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第16話 愚民論

王子殿下の話は終わった。

叶わぬ恋心。好きな人は親友で男を装っているなんて。なんて悲惨な。


「正直キミたちが羨ましい。相思相愛で、結婚のための芝居を続けている。私も芝居をしてる。ジンジャーに気がない振り。男同士の固い絆を。主君と家臣の関係を。だが本当は彼女を抱き締めたい。正面を向き合って抱き締めたいんだ。だけど今は横で肩を組んで男の友情を装っている。まぁそれだけでも幸せではあるかな」

「そうでしたか……」


あのはしゃぎ屋で、一歩間違えると爆弾と化してしまう王子殿下も苦しんでいるんだな。私とライラの計画は王子殿下に寄り掛かって成就するのだろう。しかし、彼は不憫なままだ。王子殿下になにかしてあげれることはないだろうか? その答えは簡単に出るものではなかった。


そうしていると、ようやくライラが真紅のドレスに身を包み、メイクも目を大きく強調。しかしどこかに悪を感じさせるような、口紅の色も赤黒いもので完璧な悪役令嬢の姿で現れた。

大きな扇子で口元を隠してこちらへ近づいてくる。


「おーう。ライラ。見違えたぞ。しかし怖いメイクだな」


と王子殿下。ライラはすでにお芝居に入っているように、目を細めて睨むように横目で見る。


「当たり前よリック。さあ、陛下のところへ案内して」

「お、おう」


「ルミナス。あなたはじいやとばあやの指示に従って」


そう言って、足音も鳴らさずに進んでいく。そこに、ライラがじいやと呼ぶ家宰のウオルム様と、ばあやと呼ぶ侍女長のエバ様が私に指示をした。


「ルミナス。キミはすぐに部屋に戻っていつもの赤い執事服に着替えてくるのだ。靴も変えなさい。家畜小屋の匂いなどつけておってはいかん。香水をエバにかけてもらえ。それが終わったら私のところに来なさい。キミの役目は陛下の接待だが、お嬢様に叱られる役だ」

「存じております」


「すでにお嬢様とは打ち合わせをしてある。キミはいつものように芝居をしなさい」

「はい」


私はすぐさま下男部屋へと戻り、いつもの真っ赤な執事服へと着替えた。今日、この時が未来への布石。ライラをスムーズに婚約破棄して貰うための。国王陛下にダメな公爵令嬢と認めて貰うための。

緊張が走る。鼓動が高鳴る。失敗は許されない。一度きりの本番。私達の結婚のためにみんな動いてくれているのだ。あの王子殿下だって。


ウオルム様とのところへ戻ると、出されたのは紅茶の入ったポット。私はそれを受け取り話を聞く。


「陛下と殿下におかわりを差し上げろ。中身は上質の茶葉で作った一級品の紅茶だ。だがお嬢様は何かにつけて難癖をつけてくるから、素直に罰を受けなさい」

「存じております」


私が応接室のドアを開くと、国王陛下のお姿が正面に。部屋の中は和やかで、ライラの美しい笑い声と陛下のお声が賑やかに響いていた。


「ライラ嬢は美しいし、なんとも明瞭なお方だ。リックにちょうどよい。のうリック」

「はい」


「まぁいやですわ。陛下ったら」


陛下の言葉に上品にコロコロと笑うライラ。しかし私が入ると、旦那さまとライラの顔が険しく変わった。一分の隙も見逃さない。厳しい顔だった。


「失礼を致します」


と発すると、途端に旦那さまとライラの深い深いため息。構わず私は陛下の元に進む。そして陛下の茶器を取り、挨拶とともにお茶を注いだ。


「おかわりでございます」

「やぁ。ありがとう」


「もったいないお言葉」


そこで旦那さまはテーブルを叩いた。続いてライラが声を張り上げる。


「ルミナス。もういいわ。下がりなさい。陛下のお茶を注ぐとともに声を発するなんて。お前の下賎な飛沫が陛下のお茶に入ったに違いないわ。すぐに交換なさい」


それに陛下の方が驚いてたじろいでいた。


「い、いや、大丈夫だ。気にせずともよい」

「いえいえ陛下。家臣をたしなめるのは主君のつとめでも権利でもあるのです。ルミナス。ぼうっとせずにさっさとなさい!」


「は、はい。お嬢様」


私は急いで陛下の茶器を手に取ると、今度は別な咎めだ。


「ああ! 熱いお茶の入ったポットを持ったまま茶器を持とうとするものがどこにいるというの? この横着者! 万が一陛下に熱湯がかかったら、死を以て償わなくてはならないというのに。一度ポットは手から放して茶器を持つべきだわ。そんなこと、子どもでも出来るというのに何をしてて!?」


たしかに。納得するような話だ。今のは私のミスでした。私はポットを別な場所に置き、陛下の茶器を手に取ろうとすると、もはやライラの怒りは頂点に達したようだった。


「ああ、なにをグズグズしているの! 陛下にあなたと同じ空気を吸わせてしまったことに、私もお父様も恥ずかしくて仕方がないわ! すぐにじいやとばあやをお呼び!」

「は、は、は、はい」


私は、部屋から出てウオルム様とエバ様を呼んだ。二人はすでに準備をしていたが、怯えるような演技をしたまま部屋の中に入っていった。


「し、失礼を致します」


それに旦那さまは厳しい視線を送り、ライラは二人の元に鞭を持って近付いた。


「お嬢様。ルミナスに不都合がありましたでしょうか? ちゃんと言って聞かせますのでどうぞご容赦ください」

「じいや。お前はどんな教育をしているの? 家宰が聞いて呆れるわ!」


そう言って、顔に鞭打ち。ウオルム様は堪えきれずに唸りながら床に倒れ込む。


「ばあや。ルミナスにお茶の置き方を教えたの?」

「はあああ、申し訳ありません」


「教えたかどうか聞いているの!」

「お、お、お、教えました!」


「ならどうして満足にできないの? ルミナスが馬鹿過ぎるわけ? それともあなたの教え方が悪いのかしら?」

「そ、そ、そ、それは……」


「それは?」

「わ、わ、わ、私めの教え方でございます」


「愚か者!」

「あ!!」


エバ様も鞭打ちに堪えられず、床に倒れ込んだところで国王陛下の威厳のある声が響いた。


「もうよい」


そう言って陛下は、立ち上がり王子殿下に上着をとるように命じ、入り口まで進んでいった。


「あら陛下。いかがなされました?」

「見るに堪えん。これで失礼するよ」


「陛下。もしも鞭打ちのことでしたら、これは家臣には当たり前のことです」


ライラのその言葉に陛下は足を止める。


「当たり前?」

「そうです。民衆は愚かですから恐怖によって服従させねばなりません」


「は……」


陛下は、しばらく口を開けていたがリック王子殿下が近くに来ると何も言わずに部屋を出て行った。旦那さまはそれを追いかけてお見送りにいったのだ。

ウオルム様とエバ様も立ち上がり、ライラを励ました。


「お嬢様。お疲れさまでした」

「そうですよ。お嬢様。成功したのですから、お気に病んではいけません」


「そ、そう。成功したの。成功……。うーん」


ライラは一声あげると崩れるように床に倒れてしまった。

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