第15話 女として──
ジンは、数十年前に我が国に合併されたサンヌ地方の歴史を知りたいという気持ちがあった。勉強熱心なんだよな。しかしサンヌの歴史は禁書でな、王宮の図書館にしかなかったのだ。伯爵の身分では見れる代物ではなかった。
禁の内容は私にもよくは分からない。占いによって滅んでしまった国なんだ。ひょっとしたらその辺が禁なのかも知れないし、多少ドロドロの王家の恋模様があるからその辺かもしれん。
私はその本を持ちだして自分の寝室に置いていたのだ。
「ジン。朝稽古が終わったらヒマか?」
「ああ。今日は学校も休みだから、屋敷に帰って昼寝でもするつもりだ」
「ジンはサンヌの歴史に興味をもっていたろ?」
「ああ。だがサンヌに関して書かれたものは禁書なのでどうにもならん」
「私の部屋にサンヌに関しての本があるんだ。お前は特別だ。見にこんか?」
「なに!?」
ジンはしばらく自分の中と戦っていた。ブツブツとそれは不正だとか、一生に一度のチャンスとか、それはもうしばらくそこに立ち尽くしてな。もうマジうけ。
どうやら見たい気持ちの方が勝ったらしく、顔を上げたんだ。
「リックの友情に深く感謝する。まさかその不正を盾に私を脅迫しようとしても、私からはなにも出んぞ?」
「当たり前だ。お前になにを期待するもんか」
その時のジンの笑顔といったら。抱き締めてしまいたいくらいだったよ。嬉しすぎて私の肩を抱いて自分の方に引き寄せてきたのはアイツの方だからな? しょっちゅうやるんだ。キミたちも見たことがあるだろ? 男同士ならいいんだ。男同士という関係ならな。私もアイツの肩を抱いて歩くし、アイツだって肩を抱いて来るんだぞ?
しかしなぁ、脅迫。アイツはあの時そんなこといったけど、脅迫して側室にしてしまうのもありだなぁなんて思ったっけ。でもそんなことしたら、男同士という関係すら崩れてしまうと考えたんだ。
部屋につくと二人きり。護衛もついてこない。これほど頼もしい護衛もいないしな。アイツは部屋の中をキョロキョロしてたよ。初めての男女が互いの部屋にいけばこんなふうに部屋を見回すだろうなと思ったけど、アイツはそんなロマンなんて持ち合わせない。
「禁書はどこだ? 禁書は」
ガツガツしててみっともない。思わず苦笑。アイツの興味のなさといったら。
「こんなところで読んで誰か入って来たら、お前が禁書を読んでるってバレるだろ。寝室だよ。寝室に置いてある」
「寝室か。どこだ?」
もう禁書のことで頭がいっぱいだから、自分から寝室探しだよ。男女が寝室に入るんだから、ジンだって覚悟の上。覚悟の上って自分の中で復唱。
「奥の柱が立ってる通路から入るんだ」
「なるほど。さすが王子の部屋だ。広くてわからん」
アイツを部屋まで案内して本を用意してやった。「サンヌ史14巻」。さすがに一日で読める量じゃない。それをベッドの上に置く。アイツの目のキラキラぶりといったら。いや、ギラギラか。
「すごいな。リック。イスを貸してくれ」
「いや。ベッドに寝転がって見ればいいだろう。腰のものはそこにあるテーブルに置け」
そう言いながら私は先に腰から細剣を外してテーブルに置く。そしてシャツのボタンを胸まで外して楽にしろとゼスチャーした。
ジンは微笑んで同じようにしたんだ。こりゃオーケーのサインだと思ったね。まぁ私の勘違いだったが。
ジンは遠慮なくベッドに腹這いに寝ころび、サンヌ史の1巻から読み出した。私はその横に寝転んでアイツの全てを眺めていた。普通はそんなことしてたら気になるだろうけど、集中し過ぎて気づかなかったんだな。読み始めてしばらく経って。
「しかしジンの髪は長いな」
と言ったんだ。女を感じさせるようなことをな。アイツはこちらを振り向いて平然と答える。
「自分の髪が好きなんだ。我ながら美しいと思ってな」
コイツ、普段は男ぶってる癖に美しいものが好きだなんて。と笑ってしまった。
「男の癖に美しいものが好きだなんて、恥ずかしいと思わんか?」
