第10話 妃の地位
なんとか挽回しようと、王子殿下は丸めた背中を起こしてジン様の方を見た。
「ジンも占って貰え」
「いや私は別にいい。私は鬼道は信じぬ。それで滅んだ国があるのはキミもよく知っているはずだ。それに並んでいるものもいるしな」
「まぁまぁ。私も恥をかいたんだ。キミもそうなるべきだ」
「キミの場合は自業自得だ。リック」
「そういうな。おいアビダフ。今度は彼を占ってくれ」
アビダフは半分口を開けてポカンとしていた。占いをしない時間は灯りが消えたランプのように活動していないのだ。だが占ってといわれると、急に活動し出す。
「これはこれは美しいお嬢さまだ」
「いやいや私は男だ。武人なのだ」
「まさかそんなはずはございますまい」
目隠しをして、心の目で見ているアビダフにはジン様は、ジンジャー・メリド・クエス・ロバック伯爵令嬢にしか見えないのであろう。
「アビダフ。ジンは家の事情で男を装っているんだ。そこら辺はすっ飛ばして占ってくれよ」
「なるほど。分かりました。それでなにを占えばよろしいでしょう」
リック王子殿下は、友人の役得とばかりジン様の背中に貼り付いて肩から彼女の顔を覗き込み体を密着させていた。
「恋愛だよな。そうだろ、ジン」
「暑苦しいぞ。リック。それに私に恋愛は関係ない。父と同じように将軍に出世できるか伺おう」
「そんなこというなよぉ。将軍には私がしてやるから、恋愛を聞け。な?」
「結構だ。私は不正が嫌いだ。リック。官位を安売りするキミを軽蔑する」
「アビダフ。彼の出世運を見てやってくれ」
なにをやらせてもボロがでる。私は王子殿下に呆れた。大人になれば少しはマシになるのだろうか? こんなことでは意中の人の心はどんどん離れてしまうだろうに。
占いの邪魔にならないようにリック王子殿下は、ジン様の背中から離れて我々の方に。アビダフはジン様の額を見ていたが、喉元に目を移し、次に胸、脇腹、すかさず額へと目を移す。
「なんと捕らえられぬお心でしょう。まるで曲がりくねった洞窟のように暗くて深い。ご自分のお気持ちをずいぶん深くしまい込んでいらっしゃる」
「なるほど。それで?」
「そのお心を開けば、とても高貴なご身分になられます。それは王子殿下から受けるもの。王子殿下を大切にいたせば、誰よりも出世致します」
こ れ は!
周りの観客は意味など分からないだろう。しかし、私にもライラにも、リック王子殿下にもわかる。高貴な身分とは王妃ということだ。
王子殿下から求愛を受けて王妃へ出世する。
私とライラは顔を見合わせて微笑んだ。
リック王子殿下は、もう結婚したかのようにフラフラと彼女の肩に腕を回し、彼女の身にもたれながら前髪を弾いて格好つけた。
「そういうことだ。ジンジャー。余を大切にすれば高貴な身分にしてやるぞ」
でた。ミスター逆効果。なんでそういうことをするのかな~。危なっかしくて見てられないよ。
もちろんジン様は、王子殿下の回された手の甲をつねり上げながら睨みつける。
「結構だ。それに私をジンジャーなどと二度と言うな。もう一度言うが、私は不正が嫌いだ。リックから友人扱いで高貴な身分にしてもらおうなどと思わぬ。実力でなるつもりだ。憶えておけ」
カッコいい。王子殿下にも一歩も引かぬという男らしさ。これが本当に男だったら女性はイチコロだろうな。
「キャー! ジン様、ステキー!」
いや、女子のままでもモテてる。やっぱりカッコいいんだよな。この精神が。
ジン様は占いは終わったとばかりにアビダフに見料を払うと背中を向けて歩き出した。私とライラも同じように見料を払ってジン様のあとに続く。リック王子殿下は、護衛に見料を払うよう命じると白銀の細剣をガチャガチャならしながらジン様のとなりに並んだ。
「ああ面白かったなジン」
「リック。軽口なら無用だ。今は君の顔など見たくない」
完全に嫌われている。ライラは思わず吹き出した。私もライラにつられそうだったがこらえた。いつものようにオドオドしている演技を続けた。
「そんなこというなよ~。な、な、な。明日も稽古をつけにきてくれるよな?」
ジン様は、剣の腕前を買われ、リック王子殿下の剣術指南となっている。毎日の早朝稽古はリック王子殿下にとっては大切な時間なのだ。
「もちろんだ。面白くないからといって仕事をボイコットなどするわけないだろう」
やっぱりカッコいい。男の中の男。すげぇ。
リック王子殿下は、ホッとため息をついた。
「よかった。ああよかった」
「まぁ、試合中に重傷を負わせたとて、それは試合中の話だからな」
炎が宿るような目で王子殿下を睨みつける。王子殿下は、驚いて三歩後ずさった。それを見てジン様は、フッと笑う。
「冗談だ」
「はぁ~。冗談かよぅ。脅かすな」
ようやくリック王子殿下は許されたようだった。
そこへライラが話し掛ける。
「ねね。でもジンの大出世ってなにかしらね?」
ジン様はまたいつものようにフッと笑い答える。
「決まっているだろう。といっても、臣がなれるのは二番目の地位までだ。当然、私はそこまで行きたい気持ちはある」
そう言いながら、こちらを振り返る。
リック王子殿下も、私たちも息を飲んだ。
「王妃」は国で二番目の地位だ。ジン様に、その意向がある?
私たち三人とも赤い顔をしてドキドキしながら、ジン様の言葉を待っていた。特にリック王子殿下は、ドキドキしすぎて真っ赤な顔がむくんでいるくらいだ。
ジン様は、ゆっくりと口を開いた。
「元帥だ。総帥である国王陛下の次点。軍事で二番目の地位。今はクライン公爵だし、伯爵の身分で元帥の地位に前例がないわけでもないが、やはりなりづらい。しかしアビダフの言葉を信じれば、それを目指すのも楽しいものだ。どうした君たち。地面に這いつくばるのが好きなのか?」
私たちはずっこけてしまった。たしかに二番目ですけど。二番目ではありますけど~。