第11話 好機到来
休日、ランドン公爵のお屋敷。
学校が休みでも私とライラは会える時間はそれほどない。私には下男の仕事がある。歳も若いので、台所仕事や買い出し。水くみや、家畜舎の掃除。それだけで午前中は終わってしまう。
他の下男たちが固まって昼食をとっているところ、私は自分のパンを摑んで中庭へと行こうとした。ライラと待ち合わせしているのだ。
「おいおい、ルミナス。またお嬢さまと逢い引きかよ」
「そうです」
「かー。羨ましい。ちゃんと仕事始めには戻れよ」
「はい!」
屋敷の中では公認だ。私は中庭にある木に寄りかかり、ライラを待った。
ライラはメイドに自分の食事をバスケットに入れ銀のトレイに乗せて運ばせてきて、私に気づくとニコニコ微笑んでいた。
「ありがとう。もう下がっていいわよ。あと誰も近づけないでね」
「存じております、お嬢さま。ではごゆっくり」
メイドが下がると、ライラは小さな手でバスケットを抱えてこちらへと近づき、すぐさま私たちは木陰で抱き合った。だがすぐにライラは私の胸を押して離れる。
「やだ臭い。なにそれー」
「家畜舎を掃除してたからな。着替えてくるか」
「いーわ。時間がもったいないし。でもちょっと離れてね」
私たちは間隔を開けてお互いの食事を見せ合った。もちろん、お嬢さまと使用人とでは内容が全然違う。しかし、旦那様の命令で、ライラにも庶民飯がでる。それでも庶民にとってはビックリするような内容だが。
「今日のご飯はパンとチーズと木の実サラダにお芋のスイーツね」
「すげぇ。やっぱりスイーツがつくんだ」
「つかないの?」
「つかない。冬なんかはジャガイモ1個なんてザラ」
「そうなんだ。じゃお芋のスイーツはルミナスにあげる~」
「いいよ。キミの食事だろ」
「じゃ半分こ」
「ふふ。ありがとう」
なんて平和な午後だろう。早く二人だけの生活を送りたい。
ライラが私のパンを小さく千切って私の方へと向ける。
「はいルミナス。あーん」
「あーん」
「どうおいしい?」
「ほいひー」
「じゃぁ次はチーズね。あーん」
「あーん」
その時だった。誰も近づけないように言っていたのに、お屋敷と中庭をつなぐ扉が荒々しく開く。
私はチーズを半分くわえたまま、目を大きく見開いていた。
そこから入って来た人物は、大きくショックを受けた顔をして叫ぶ。
「なんと! 私の未来のワイフが別の男と食事を! 婚約破棄だーーッ!」
そう自分で言っておいて腹を抱えて笑い出したのは、リック王子殿下。私たちは安堵のため息をもらす。
また悪ふざけだ。なぜ彼が我々の幸せの午後の一時を土足で入り込んだのか。ライラも怒りにまかせて立ち上がり、王子殿下に詰め寄った。
「なによリック。いくら王族だと言ったって勝手に人のプライベートな空間に入り込むなんて言語道断だわ!」
しかし王子殿下は意に介さずと言った感じでおどけたままだ。
「なにそれ。それもお芝居か? ひょー。こえー。そうやるんだ」
まったく反省していない。ここにジン様がいてくれたらな〜。
「どうしたんです。殿下。本日は何用ですか」
「そうそれ。いや〜、ライラ。キミはラッキーガールだぞ」
「どういうこと?」
「実は私はここに父上と一緒に来たんだ」
父上。それはつまり……。国王陛下!
私とライラはあっという間に緊張に陥った。
「な。どうして? 国王陛下がくるなんて」
「そう。私の将来の嫁が見たいと言ってね。急に決まったんだ。今、ランドン卿が接待しているよ。私がライラを連れてくると進言したら認められてね。こうして迎えに来たんだ」
「そ、それでどうしてラッキーガールなんです?」
「そこだよ。父上の前で悪女っぷりを発揮すれば父上だってこりゃ嫁にふさわしくないって思うだろ?」
そ、そりゃそうか。たしかに婚約破棄の早道だ。
陛下を待たせるわけにはいかないし、ライラはお召し物を替えなくてはいけない。
貴重なデートは中断となり、中庭からお屋敷に入ると、国王陛下のお出ましに騒然としている様子。
すぐさま侍女たちがやって来て、ライラを部屋へと連れて行かれた。残されたのは王子殿下と私だけ。
「ふーん。屋敷の中ではそうやってデートしてるんだなぁ」
「いやぁ滅多にないですよ。私には仕事がありますし、ライラだってお勉強がありますもの」
「なるほどなぁ。で、そのう。キミたちはどうやって恋人になったの?」
「いやぁ。話せば長いことながら」
「参考にさせてくれよ。私もジンジャーとそうなれるかな?」
「そうですねぇ……」
答えられるかよ。おそらくあのジン様を女に戻して妃にするなんて相当苦労すると思う。しかも完全に脈なし。ジン様は腹に固まった意思があるけど、王子殿下は悪ふざけをする子どもみたいだもんな~。ジン様の一番嫌いなタイプだと思う。
「どうかな?」
「うーん。多分大丈夫。だと。思います」
「やった!」
いやいや。喜ぶの早すぎ。言葉をぼかしてるのに。大丈夫しか聞こえてないのかな?
「じゃキミのことを話してくれよ。どうせライラの着替えにはまだまだ時間がかかるだろうし」
「はぁ。では飽きたら途中で止めて下さいね」
私は話し始めた。過去の話を。




