもし?」
「あーん。ルミナスの背中あったかぁい」
「ギャップが凄い」
「だってルミナス、私のこと見てないんだもん。ホントにムカついた」
「いやだって」
「なによ。他のご令嬢を見ていたんじゃないでしょうね」
「まさか。私にはライラがいるのに」
「どうだか──」
「ほんとだよ」
「じゃ、誰を見てたの?」
「それは──」
「誰?」
「……リック……王子殿下」
「え? リック? ルミナスって男色?」
「なんでだよ!」
「だって憶えたら男色のほうがいいって聞いたもん」
「ブッ! どーせエルメス侯爵ご令嬢だろ? そんな偏った本しか読んでないようなお方の話を聞いちゃダメ!」
「まー。ルミナス、まるでお母様かばあやみたい。それに、エルメス嬢はガルフとプルーツなんか妖しいって言ってたわ」
ガルフ様とプルーツ様は、子爵令息だ。仲がよくいつも側にいるけど、それを男色だなどという腐女子のウワサはどうかと思う。
「ライラもそんな根も葉もないウワサに相乗りしちゃダメだぞ?」
「じゃなんでリックのこと見てたのよ」
「……だからさぁ。リック王子殿下が婚約破棄してくれなかったらどうしようかなって思ったんだよ。悪役芝居のライラを受け入れて結婚してしまったら。私はそんなの嫌だ」
「私だって嫌よぉ」
涙目のライラ。自分の心配を表に出して、彼女へ余計な心配をさせてしまっている。私は彼女の肩を抱きすくめた。
「ゴメン。心配かけて」
「ホントにルミナスの言うとおりだわ。リックが婚約破棄してくれなかったら、私は王家に嫁がなくちゃいけない」
大きな目からこぼれる涙は、大きい真珠のよう。私はそれを優しく拭う。
「ライラ。教室に帰ったら、私の頬を大きく張って、倒れたところを足で踏みつけるんだ」
「え? どうして?」
「今までのような生やさしいやり方ではダメかも知れない。もっともっと激しくやらないと」
「嫌よぉ。本当はルミナスにそんなことしたくないもの」
「ダメだ。やるんだ。いいね。私のために──」
最初は横を向いて拒否していたライラだったが、仕方なしに小さく頷いた。
「そう。それでいいんだ」
「分かった──。分かったわよ。でも……」
「うん。でも、なに?」
「キスしよっか?」
「な、なぜに──?」
彼女は力強く私の背中に腕を回して完全にホールドを決める。
「こらこら。もし誰かに見られたら、今までの苦労も水の泡でしょうが」
「ちょっとだもん。それに勇気の出るおまじない!」
「お屋敷に帰ったらいくらでもするから!」
「ダメ。もう放さない」
私は仕方なく顔を近づけてチョンと唇を重ねたが、ライラは許さなかった。
「ほらぁ、もういいだろ?」
「はぁ? 今のなに? ルミナス。これは命令よ?」
「でた。命令」
「さっさとやりなよぉ。時間がもったいないじゃん」
「分かった。分かりました」
彼女の肩を抱いて思い切りキス。熱く、熱く、二人で蕩けてしまうようだ。彼女を感じる。ああダメなのに。一番キスしちゃダメな場所なのに。
その時、目の前のドアが開く。
彼女はドアを背にしていた。だから私とドアを開けた者と目が合う。
ライラの唇を奪っている私の顔と。
そこにいたのは──。
一番見られてはいけない相手。
リック王子殿下だった。