第4話 悪役令嬢のお芝居やってます
あの時の旦那さまの鞭打ちには意味があったのだ。これくらい堪えられなければなにも堪えられないという。
そして私たちに道を示してくれた。それは不安定な策だった。成功の可能性は少ない。それでも私たち二人は賭けたのだ。わずかな希望でも全力でやり続けた。
ライラが貴族学校に通う際はベテラン執事のバルゾ様か侍女長のエバ様がついていたのだが、ライラの悪役芝居にベテランを罵倒するのはどうかということで、私が専属のお付きとなった。私が耐えなくては意味がない。今までも貴族学校へはバルゾ様に付いて補助することがあったが、専属は初めてだ。
周りは並み居る貴族の子弟たち。そしてリック王子殿下までいる。そこでライラに罵倒されなくてはならない。だけどそれは私の役目なのだな。
赤く目立つ上下の執事服は動きやすいようにベストとスラックス。そして黒いシャツに赤いネクタイ。そしてライラの荷物を持たされる。私が叩かれる用の革の鞭。痛くないものだと言うことだがやっぱり痛い。
「あー。そのベスト、カッコいいわよルミナスぅ~」
「そうだね。でもこんな目立つ服でライラに罵倒されるのが仕事だなんて」
「嫌いにならないでよね」
「まさか。結婚までの道のりだもの」
「頑張ろうね!」
「ああ」
ライラは可愛らしくウヒウヒと笑っていたが、人前で罵倒することや心ない悪口などを言うことは彼女にとって精神的に苦痛なのだ。
辛く苦しい道のりだ。一言に3年は簡単だが時間にするととても長い。外で友だち付き合いしていたものにもウソをつき続ける生活だ。それは辛く苦しく哀しい。
だが、その道の先には二人の未来があると信じて。ライラは悪女の道を。私は無様な下男の振りをし続けた。
そしてさらに辛いのは二人でいる時間が減ったことだ。私は店を持つための訓練を受けた。一番適性の高いもの。
ライラも夜遅くまで、食事作りの勉強をしたのだ。
私たちは学校から帰って家庭教師の先生が来るまでの時間。その時が来たら別な仕事をしに私は下男部屋に戻らなくてはいけない。そのわずかな時間で抱き合い、互いに励ましあうのだ。
「ねぇルミナス。辛いわ。とても辛い。私たちが愛し合ってるだけではダメなの?」
顔を覆い泣きしおる彼女をそっと抱き寄せる。
「ああ、ダメだ。ライラが諦めるのならそれでもいいよ。君は王子殿下と結婚するならばこのままでいいんだ」
「まぁ。いじわるだわ」
ライラは頬をプクリと膨らませ、両手を腰にあててそっぽを向く。その姿があまりにも可愛らしいので、苦笑しながら抱き締めてしまった。
ライラは驚いて身を震わす。だがおずおずと私の背中に手を回してしばらくそのままだった。
「……いじわるだぁ」
「うん……」
「いじわるだよぉ」
「……ごめんなさい」
「一緒に3年頑張るんだもんね。ね、ね、ね」
「そうだよ。ごめんね」
「私に未来を選ばせるなんて卑怯だわルミナス」
「う。それっていつものお芝居の時みたいな言い方だね」
「ほんとだもーん」
「あは。ごめんごめん」
私たちは落ち着いて、ライラの豪華なイスに二人で座った。私が腰を下ろして、ライラは私の膝の上に。
その態勢で彼女の腰を支える。背の小さい彼女は膝の上に座らせてもまだまだ軽い。
「たしかに3年は長いよね」
「でもさ、でもさ。ねーねー、3年たったらもう大人だよね」
「……そうだよ?」
「そしたら、二人は夫婦になるんだもんね」
「……そうですけど?」
「うふ!」
「いやそのために頑張ってるのに、なんであらためて?」
「いやー、その頃は二人は大人だなぁーと思って」
「はいはい」
照れる。改めて言われると。日々、緊張した毎日を送ってるから余計にこの時間が大事だ。私が下男部屋に戻らなくてはならない、わずかな時間。それが旦那さまから私たちに許された二人の時間なのだ。
「ねぇルミナス、キスしようか」
「わ。はしたないお嬢様」
「だってもうお部屋に戻らなくちゃならないでしょ。明日への元気を分けてよぅ」
「いつもの悪役なご令嬢とのギャップが凄い」
そう言うとライラはすぐにおすまし顔をして、眉をつり上げる。
「ルミナス。私の命令は絶対よ。口答えは許さない」
「ああ、お許しをお嬢様」
私たちはいつものお芝居に戻って微笑みあう。許し合って膝の上に抱いて、彼女も私の肩に手を回したままでのお芝居。
「鞭で打たれたくないなら強くキスしなさい。だったら今日のことを許してあげるわ」
「あーあ。いつもそんな罰ならいいのに」
「こら。ちゃんとお芝居に徹しなさい」
「ふふ。わかったよ。じゃこっちに顔を向けて」
「はーい。んーーー」
「ん」
私たちは熱く熱くキスをする。そしてまた明日。
明日もあのお芝居が待ってる。