といつもの調子で問う。アイツは男と言われるのが嬉しい感があるからな。それに男ならおかしいと言って女を感じさせるようという意思もあった。
「悪いか? 美しいものが嫌いなものがいるかね? キミだって美しい女性が好きではないか? そうだろう?」
そう言われて焼けるように真っ赤になってしまった。目の前にその美しい女性がいるんだからな。アイツはそのまま続けた。
「ライラは美しく可愛い女性だよな。キミにお似合いだリック。私の夢は、国王であるキミの横に並ぶことだ。私は右に。ライラは左に」
横に並ぶと言われて嬉しくなったが違ってた。公式な場所では左は正妃の位置。右は武官の頂点の位置だ。アイツはそれしか考えてない。今、男の部屋にいてもだ。なんの警戒もしていない。
私はさらに斬り込んだ。
「すごい曲線の尻だな」
さすがに怒るか? と賭けだった。しかしジンは動じない。
「鍛えているからな。触ってみろ」
触ってみろ! 触って……。
私は異様に興奮した。初めて触るジンの尻。この心臓の音が聞かれたらどうしようと思ったが、感づかれては触らせて貰えない。
「じゃあ触るぞ」
「ああ。堅いぞ?」
触ってみた。堅くなんかない。いい弾力でもう私は……。
「殿下?」
「なんだよ」
「さっき人のことを官能的とかいいながら、自分は直球じゃないですか」
「いいじゃないか。男同士の話なんだから。キミもライラにやってるだろ?」
「やってないです!」
「ウソだね。あんなキスしてて」
「ぐ」
「続けていいか?」
「……どうぞ」
それから摘まんだり、撫でたり、押したりとありとあらゆる方法で触ってみた。怒られるまでやってやろうと。しかしやはりその時間が来てしまう。
「おいおい。くすぐったいぞ? 私の筋肉に興味があるのは分かるが……」
尻を触った私の興奮はマックスだったが、当の本人は平気の平左。私はさらに声を裏返して斬り込んだ。
「きょ、胸筋わ!?」
「ん?」
「私も胸筋には自信があるんだ。見せ合いっこしよう」
はいはい。そうです。下心だよ。だけど朴訥なアイツなら応じると思ったんだ。私はシャツを脱いでアイツに上半身裸の姿をさらした。
途端に珍しく赤くなったのを見逃さなかった。そして自分のシャツの胸にあるボタンに手をかけたんだ。
私はドキドキしながらボタンを緩めるのを待っていたが、その手はボタンを外すものではなく、胸を覆うものだと分かった。
「リック。そのぉ。キミは知らなかったと思うが、私は普通の男の体とは違うんだ──」
知ってた。でもアイツは私が知っていることを知らなかっただけ。だから男の付き合いをしていただけ。私は興奮のまま彼女をベッドに押し倒した。
「女だろ。ジン!」
「……ああそうだ。肉体はな。だがキミの友人だ」
「私はお前のことが好きだぞ!」
言った。本音を言った。楽になりたかったんだ。恋心を伝えたかった。そう言えば何かが変わると思ったんだよ。
「そうか。それは光栄だな。私も好きだぞ」
「え? じゃ、じゃあ……」
「もちろん友人としてな。私は男色ではないからな。シャツを着ろリック。私で女の体を試したいと思うなら別によいが、もうこの部屋はおろか稽古にも来ることはないだろう」
女の体を試す──。
そういうことじゃないんだよジン。私は興味本位でキミにのしかかってるんじゃない。純粋に好きなだけだ。それを野獣の欲望と捉えて欲しくなんかなかったのに。
「分かった。もうよい。出て行ってくれたまえジン」
「おいおい、怒ったのか?」
「空気が変になったから改めたいだけだ。これからもいつもの付き合いをしたいからな」
「そうか。またこの部屋で禁書を読ませてもらってもいいのか?」
「いいとも。もう私は悪ふざけはしないよ。今日のことは忘れてくれたまえ」
「もちろんだとも。すまんなこんな体でなけりゃキミの情欲を煽らなかったろうに」
「いやこちらこそスマン。もう二度とせんから安心してくれたまえ」




