第17話 毒
それからライラは3日も寝込んでしまった。お芝居とはいえ、凶暴な姿を国の頂点である国王陛下に見せたことを悔やみ、自分を責めたのだ。
慕っているじいやのウオルム様と。ばあやのエバ様を叩いたことも彼女には重くのしかかった。
元々人を叩くような性質ではないのだ。演技で観客も少ない。しかしそれは国王陛下という地位のお方というのが彼女を苦しめる。
私は部屋の中に入って慰めることを許されなかった。ドアの前でライラとウオルム様、エバ様の話し声を聞くだけしかできなかったのだ。
「私なんか産まれなきゃよかったのだわ! もう生きれる場所なんてない。早くルミナスと一緒に殺して頂戴! やっぱりあの時、池で死ぬべきだったのよ!」
「お嬢様、そんなことはありません。もうすぐです。もうすぐ、幸せな結婚が待っています」
「私ばかり結婚出来たからといってどうだというの? お父様はどうなるの? お母様は? 陛下に睨まれて閉門だわ! そしたら使用人は路頭に迷うことになるのよ! 私さえいなければ、ああ!」
苦しんでいる。それは私も同じだ。彼女と同じ場所に行って互いに慰め合いたいのに。私が行くとなおさら興奮するという理由で部屋の中に入れて貰えないのだ。
「じいや、ばあや、ごめんね。ごめんなさい。痛かったでしょう?」
「まさか! お嬢様の心痛に比べたら痛みなどありません」
「ばあや! 手を握ってここにいて。お話をして。昔みたいに」
「ええいいですよ。ランプの魔法のお話をしましょう」
「ああ、あれ好き。王様と下女が恋するお話。まるで私とルミナスのような……。うげ、うげー」
「まぁ大変。これ誰かある」
エバ様の鈴を鳴らす音に、侍女3人が部屋へと入っていった。
ライラの精神は細く、すり減ってしまったのだ。わめいて、うめいて、子どものようにエバ様に甘える。そして、食べても戻してしまう。このままではいけない。
そこにウオルム様が部屋から食器を持って出て来た。いつものように背筋をピンと伸ばしてはいるものの、顔は険しい。私の横を通り過ぎるときに小声でつぶやく。
「ルミナス。ついてきなさい」
「は、はい」
私はウオルム様に続いてお屋敷の長い廊下を歩く。ウオルム様もライラの焦燥にまいってしまっているようだった。
「ルミナス。お嬢様は国王陛下にお芝居を見せる前までは、まだ王子殿下と結婚するという道もあった。苦しい道から逃げたくなったら、諦めることも可能だったのだ。しかしもう引き返せないところまで来た。お気の毒でならん」
「は、はい」
「今はとても不安定な状況だ。このままご病気になってしまわれるか、元に戻れるか怪しいところだ」
「そ、そんな!」
「お嬢様はお前を見たらますます興奮するだろう。ひょっとしたら精神が赤ん坊になってしまうかもしれん。だが元に戻るのかもしれん。これは賭けだ。お前がお嬢様にお薬湯を持って行け。お前にもしっかりして貰わんとな」
「は、はい」
私とウオルム様は階下にある薬局へと入る。そこには薬草や乾燥したは虫類、動物の骨や角が陳列されている。すでに使用人により、精神が安定する薬湯が用意されていた。どろりとした緑色の薬湯が深皿にいっぱい。薬独特の香りがする。顔を背けたくなるような。
「さあ、それにはグッスリと眠る薬草も入っている。それを持ってお嬢様のそばに行ってやりなさい」
「はい」
私は薬湯を持って彼女の部屋へと急いだ。その途中で侍女3人とすれ違った。手には汚れたライラの寝巻きが抱えられている。
私は彼女の部屋のドアをノックした。中からはエバ様の声が応対する。
「どなた?」
「私です。ルミナスです。薬湯をお持ちしました」
すると、扉が開けられ、ベッドに寝込んで半身を起こしているライラと目が合った。ライラは嬉しそうでもあり、哀しそうでもあり、表情が定まっていなかった。
「お嬢様。少しルミナスと変わります。部屋の外におりますから、鈴を鳴らして下さいね」
そう言ってエバ様は私と代わって出て行った。私は彼女へと歩みを進める。
「大丈夫?」
「……わかんない」
「みんな心配しているよ」
「そうでしょうね……」
「いつものライラに戻って欲しい」
「……もう無理だわ」
「うん」
「ルミナスに恋をしたのが間違いだったわ。そうよ。素直に王家に入っていればこんなことにならなかったのに。私はみんなを不幸にしてしまう。みんなのこと好きなのに。全部、全部、私が悪いのよ!」
「そんなことないよ」
「あるわよ。私なんて死んでしまえばいいんだわ」
「悪いのは私だよ。私が悪いんだ」
「違うわ。私よ!」
「そうじゃない。ライラも分かっているはずだよ。ライラを苦労させてるのは私だ。私は何の苦労もしないでのほほんとしてライラに全てを押し付けてるだけ。そうだよ。ライラも言ってご覧。ルミナスが悪いって言ってごらんよ!」
「いやよ。いいたくないもの」
「いっちゃえよ。スッキリするから」
「そうよ!」
ライラは鋭い視線で私を睨む。そして暴言のかぎりを尽くす。
「ルミナスが悪いんだわ。ルミナスさえ私の前に現れなかったら、そのままリックと結婚できたもの。王家に嫁げば公爵家には毎年多額の年金だって出るのよ。それで領民たちに祭りをしてあげれる。生活が楽なようにしてあげれるわ。リックと結婚すればね! リックなんてあの調子で別に嫌いじゃないもん。身分も釣り合ってるし。なによ。ルミナスなんて!」
ライラが叫んでしばらく静寂。私達は互いに見つめ合ったあとでプッと吹き出した。
「ヒドいな」
「ホント。ルミナスなんて、もう嫌い」
ライラはベッドの上で足をパタパタさせた。
「たしかに私にはなにもないよ。それでもいいの?」
「だってもうこの道を選んだんだもの。自分の意思でね」
そう言って彼女はいつものように笑った。やっといつもの彼女に……。
「毒を持ってきた」
「え? 毒?」
「二人で安心して死ねるように。こんな世の中とはおさらばしよう」
そう言って薬湯を出す。ライラは微笑んでそれを受け取った。
「そう。毒なんだ。じゃルミナスも飲まないとね」
「ああ。キミのそばですぐに飲むよ」
「じゃ半分こ」
ライラは薬湯を半分だけ飲み、残りを私に渡すと枕に頭を沈めた。
「そばにいていいかな?」
「ええ。ずっといて欲しいな」
「ああ」
私は残った薬湯を飲み干して、彼女の眠るさまを見ていた。やがて私もそのまま寝てしまった。




